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第四十八話「元魔王、訊ねる」

「ハザエル・カルブンクルスなんて伝説上の代物(しろもの)、どうやって持って来いっていうのよっ!?」


「これを知ってるのか、レカイオン!」

 壁のメモを引き千切(ちぎ)って、ガイが問う。


「タブラ・スマラグディナと双璧(そうへき)を成す魔導書よ」


 タブラ・スマラグディナは知っている。十二の錬金術の奥義(おうぎ)が記された魔導書だ。賢者の石、死者蘇生について書かれているとされているが、その原典は現存しておらず、不完全な写本と偽書(ぎしょ)(いく)つか存在しているものの、それらですら手に入れるのはほぼ不可能と言われる奇書中の奇書だ。


(……俺も何もかも知っているわけではないが、タブラ・スマラグディナほどの有名な奇書と双璧(そうへき)を成すほどの魔導書を、名すら耳にしたことがないというのはどういうことだ?)

 と、ガイは妙な違和感を覚えた。まるで黒は知っているのに白を知らないというようなもの。


「それは、どういう魔導書なんだ?」


「占星術と数秘術を(もと)にした召喚術の奥義(おうぎ)書と言われてる。さすがに原物は見たことないけど。そこには天使降臨術式が記されているって話」


 天使など眉唾(まゆつば)ものだ。


 ドタドタドタ!!と複数の足音が、ガイの思考を中断する。警察隊の連中が階段を駆け上がって来ているようだ。


「大賢者殿!急に走っていかれるので、探しましたよ。……って、こいつはひどい」

 部屋の中の争った形跡を見て、警察隊のリーダー格が(つぶや)いた。


「俺が泊まっている部屋だ」


「何か襲われる心当たりはございますか?」


「さてな。俺自身はないが、知らぬうちに誰かの恨みでも買ったか。とりあえずさっきのヤツに聞いてくれ。それより、これから急用があるから、悪いが事情聴取は明日以降にしてくれ」


「さすがにそういうわけには……」

 と、言いかけた警察隊の男の肩に手を掛けると、ガイは(にら)みを()かせて言った。


「死にたくなければ、無闇矢鱈(むやみやたら)に首を突っ込むな」


 警察隊の面々は気圧(けお)され、それ以上、何も言えず、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。


 ガイは【風の凪亭(なぎてい)】を出ると、

「レカイオン、商業ギルドまで案内頼む」


 昨日何度か商業ギルドへは足を運んでいるであろうはずのレカイオンに道案内を()う。


「リックワース商会の商館に行くんじゃないの?」

 不思議に思ったレカイオンが聞き返す。


「おそらくはリックワース商会の連中が口を割らなかったから、昨日商館に出入りしていた『大賢者』の肩書を持つ俺に矛先(ほこさき)を変えたのではないか。そう考えると、商館に行ったところで手掛かりは少ないかもしれないから後だ。先にバグスに相談して善後策を講じた方が、なんらかの手掛かりや情報を(つか)めるやもしれん」


「わかった!」


 レカイオンの背に従い、ガイは商業ギルドへ向かった。そこでバグスの露店の所在を聞き、訪ねた。


 彼の露店は北地区の城門前にあった。主に旅に必要な物を扱っていると以前、話していたのを思い出す。冒険者や旅人相手の商売だから、城門前に出店しているのか。


 バグスの店はすぐに見つかった。


「昨日は済まなかったな。助かった。しかし、まだ昨日の件が尾を引いててな、アリシアが(さら)われた。相談に乗って欲しい」

 挨拶(あいさつ)もそこそこに、ガイは用件を切り出した。


「リックワース商会の商館が火事に()ったと聞いて、嫌な予感がしてたんだ」


 バグスは開店準備の手を止めて、二人に丸椅子(まるいす)(すす)めた。


「それで、誘拐犯の要求は?」


「これだ」

 ガイは壁に貼られていたメモをバグスに見せた。


「ハザエル・カルブンクルスか」

 あまり驚く様子もなく、バグスの口調(くちょう)はやけに落ち着いていた。


「何か知っているのか?」


「数十年前に滅んだ亜人の王国ラステカ。聞いたことはあるか?」


 ガイは首を横に振った。レカイオンは縦に振る。


「東の辺境域、『徒労(とろう)の森』のさらに奥に存在していたその王国は、人と魔族の混血が暮らす国だったそうだ。人でもない、魔族でもない彼らは、どちらの社会にも受け入れてもらえず、長きに渡り迫害され続けてきた。やがて彼らは、人類圏と魔族圏の(さかい)、どちらもの最果(さいは)てに安住の地を見つけた。だがしかし、そこは魔物も跋扈(ばっこ)する、人と魔族からの脅威にも(さら)される過酷な地であり、そのため彼らは絶対なる力を持つ王を望んだ。名は伝わっていないラステカの始祖たちは、ハザエル・カルブンクルスを使って、自分たちの王として天使を降臨させた。ラステカの初代王は天使であり、その天使は彼らと子を成し、その天使の血脈がラステカの王族には代々受け継がれているそうだ」


「天使は不滅の存在ではなかったのか?」


「地上の者と交わりを持ったことで、その神聖性は失われ、不死の特性を剥奪(はくだつ)されたと聞いたことがある」

 と、レカイオンが補足する。


「その天使の力の一部はラステカ王の血脈に代々受け継がれているというが、国が滅んだ際に王は国とともに(じゅん)じ、その王の遺児(いじ)は当時赤子であり、亡国のどさくさに(まぎ)れて、行方(ゆくえ)が知れなくなった。リックワース商会はラステカの生き残りが、その王の遺児(いじ)を探すために奴隷商を始めたと、(かげ)では(もっぱ)らの(うわさ)だった。今までは真偽(しんぎ)(ほど)が定かではなかったが、そいつが出てきたとあれば、俄然(がぜん)真実味を()びる」

 ガイの手中のメモを指差して、バグスはそう語った。


「もしかしたら、アーセナルトの奴は近いうちに何者かの襲撃を予測していて、お前さんの名声を聞いて接触を(はか)ったのかもな。けれど、それが裏目に出て、お前さんに接触したことで襲撃を早めてしまったのかも」


「やはりもう一度、アーセナルト・リックワースに会って話を聞く必要があるか……」


「そいつは無理だ。アーセナルトは昨晩の火事から行方(ゆくえ)不明だ。焼け(あと)から数十の焼死体が見つかっているそうだが、身元の判明が難航しているって話だ。下手(へた)したらその中にいるかもしれん」


「他に真相を知っていそうなヤツはいないか?」

 (わら)にもすがる思いでガイは(たず)ねた。


「セイヴィアならあるいは……とはいえ、彼もアーセナルト同様行方(ゆくえ)知れず……」


(小柄な金髪の青年か。あの気配の消し方、それに老害を殴り倒したあの身のこなしなら、十分に生き残っている可能性はあるな)


「敵から身を隠しているかもしれない。リックワース商会と縁続(えんつづ)きの者を知らないか?」


「奴隷商とは誰も縁を持ちたがらんからなぁ……」

 しばらく口髭(くちひげ)をいじり、思案(しあん)していたバグスが急に声を上げる。


「あっ。そうだ!だいぶ線は薄いかもだが、七、八年前だったか、リックワース商会の家宰(かさい)とも呼ばれていた男が、突然首になったか、辞めたかで急にいなくなったんだ。だが、南地区で小さな雑貨店を細々(ほそぼそ)とやっていたのを、こないだたまたま通りがかって見掛けたんだ。畑は違えど、自分が勤めていた大商会の地元で商売するなど、普通はあり得ないんでよく覚えている。もしかしたら、こういう事態を想定して、わざとその男を外に出したのかもしれん。かなりおれの推測だが」


「いや、有難(ありがた)い。その男の店を教えてくれ」


「ああ、待ってろ。すぐ地図を書く」

 バグスは近くに置いてた新聞紙に、大雑把(おおざっぱ)な地図を書いて、ガイに渡した。


「店の名は、雑貨店『小さな炭火』だ」

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