表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/80

第四十六話「元魔王、愛剣を売る」

 リックワース商会の商館はアリアブルグ北地区の一等地にあった。


 豪奢(ごうしゃ)な邸宅前には、咲き始めの薔薇の庭園が広がる。


 庭師が丁寧に手入れをしている薔薇を眺めつつ、商館内の応接間へと通される。


「まもなく当家の主人が参りますのでこちらでお待ちを」


 ガイが席に着く。


「アリシアも座れよ」

 アリシアはふるふると首を振って、何度かガイがすすめるも(かたく)なに座ろうとはしなかった。


 そのうちに、長身で細身の四十代半ばくらいの男が部屋にやって来た。


「これはこれは、大賢者殿、よくぞお越しになられました。お噂はかねがね(うかが)っております。私は、この商会の会頭を(つと)めておりますアーセナルト・リックワースと申します」


「さっさと座れ。お前の名などどうでもいい。()れ合うつもりもない。単刀直入に聞く。このアリシアの身柄を買い取るのに、いくらいる?俺はアリシアを手放すつもりはない」


「師匠……」

 目にいっぱいの涙を()め、アリシアはガイの背を見つめる。見捨てられるかもしれないと不安だった。けど、きっぱりと手放すつもりはないと言ってくれた。本当に嬉しかった。


「ははは、気が早い御仁(ごじん)だ。ただあなた様に買い取ることができるでしょうか」


勿体(もったい)ぶるな。さっさと言え」


狐人族(こじんぞく)はとても珍しい。しかも妙齢(みょうれい)の娘となると、買い手はいくらでもいる。そうですな、金貨一千枚というところでしょうか」


「そんなはずない!!獣人の奴隷なら高くてもせいぜい金貨百枚もしない!一千枚なんて法外過ぎる!!」

 と、アリシアは(うった)えた。


「いやはや、自分の価値をわかってないとみえる。それに奴隷の値段は奴隷商が決めるもの。奴隷自身が決めるものではない。いかがですかな、大賢者殿?こちらが契約書になります」


随分(ずいぶん)と用意周到だな」


「はじめから価格は決まっておりましたから」

 優越感に(ひた)るようにガイを見、黒い笑みを浮かべる奴隷商人。


 提示された契約書を見て、ガイは机の上に置かれていたペンを手に取った。すると、一切迷うことなくサッとサインを記入した。


「しかし、自分の価値をわかってないというのには同意見だな。まったくもって安過ぎる。が、有難い。たかだか大金貨一千枚でいいとは。そいつは助かる。交渉成立だな」

 ガイは目の前の奴隷商人に握手を求めた。


 握手を無視してアーセナルトは叫んだ。

「なっ!?大金貨一千枚を即決だと!!ど、どうやって払うつもりだ!」


「こいつを売ろう」

 ガイは黒の魔剣「影を飲むもの(スワロー・シャドウ)」をどんっと机に置くと、なんの躊躇(ためら)いもなく、言った。


 先の戦いでガイは現在、魔力が使えぬ状況で空間収納も使えず、手持ちの金目の物といえば、この魔剣くらいしか今は手元になかった。


「なかなかの業物(わざもの)だ。見る者が見れば、大金貨一千枚くらいの価値はあるだろうよ」


「師匠!!ダメだよ!それは師匠の大切な剣!私なんかのために手放していいものじゃない!!」


「お前だから手放すんだよ。アリシア、お前の方が大切だから」


 アリシアは言葉もなく、涙する。


「そんな剣が大金貨一千枚になどなるものかっ!!」


 ちょうどアーセナルトが立ち上がり、そう言い放ったとき、応接間の扉が開き、バグスとレカイオンがやって来た。


「それはどうですかな。お互い信頼のおける鍛冶師か武器商人を呼び、鑑定してもらいましょう。我々は雑貨商に奴隷商。多少の鑑定はできても、やはり武器は門外漢。業物(わざもの)になるとなおさら。餅は餅屋にまかせるのが一番。価値を個人の主観により決めつけるのはよくありませんよ、リックワースさん」

 入ってくるなり、バグスがぴしゃりと言ってのけた。


 同業者の声だけに無視することもできなかった。


 下手(へた)にゴネて商業ギルドに通報され、ギルドの介入を招けば、法外な価格設定をしているリックワース商会は非を責められ、より不利になることは火を見るよりも明らかであった。


「…………そうですな。わかりました。先程は声を荒げ、失礼しました。鑑定士を呼び寄せ、その剣を査定してもらいましょう」

 ぼふっと革張りのソファに倒れるように座り込むと、観念したか、アーセナルトはバグスの提案に同意した。


「バグス、来てくれて助かった。感謝する」


「いやいや。あんたにはだいぶ(もう)けさせてもらったからな。これくらいお安い御用さ」


「この前のあれ、もう売れたのか?」


「ああ。大市前に売れちまったよ」

 ガイと話しながら、バグスは机のペンを手に取り、さらさらとメモを書くと、レカイオンに渡して頼んだ。

「レカイオンさん、こちらのメモに記した人のうち、どなたでもいいので、二人呼んで来てもらえますか?鑑定を依頼したい。商業ギルドに話せば、店や工房の所在は教えてもらえます」


「レカイオン、小間使(こまづか)いばかりですまんが、頼まれてくれるか?」


「もちろん!すぐに連れてくる」

 と、レカイオンは足早に部屋を出ていった。


 バグスたちと話している間、アーセナルトもセイヴィアを呼び付け、何事かを小声で話していた。


「セイヴィア、あの剣をこちらでなんとしても買い取りたい。わずかな望みだが、彼との関係を切らさぬためにも。すぐに大金貨一千五百枚用意し、バグスが連れてくる者の鑑定額より二百枚上乗せ、鑑定するよう鑑定士に言い含めよ」


 その内容は、ガイたちには聞こえていなかった。


「ところで、いいのか?それ」

 机の契約書を顎で指し、バグスはガイに耳打ちする。


「この金額は法外過ぎる。商業ギルドに(うった)えれば、この契約を無効にできるが」


「無効にして、やはりアリシアを手放さないと言われる方が困る。法外だろうが、正式な契約書がこうして存在するのは有益だ。そう考えると、大金貨一千枚など端金(はしたがね)だ」


「お前さんは雅量(がりょう)に富む男だな」


「俺が俺自身でアリシアと縁を持つと決めたことだから。自分で決めたことを曲げる気はないだけさ」


 それからしばらくしてレカイオンが、バグスが懇意(こんい)にしている鍛冶師と武器商人を連れて戻って来た。


 アーセナルトが連れてきた者と三人で、ガイの剣の鑑定を行う。


「これ程の業物(わざもの)は見たことがない」

「聖剣、魔剣、神剣に類する伝説級の代物(しろもの)だ。生きている内に、かようなものを目にする機会に恵まれるとは」

「こいつに値段を付けるのか……難しい……」


 三人ともあれやこれやと言い合いながら、査定価格をなんとか決めた。それぞれ大金貨八百三十枚、一千百四十枚、一千三百四十枚と値を付けた。


 意外なことに最も高値を付けたのは、アーセナルトが連れてきた武器商人であった。


「師匠……私、一生かけてでも師匠の大切な剣を取り返すから。こんな私に大切な剣をかけてくれてありがとう」


「気にするな。お前はもう俺の家族みたいな存在だ。剣など()いて捨てるほどあるが、お前は一人しかいない」


 ガイはアリシアの頭をわしゃわしゃ()でると笑った。


 アリシアは(こら)えてきたものが(あふ)れ出し、ガイの胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。


「さて、話はこれで終わりだな。俺たちは帰らせてもらう」

 机の上の契約書を(ふところ)にしまうとガイは言った。


 すると、アーセナルトがその背に声を掛けた。

「残金は後で届けさせよう」


「不要だ。俺たちに二度と関わるな」

 そう言うと、振り返りもせず、ガイはアリシアたちを連れてその場を後にした。


「すまない、セイヴィア。どうやら私は接し方を間違えてしまったようだ。彼ほどの男なら、素直に助けを求めていれば、力になってくれていたやも知れぬのに」

 悔しそうに膝を叩き、アーセナルトは後悔を口にした。

【作者からのお願い】

「面白い」「続きが読みたい」「先が気になる」なんて思われる方がいましたら、下↓にある☆にチェックを入れて頂けると、とても励みになります!よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ