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第四十四話「アリシアとレカイオンの休日」

 アリシアとレカイオンは身支度(みじたく)を整えると、【風の凪亭(なぎてい)】の一階食堂で朝食をとりながら、相談することにした。


 食堂は閑散(かんさん)としていた。(すみ)に、新聞を読み(ふけ)る紳士と、中央のテーブルに、冒険者らしき男女が黙々と会話もなく食事をしているだけだ。


「これからどうしよっか?」


 ライ麦パン、スクランブルエッグ、ベーコンが、ワンプレートに乗せられていた。


「ここのパン、美味しいね」

 無表情に見えて、実は内心嬉しそうにレカイオンが、ライ麦パンを千切っては口へとせっせと運ぶ。


「そうだね」

 しみじみとアリシアが相槌(あいづち)を打つ。


 ほんの二週間程前までは、ライ麦パンや卵、ましてやベーコンなんて食べられなかった。奴隷では、腐りかけの(いも)やカビの生えた黒パンばかりだったのに。


(それが師匠と出会って、こんな美味しいものを食べられるようになって。さらに強くしてもらって。感謝しかない。いつか師匠に何か恩返しできたらいいな)

 と、アリシアはぼんやりと思う。


 ただこうも幸せだと時折(ときおり)、忘れそうになる。けど、忘れられない、忘れてはいけないことが、アリシアにはある。


(そう!私の悲願は村の皆の(かたき)である盗賊団【死骸蟻団(しがいぎだん)】を討つこと!それにはもっともっと師匠から学んで、もっともっと強くならないと。今の私じゃまだあいつらを倒せない。でも、いつか必ず!!)

 と、アリシアは心密(こころひそ)かに決意を新たにする。


(次は魔法を教えてもらおう。でも、今日は師匠も忙しくていないし、どうしよう)


「――今日はいい天気だし、二人も街を楽しむといい」

 そう言って出掛けて行ったガイのことを思い出す。


(そうだ!大金貨一枚を使い切らないといけなかったんだ!使い切らないとバツゲームって師匠言ってた!大金貨一枚使うのも、楽しむといいと言われても……困った……)


「何したらいいんだろう?レカイオン、何かしたいことある?これ、使い切らないと」

 レカイオンにガイから受け取った大金貨一枚を渡して、アリシアは頭を悩ませる。


「……あたしもそれ欲しい。ガイも持ってた」

 アリシアの首から()げられている冒険者登録証を、レカイオンが指差す。


(魔族って登録できるのかな?そっか!師匠も魔族だし、登録できてたから大丈夫か!)


「じゃあまずギルド行こう!ちょうど加盟金が大金貨一枚だし!残りの大金貨一枚を二人でなら使い切れるかも」


 大金貨を使い切る光明(こうみょう)が見えた。


「ギルド行くならガイと一緒に出掛けたら良かったね」


「ギルドで師匠に会うかも」


「じゃあ早く行こう!」

 と、レカイオンはスクランブルエッグとベーコンを一気に頬張(ほおば)ると、立ち上がった。あわててアリシアも残りを食べきった。


 ギルドまでの道中では、ガス灯の補修や石畳(いしだたみ)の舗装、壊れた建物の修復など、たくさんの人がせわしなく働いていた。


 逆にギルドはがらがらだった。


「あら、アリシアちゃん、いらっしゃい!ガイさんとちょうど入れ違いね」

 受付に座っていたエミリエンヌが、話しかけてきてくれた。


「今日は、シュリ先輩もいなくて、私一人なの。それで、何かご用かしら?」


「うん!レカイオンの冒険者登録に来たの」


 アリシアの背に隠れて、ペコッとレカイオンが頭を下げた。


「ガイさんからは何も聞いてないけど……まぁ、二人が冒険者なら、あなたも登録しといた方がいっか」

 エミリエンヌはレカイオンに微笑みかけて、軽い調子で言った。


「加盟金は後でガイさんに請求するとして」


「お金ならある」

 レカイオンは胸の谷間から小銭(ぶくろ)を取り出すと、カウンターに大金貨一枚を置いた。


「どこに入れてるのよ。すごい谷間ね。(うらや)ましいわね、こんちくしょー」

 と、まな板気味なエミリエンヌは、まじまじとレカイオンの谷間を見る。


「エミリエンヌさん、見過ぎ」


「ついつい、(うらや)ましくて。冒険者登録だったわね。魔力紋の照合や指紋の登録なんかあるから、レカイオンさんはこちらに。アリシアちゃんは待っててね。ま、説明は先輩がガイさんにしっかりとしてたから省略するとして、三十分ほどで終わるわ。もし、その間に誰か来たら大きな声で呼んでちょうだい」

 エミリエンヌはテキトーにそう言うと、レカイオンを連れて別の部屋に移動する。


 アリシアがぽつねんと一人残された。


 昨日の今日でどこも復興で人手不足なのか、依頼ボードもたくさんの求人票が()がされた形跡だけあって、全然残っていなかった。


「みんな、出払ってるんだね」

 アリシアはそう独り()ちた。


 ふと、受付正面の扉が開いた。


「おはよう、アリシアちゃん」


「あ、ミアさん、おはようございます」


 キャソックを着たミアがアリシアの姿を見つけて、朝の挨拶(あいさつ)をしながら、ギルドに入ってきた。


 ミアは、ミスリル級冒険者パーティー【銀馬蹄(ぎんばてい)】の一員で、「救世の聖女」の異名をとる、回復魔法と補助魔法のエキスパートであった。


 アリシアも一度、両手の骨折をその回復魔法で治してもらった縁がある。


「エミリエンヌさん、呼ぶね」


「ううん、呼ばなくていい。今日は非番で(ひま)なんで、エミリエンヌと話でもしようと思って、私が勝手に来ただけだから。アリシアちゃんも今日は非番?うちのリーダーと同じで、ガイさんもお葬式だから?」


「うん、そう。それで、レカイオンが冒険者登録証が欲しいって言うから登録に来たの」


「へぇー、そっか」


「そうだ!ミアさん、これから少し時間ある?相談ごとがあるの」


「あるわよ、ありまくりね。ルーリアとクレストが昨日の戦闘で何もできなかったって、膝抱(ひざかか)えて(へこ)んでて、相手してくれないのよ。ま、立ち話もなんだし、そこの丸テーブルに座りましょ」


 ミアに(うなが)されて、依頼ボードの横の待合スペースにある丸テーブルに腰掛け、話を続ける。

「それで、相談って?」


「師匠から、これを今日中に使い切って来いって言われたの。使い切れなかったらバツゲームだって」


「大金貨じゃないの。太っ腹ね」


「何に使ったらいいかな?」


「それが相談?」


 こくりと神妙な顔で(うなず)くアリシアを見て、ミアは大笑いをした。アリシアは(ほお)(ふく)らませ、不満げな顔をする。


「ごめんごめん。今までにない相談だったから。それなら簡単ね。まず美味(おい)しいランチとスイーツを食べて、私なら洋服やアクセサリーに使うけど、アリシアちゃんの性格なら、次の冒険や依頼に備えて、装備を整えるのに使う方が(しょう)に合ってるかな?少しでもガイさんに頼らなくてもいいように」


 的確なグッドアドバイス!アリシアは目を見開いて、しきりと感心する。


「私にも美味(おい)しいランチとスイーツをご馳走してくれたら、行きつけのお店を紹介して、ショッピングにも付き合ってあげる。どうかしら?ギブとテイクの関係ね」


「よろしくお願いしゃす!!」


「契約成立ね!レカイオンさんが戻って来たら行きましょ。近くに、安くて美味しくてオシャンティなお店が、最近できたのよ」


 しばらくすると、レカイオンとエミリエンヌが戻ってきた。


 レカイオンの首からは、銅級冒険者証が()げられていた。すごい嬉しそうな顔してると、アリシアにだけはわかった。他からすれば、まったくの無表情にしか見えないが。


「あら、ミア。来てたのね」


「今日はアリシアちゃんたちとランチしてくるから。またね、エミリエンヌ。さ、行きましょ」

 ミアは二人を(ともな)って、近くのカフェへと向かった。


 カフェで他愛もない話をしながら、パスタとパンケーキを食べて、次はショッピングに行く。


「二人とも、腕を守る装具を考えた方がいいわね。昨日の戦いでは、剣を扱うのに、二人とも手にひどいダメージを負っていた。結構それは致命的よ。だけど、盾を装備すると動きが制限されるから、聞き手じゃない方にアームガードをするってのはどうかしら?アームガードなら(そで)の下にも隠せるし、相手の剣撃を直接受け止めるのにも使えるわ」


 冒険者の先輩として、他にもミアは色々なアドバイスをしてくれた。


 アリシアとレカイオンはそのアドバイスに従って、必要なものを、ミアの案内で店を回って購入していった。


 ショッピングは楽しく、あっという間に時間が過ぎた。


「もう夕方だ。ミアさん、今日はありがとう」


「いいえ、どういたしまして。私も楽しかったわ。パンケーキもふわふわミルキーで最高だったね。一度あのお店に行ってみたかったのよ。こちらこそありがとね」


「ギブとテイクの関係だね」


「ふふふ、そうね。鋼鉄(アダマンタイト)のアームガードはサイズ調整に、三日ほどかかるそうだから、忘れずにね。じゃあ、またね!」


「また」

 ほとんど(しゃべ)らなかったレカイオンが、最後にぼそっとそう言った。


「ええ。またご飯行きましょうね、レカイオンさん」

 ミアは二人に手を振って帰って行った。


「私たちも帰ろっか。師匠が待ってる【風の凪亭(なぎてい)】に」


「うん」


 あかあかとした夕日が、帰路を急ぐ二人の影を長く引き伸ばした。


 帰る所があるというのはいいものだ。

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