第四十二話「元魔王、面映ゆさを感じる」
ガイは諸々の報告を終えると、市庁舎を後にし、病院へと向かった。
戦後処理は為政者の仕事だ。
市長のロイスや監察官のダグラスらは、朝から大忙しであった。
大規模な避難の解除、死者・負傷者の把握、住宅街の被害確認、すべての被害から復興の予算額の算定など、やることは山積みであった。
しかし、まず真っ先にやらねばならないことがある。今回の件を市民に説明せねばならない。
とはいえ、魔族が街に侵入したとなると、無駄に住民の不安を煽り、市民が流出する恐れがある。ただでさえ、人類圏最果ての地だ。人口が減るのは大問題だ。
なので、市長は今回の件を、避難時にも各所に軽く伝えた通りの「魔物によるスタンピード」と一貫して説明。一部魔物が城門を突破し、住宅街にも被害が出たこと、騎士団・警察隊・城壁守備隊にも人的被害が生じたことを、新聞社への会見にて説明をした。
幸い一千の異形の軍勢の目撃者も多く、概ねその説明で理解は得られた。ただ騎士団や警察隊の遺族へは、真実が伝えられたそうだが、後に小耳に挟んだ程度で、ガイには与り知らぬ所であった。
昼前に病院前の救護所に、ガイは戻って来れた。
アリシアたちの姿を探すまでもなく、猪突猛進ガールが誰よりも早くガイを見つけると、真っ先にすっ飛んできた。
「師匠っ!!!!」
「ちょ、待て!勢い、考えろ!」
そう言うも、アリシアの勢いは止まらず、ガイは黒剣を放り出し、彼女を抱き止めるも、勢い余ってひっくり返る。
ごちんっ!と嫌な音がした。ガイの後頭部が派手に石畳の道に散る。前にもこんなことあったような……。
「いててててて」
後頭部を擦りながら身を起こす。
「心配してたんだから!」
アリシアは言った。
狐耳がぴょこぴょこ動くのを見て、ガイはアリシアの頭をわしゃわしゃ撫でた。まるで帰宅すると出迎えてくれる、おかえりわんこのようだと、何気にガイは思った。
「心配かけたな」
「でも、信じてた」
と、アリシアはにっこり微笑んだ。
続いてレカイオンが駆け寄ってきた。
「ガイ!良かった!生きてて。生きて帰って来てくれて」
レカイオンはその大きな胸にガイの顔を押し当てて、嬉し涙を流す。
めちゃくちゃ柔らかくてあったかく、とてもいい匂いがするが、
(死ぬ!窒息する!!)
あわててガイは左手でタップする。
「ガイ、その左手」
ガイの左手には包帯が巻かれており、血が滲んでいた。魔力切れで回復魔法が使えず、傷を塞ぐことができず、血が垂れるので包帯をしていた。
「ちょっと喰らっちまってな」
照れたように鼻の頭を掻いて、
「そういやアリシア、骨折はもういいのか?」
ガイはコートの裾の砂を叩いて立ち上がりながら、アリシアに訊いた。
「【銀馬蹄】のミアさんに回復魔法かけてもらったから完全復活!師匠の傷もミアさんに診てもらおう」
「そうね。すぐにミアを呼んでくるわ。その前に。お礼を言わせて」
ティファもミアに回復魔法をかけてもらったのか、怪我はもういいようで、いつも通りつんとした感じの青髪エルフなのに、いつになくどこかしおらしく、
「貴方には感謝しかないわ。アリアブルグを救ってくれてありがとうございます」
と、綺麗なお辞儀をして言われた。
「私、ミアさんを呼んでくるわ」
シュリもなんだか嬉しそうに軽やかに、病院の方へと駆け出して行った。
こうも色々構われたりすると、なんだか面映ゆく、悪くはないが、どういう顔をしていいかわからず、ガイはただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「しかし、本当に長い一日だった」