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第四十一話「異端の魔族」

 アリアブルグ西方の沼沢(しょうたく)において――――


「お前、イオアンナか?」


 人型のキメラの女が顔を上げる。【銀馬蹄(ぎんばてい)】のメンバーと戦闘し、その後、逃走していたバイアケスたちの仲間の女だ。


「ヘリオス」


「やっぱりイオアンナか!探したぞ。随分とひどい(なり)をしているな」


 ボロの貫頭衣(かんとうい)(まと)い、顔や体がツギハギのような()い傷だらけの姿を見て、ヘリオスは言った。


 反対にヘリオスは、(あざ)やかな銀髪に鼻梁(びりょう)高く、()き通るような白い肌をした、彫像みたいに美しい男であった。ただ頭部には竜のような二本の鋭い角と、腰に太い尾がある。


「弱いキメラのフリをして、()()鹿()や人間どもを(あざむ)かないといけなかったからね。私の仕事はあくまで見ることなんで」


()()鹿()?二人だろ。バイアケスとラスカーファの」


「いや、もう一人いたような……」

 イオアンナは頭を(ひね)って考えるが、いたような、いなかったような、まったくもって思い出せない。思い出せないのなら、ただの勘違いか。


 (いな)。三人目はいた!三人目が見たであろう視界の記憶がイオアンナの脳内には残っていた。けれど、その者の名前も顔もなにもかもが思い出せない。どういうことだ?


「それよりその醜悪(しゅうあく)な姿は見てられん。もういいだろ。さっさと能力を解除してくれ」

 (みにく)い者が何よりも許せない、ナルシストのヘリオスは顔をしかめながら、言った。


 イオアンナの瘴気転式(デビルズコード)による固有技能(ユニークスキル)は、『幻朧視分有(げんろうしぶんゆう)』といって、他人の目を(あざむ)視野幻惑(しやげんわく)と、他人の目が見たものを(のぞ)き見ることができる視界共有の能力であった。ただ誰も彼もの視界を(のぞ)き見ることはできず、相手の体の一部、髪の毛でも爪でも血液でもが必要で、その大きさや量によって見える時間が限られていた。


「そうだね」


 バイアケスたちが()られたことで、視界共有の能力は強制的に解除されていたので、視野幻惑(しやげんわく)の方の能力を解除する。


 すると、白いパリッとしたシャツの脇にショルダーホルスターを装着し、手に銃を持って、ヘリオスに狙いを定める、ウェーブがかった綺麗な金髪の女の姿が現れる。魚の胸鰭(むなびれ)のように広がる、(とが)った耳がたくさんあるのを除けば、人となんら変わらぬように見える。


「おいおい、銃を構えてたのかよ。人型のキメラが顔を上げただけにしか見えなかったのに」


「見えるものすべて疑ってかからないとね。それが真実とは限らない」

 と、イオアンナはヘリオスに言うと、ホルスターに銃をしまった。


「それで、約二週間前のあの尋常ならざる巨大な魔力場の動きの原因は、特定できたのか?」


「おそらく大規模召喚術式。そして、その魔力場の中心にいたであろう男――召喚された男の特定はできた。残存魔力の魔力紋から。バカどもの魔眼は魔力紋も見えるんで、そのおかげでね。けど、迂闊(うかつ)に手を出せる相手じゃない。ベルネスト様にご報告し、指示を(あお)いだ方がいい」


「そうか。で、どんなヤツなのだ?」


瘴気(しょうき)凛気(りんき)も扱う異端(いたん)の魔族だ」


「異端の魔族……。()()()魔王の再来とか、言うわけないよな?」


「その、()()()もあり得るかもしれない」

 イオアンナはヘリオスの目を見つめて、言った。


「もし、その力を取り込むことができるなら――」


「ヘリオス、良からぬことは考えない方がいい。過ぎた野心は身を滅ぼす」


「わかってるよ」


 ぎらりと光るヘリオスの陰湿な瞳の色を、イオアンナは見逃さなかったが、あえて何も言わずにおいた。


(私はベルネスト様の目。見てきたものをありのままに報告するのが目の役目。考え、判断されるのはベルネスト様だ)


「とりあえず私は一度、絶紫城(ぜっしじょう)へ戻る」


「了解。オレはもう少しここらを探索して戻るわ」

 と、二人は別れた。

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