第四十話「元魔王、襲撃を終幕さす」
バイアケスは手に力を込めた。すると、皮膚を突き破り、拳の先から鉄のような鉤爪が左右四本ずつ出現した。
「この裂牙爪を出すのはいつ振りぐらいだろう。これを見て、生き延びて帰れた者は一人としていない」
「見事な三下の死亡フラグだな」
呆れ顔でガイは呟いた。
「その余裕面がいつまで続くか。この僕に……」
「御託はいいからさっさとケリをつけよう。もう朝だ。睡眠不足はお肌が荒れる原因一位なのを知らないのか?」
ガイは大きな欠伸をして、ふざけた物言いでバイアケスを挑発する。
「貴様ぁー!!舐め腐りやがって!!僕をバカにしたこと、後悔させてやる!!」
案の定、ぶちギレてバイアケスが突っ込んできた。
ガイはただ目にも止まらぬ速さで、黒の大剣を上段から振り抜いた。
「なっ……!?」
バイアケスはあわてて、裂牙爪とやらを頭上で左右交差させ、黒の大剣を受け止める。
(防御しなければ殺られていた……)
冷や汗がバイアケスの背にどっと吹き出したのも束の間――――
ガイの左手がぬっと大剣の脇から伸び出てきて、バイアケスのこめかみを鷲掴みにする。
(片手でこの大剣を振り抜いたのかっ!?)
そのまま、ガイは左手でアイアン・クローをした状態で、勢いにまかせて、バイアケスを後頭部から地面に叩きつけた!
「がはっ!?」
バイアケスの後頭部を中心に一メートル近いクレーターが出来上がる。なんという威力。膂力だけでこの破壊力。
いつもなら魔剣を抑え込むのに力を制御していたが、「影を飲むもの」の瘴気も先刻、使い果たしたので、今はその必要がなく、ガイは魔王印に由来する魔王本来の力を出すことができた。
だくだくと頭部から流血しながら、立ち上がるバイアケスに、横殴りの大剣を振るうガイ。
それをクロスアームガードで防ごうとするも、攻撃のインパクトを吸収しきれず、バイアケスは体ごとふっ飛ばされて、地面に転がった。
さらに容赦なく、ガイは追撃をかける。
「デ、デ、デッドリー・ハイラウンド!!」
バイアケスは、自分を中心に円状の刃を地表より出現させて身を守りつつ、ガイの動きを牽制し、体勢を立て直す。
(……出さねば、出し切らねば殺られる!)
「瘴気転式!『魔眼捕捉爪牙続撃』」
裂牙爪を構え、脚力強化の魔法をかけて、バイアケスは捨て身で仕掛けた!
(一撃、一撃でも加えられたら僕の勝ち!かすり傷程度でも!)
ガイの手の甲を裂牙爪がかすり、微々たる擦り傷を負わすことに成功するも、ガイの蹴りをもろに喰らい、バイアケスは瓦礫の山に突っ込んだ。しかし、
「くっくっくっ……僕の勝ちだっ!!」
と、高らかに笑声を発する。
「気でもふれたか?」
「その余裕もすぐになくなる。さて、そろそろだ」
ガイの手の甲が急に裂け、血が飛び散る。
「……遅効性の攻撃、スリップダメージか」
「そう!僕の技能は、魔眼で捕捉した敵をこの裂牙爪で攻撃することで、死ぬまで継続ダメージを与えるもの。どんなかすり傷でも、時間経過とともにダメージは膨れ上がっていき、放っておけばいずれ死ぬ。止めるには僕の魔眼から一生身を隠すしかない」
勝ち誇ったように、バイアケスは自分の手の内を滔々と語った。誰も頼んでもいないのに。
「なら、尚の事、さっさとケリを付けないとな。技能を保有している能力者を殺すことでも止まるだろ?」
ゾッとするような笑みを浮かべ、事も無げにガイが言った。
「えっ……!?」
「特別にお前にだけ、冥土の土産に俺の奥の手を見せてやろう。地獄で語り継ぐといい。凛気転式!『天剣』」
ガイの背に突如、光背の如く、眩く輝く九本の光の剣が顕現した。
「き、き、貴様、魔族じゃなかったのかっ!?」
「元人間の魔族さ」
ガイは黒剣を地面に刺すと、
「一之剣『魔撃剣』」
『天剣』の内の一本を手に取り、
「少しはしゃぎ過ぎたな。殺し過ぎだ。死んどけ」
と、ガイは冷淡に言い放つと、剣舞でも舞い踊るかのような流麗さで、横薙ぎに光の斬撃を放った。
光速の斬撃が過ぎ行く所、白い光になにもかもが飲み込まれた。
気付けば、バイアケスの上半身が一瞬で消し飛んでいた。後に残されたのは、左腕と下半身のみだった。
断末魔すら上げることなく、バイアケスはあっけなく葬り去られ、アリアブルグ襲撃はひっそりと幕を閉じたのだった。
ガイが指を鳴らすと、残りの光の剣が美しい光の粒となり、朝の光に同化して消えていく。
「さて、アリシアたちのもとに帰るかな。眠いしな」
ガイは黒の剣を肩に担ぐと、ぼりぼりと後ろ頭を掻き、歩き出した。
遠巻きから見ていたガレーは舌を巻く。
「なんてでたらめな力だ……」
ニコラスはかろうじてそう呟くのがやっとだった。
騎士たちは街を救った英雄の背を、畏怖の念を抱きつつ、静かに見送った。
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