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第四話「元魔王、夜話す」

 小一時間ほど歩いたところに、それぼど大きくはない川を見つけた。


「今日はここで夜を明かすか。そういやお前、名前は?俺はガイだ。ガイ・デュオラル」

 と名乗ったところ、食い気味(ぎみ)に少女が声を(あら)らげた。


「ふざけないでください!いくら私が奴隷でも伝説の疾黒(しっこく)の魔王の名前くらいは知ってます!ご主人様は私を馬鹿にしてるんですか!名乗りたくない事情があるにしても、そんなすぐバレる偽名が通るとでも!」


(いや、本名なのだがな。しかし、俺はいつから伝説になったんだ?)

 そう思いつつも、説明するのも面倒だし、話がややこしくなりそうだったので、

「ちょっとしたジョークだ」


「そんな面白くないジョークはいりません」


(本名名乗ってジョークって。しかもそんな面白くないって……)

 内心若干(じゃっかん)傷付きながら、とりあえずガイは母方(ははかた)の姓を名乗ることにした。

「改めて。俺はガイ・グレーシアスだ」


「私は狐人族(こじんぞく)のアリシア・ウェンリークです。ご主人様、これからはアリシアと呼んでください」


「アリシアこそ俺を馬鹿にしてるのか?俺はギブアンドテイクの関係だと言ったはず。ご主人様も敬語もなしだ」


「じゃあ何と呼べば……。ガイさま、ガイたま、ガイ兄、ガイガイ、にぃに、うーん。どれも違うような……そうだ!師匠!師匠は私にこれから戦う術を教えてくれるから」

 パッと最上の笑顔をアリシアは浮かべた。


「まぁ、なんでもいいけど。それよりまずその首と手首足首の(かせ)(はず)すか」


「ダメ!無理に外そうとすると爆発する!奴隷が逃げ出さないように奴隷商人が鍵を持ってて……」


「ふーん。どれ、見せてみろ」

 とガイは無造作にアリシアの細い(あご)をくいっと上げると、まじまじとアリシアの首筋を(のぞ)()む。顔が近い。


「私、汗臭(あせくさ)いから。恥ずかしいよ」

 顔を真っ赤にしてアリシアが蚊の鳴くような声で言う。


「問題ない。後で下流で水浴びでもすればいい」

 デリカシーがないガイは、素っ気ない返事でまったく取り合わない。女心がわからぬ見事な朴念仁(ぼくねんじん)ぶりである。


「確かに。無理に外せば爆発するつくりだが、子供(だま)しのおもちゃだな」

 そう言うと、ガイはアリシアの首の枷を無造作に握り(つぶ)した。ガイの手の中で枷は爆発するものの、アリシアの首は無傷であった。


「すごい」

 アリシアは素直に関心する。何人もの奴隷の足や手首が吹っ飛ぶのを見ていたから。それを涼しい顔で握り潰すガイの力に。


 同じ要領で両手両足の枷もいともたやすく握り潰していった。


「これでお前は自由だ」


「私、もう奴隷じゃない」


「ああ。人が人を拘束して使役する奴隷制度など実にくだらん所業だ」


「し、し、師匠!!」


 ぶわっと涙腺崩壊のアリシアが嬉しそうに抱きついて来ようとするのを片手で制して、

「お前、汗臭いんだろうが!さっさと下流で汗でも流して来い。ほら、これ、タオルと石鹸(せっけん)

 と、ガイは空間収納のアイテムボックスからタオルと石鹸を取り出すと、アリシアの手のひらに乗せ、言った。


「こんなふかふかのタオルに石鹸……」


「女物の服は持ち合わせてないからこれでも着とけ。街行ったら服は見繕(みつくろ)ってやる」

 と、黒いローブと大きめのシャツとズボンをアリシアの頭に(かぶ)せる。


(すそ)を折って腰のところを結んどけば、当面問題ないだろう」


「こんな高価そうなもの、私使えない。お金持ってないし」


「俺がエレガントなハイソなのに、連れてるお前が小汚くしてると、俺の品位に関わる。さっさと行って来い。その間に(めし)の準備しとくから」


「師匠!」


「いちいち抱きついて来んな!!さっさと行け!俺は腹が減って気が立ってんだ!」


「はぁーい」

 アリシアはとても大事そうにタオルと石鹸、ローブと服を()(かか)えると、嬉しそうにてとてとと下流に小走りで向かって行った。


「……ったく。人選を(あやま)ったか」

 そうぼやきつつも、ガイは二人分の食事の準備を始めた。


 すっかり夜も()け、辺りは完全な闇に包まれた。遠くでフクロウが鳴いている。


 ガイの周りを焚き火が()らす。


 しばらくして、アリシアが戻って来た。


 ゴワゴワだった髪は指がすっと通るほどにはサラサラに、泥で汚れた顔は小綺麗になっていた。

 

 それを見たガイが何気(なにげ)に言う。

「お前、意外に可愛い顔してたんだな」


「え?そ、そんな可愛いなんて……」

 顔を真っ赤にしてアリシアはもじもじする。


「突っ立ってないで、座れ。そこの川で()った魚だ」


 焚き火を(はさ)んで向かい合わせに座るつもりでいたガイの予想は裏切られ、アリシアはちょこんとガイの横に腰掛けた。石鹸のいい匂いがした。


(まぁ、いいか)


 焚き火の周りを囲むように置かれた串に刺さった魚が、美味しそうに焼き上がっていた。


 アリシアがそれを目を(かがや)かせて見つめる。


「たらふく食えよ」


「いいの?頂きます!」

 手を合わせて早口に言うと、アリシアは魚を口いっぱいに頬張(ほおば)った。いつ振りだろう。食事はいつも(いも)や硬いパンだけだった。ただ焼かれただけの魚なのに、それはびっくりするほど美味(おい)しかった。


「ひひょー!はかなおひひいよ。おひひい!」


「わかった。わかったから口の中のものを飲み込んでからしゃべれ」


 無邪気なアリシアの様子に、ガイは苦笑するしかなかった。


(元魔王が子供のお守りとは。まぁ、言うほど子供じゃなさそうか?)


 泥だらけで髪もゴワゴワだったさっきは気付かなかったが、見ると、アリシアの年の頃は十四、五といったところか。ダボダボのボロを着ていてわからなかったが、ローブの胸のところの(ふく)らみが意外と大きいので、目の()り場に困る。逆に正面に座られなくて良かったかもしれない。


「そういや、疾黒(しっこく)の魔王の最期(さいご)ってどうなったんだっけ?」


(そもそもこの世界のガイ・デュオラルは俺と同一なのだろうか。そうであるなら俺は未来に召喚されたということか?それとも……そうでないとすれば、俺は前世界の平行世界に召喚されたということになるのか?)


 内心を気取(きど)られないように、何でもない様子でアリシアに(たず)ねるガイ。


「諸説あるけど、通説では勇者ラクス・フェイトによって疾黒の魔王は討ち滅ぼされたと言われてるけど、地域によっては違う伝承も多く残ってるって。なんせ千年近く前の話だから」

 七匹目の魚をパクリと(かじ)りながらアリシアがそう答えた。


「そうか。疾黒の魔王が倒され、世界はさぞかし良くなったんだろうな」


 ガイが皮肉()じりにそう言うと、

「むしろ逆かも。もし、疾黒の魔王が生きていたならば、世界は今、こんなことになっていなかったかもしれない」


 ぼそりと(つぶや)くアリシアの横顔に、焚き火の照り返しで影が差す。


「どういうことだ?」


「疾黒の魔王の統治時代は魔族と人類の住み分けがされていたそうだけど、今では魔族の進攻でその瘴気(しょうき)の影響か、魔物も以前より多くなって、人が住める地域がどんどん(せま)くなってきている。だから、土地を追われた(ひと)種族が、今度はさらに弱い立場の私たち獣人族や亜人族の土地を奪って……人種族の方が圧倒的多数だから」


「悪かったな。嫌なことを思い出させた」


「大丈夫。師匠は優しいね」


「………………」


(俺が優しいか)

 魚のはらわたか、口の中に苦い味が広がる。


(色々情報を集めないと、ややこしいことになりそうだ。俺を何のために召喚したのか、召喚者の意図(いと)も気になるし。新天地で気楽なセカンドライフと簡単にはいきそうにないな)


 焚き火の火を(なが)めてぼんやりと考えていると、左肩にわずかな重みを感じた。アリシアが寄りかかって寝息をたて始めた。


「警戒心無さすぎだろ」


 安心しきったアリシアの(おだ)やかな寝顔を見て、元魔王は苦笑(にがわら)いを浮かべるしかなかった。

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