第三十九話「名もなき騎士たちの戦い」
商店が多く軒を連ねるアリアブルグ西のメインストリート。
バイアケスを中心に死屍累々の惨状に、若き騎士サイラスが隊長に直訴する。
「マリアンヌ隊長!僕たちにも攻撃命令を!仲間がやられているのに、僕たちだけこんな後方で見ているだけなんて!耐えられません!!」
そうだ、そうだ!と若き騎士たちがサイラスの言葉に同調し、マリアンヌに詰め寄る。
通りの先の路地で身を潜め、バイアケスに対する先輩騎士たちの戦いを遠目から伺うことだけしかできない若い騎士たちは、もどかしさを感じていた。
「先に死ぬのは年嵩からよ。次は私みたいなおばさん騎士。こればかりは年功序列なの。希望がある以上、若者を先に死なせるわけにはいかないわ」
グッと拳を握りしめ、マリアンヌは仲間の奮戦を静かに見守る。
「サイラス、マリアンヌ隊長の命令に従いなさい。みんなも!あの絶望的な乱戦の中には、隊長の旦那様のガレー副団長もいるのよ。この中で誰よりも真っ先に駆け出したいであろう隊長が自重なされているのよ!」
と、マリアンヌの副官を務めるリリアンがサイラスの肩に手をかけ、自重を促す。
「しかし……!」
「サイラス、今、戦っている彼らが全滅したら、誰が街を守るの?残された私たち以外にもういないのよ。ラーデル第一副団長が、ミレイ騎士団長の最後の命令をお伝えになられたでしょ。『黒ずくめの男が来るまで、この場を死守しろ!』と。私たちが一緒に全滅してたら、あの魔族を街の中心地に侵入させることになる。もっと被害は大きくなる!この場でなんとか時間を稼がないといけないの!」
「そう、私たちにはまだ希望が残されている。この場をなんとか死守することで、希望を繋ぐことができる!それに、あの魔族は怒りで周りがあまり見えてない節がある。とどめを刺すことに執着がない。だから、あの中にはまだ息のある者も多くいる。救えるタイミングを待つのよ。救える命があったとしても、救助できる者がいなければ、失わなくてもいい命まで失うことになる。何も戦うばかりが騎士の仕事ではないのよ」
そうマリアンヌは若い騎士たちを窘めた。
「くっ……わかりました」
歯痒そうではあったが、サイラスは自身の感情を飲み込み、マリアンヌの言葉に従う。
多くの騎士が倒れる中心で、バイアケスが叫ぶ!
「ラスカーファを殺した、隔離魔法の使い手だけは許さない!!街のヤツらを皆殺しにした上、貴様だけは生きたまま、指の先から喰い散らかし、絶望を味あわせてやる!」
複数の騎士たちがファイアボールやアイスアロー、ウインドカッターを叩き込み、一斉にロングソードで斬りかかるも、バイアケスはそれらをものともせず、魔爪で魔法も剣も人も、十把一絡げに無造作に切り裂いていく。
それでも後続は怯むことなく、バイアケスに挑んでいった。
鮮血や折れた剣、ファイアボールやアイスアローの残滓、切断された腕などが乱れ飛ぶ。
「有象無象が群がりやがって!煩わしい!!さっさと隔離魔法の使い手を出しやがれ!!ボクの大切なラスカーファを手にかけたクソ虫が!!」
返り血を浴びる血染めのバイアケスが猛り立つ。
「手がつけられんな……おい、ニコラス。どれくらいやられた?ラーデルからの指示は?」
「もう二百五十は超えただろうさ。あとは、今突っ込んでいった第四小隊の連中と俺たち第二小隊十三人と、お前のカミさんが率いる、一年目までのひよっこ十八人の第十六小隊だけさ。そんで、ラーデルは深手を負って戦線離脱。指示はねぇよ。最悪だろ、ガレー」
髭面のガレーは、顎髭をいじりながら、同じ副団長を務めるニコラスの話を聞いていた。
ちなみにニコラスは頭にバンダナを巻いた、壮年の騎士だ。
「エセルバ家の嬢ちゃんにラーデルの坊やまでやられて、おっさんの俺たちにゃあ荷が重すぎるわな」
「ちげぇねぇ」
「けど、ここで逃げ出しゃあ、ウチのカミさんにタコ殴りにされる。そっちの方が最悪だわ」
「全くそいつの方が最悪にちげぇねぇな」
ゲラゲラとニコラスが声を立てて笑う。
「ま、倒せって命令じゃねぇから、若造どもにはできない、おっさんの狡猾さでやってやろうじゃねぇの」
「酸いも甘いも噛み分けてきたおっさんは、そこそこ狡猾で卑怯で、保身には長けてるからな」
と、ガレーとニコラスのおっさんコンビは、人の悪い笑みを浮かべた。
「おい、お前ら!俺が合図したら、一班はファイアボールを、二班はアイスアローを、ありったけの魔力全部突っ込んで、まっすぐあのクソ魔族に向けて叩き込め!!いいな!」
『イエス、サー!!』
「一発じゃねぇぞ!魔力尽きてぶっ倒れるまで連射だかんな!後は俺たちがどうにかするから出し切れ!!根性見せろよ!」
『イエス、サー!!』
バイアケスは魔爪の返り血をバッと振り払うと、大通りを闊歩していく。意味もなく、ファイアボールを放ち、通りの商店や住宅に火を放ち、魔爪でガス灯を切断していく。
物では憂さを晴らせないのか、ぐるりと振り返ると、ニヤリと笑って、多くの騎士たちが倒れている方に手の平を向けた。その手の平に魔力を注いで、特大のファイアボールを作成し始めた。
「ありゃ、まずいな。少し早いが仕方ない。一斉射!構え!撃て撃て撃て撃て、撃てぇい!!」
ニコラスの号令一下、雨霰のファイアボールとアイスアローがバイアケスに殺到する。集中砲火だ。
「こんな弱小魔法、いくら放とうが、効くわけないだろうが」
直撃してもたいしたダメージではないが、うざいので魔爪を振るい、払い落とすバイアケス。
砕けたアイスアローにファイアボールの火の粉が振りかかり、蒸発して大量の水蒸気が発生する。一瞬にして、白く視界が奪われる。
「行くぞ、ニコラス!」
「おうよ、ガレー」
二人のおっさんが真っ白な空間に突撃していった。突撃と同時に無作為に二、三発、頭上にアイスアローを打ち上げる。
上空に飛ばされたアイスアローが、自然と落下してきて音を立てる。その音に反応して、バイアケスが魔爪の斬撃を飛ばした。
音の大きさ、発生方向から距離を逆算し、バイアケスの位置を特定。ファイアボールを撃ち込むと、逆方向へと移動。
ファイアボールがバイアケスに直撃する。
「雑魚が!小賢しい真似を!!」
ファイアボールが飛来してきた方に斬撃を放つも、既にそこにはニコラスもガレーもいなかった。そして、またその音でバイアケスの正確な位置を把握して、ファイアボールによる攻撃を繰り返す。
幾度となく、視界の悪い中で、どこからともなく放たれるファイアボールが、バイアケスの精神をささくれ立たせていく。
「ウザいヤツらだ!面倒な!!雑魚がちょこまかちょこまかと!!」
直撃してもダメージこそさほどもないが、まったくもって苛立つ攻撃であった。
バイアケスは闇雲に斬撃を放つ。その音でまた位置が捉えられ、正確にファイアボールが背中や肩に直撃する。
「クソッ、クソッ、クソッ!!下等な人間風情が!!卑怯な!!隠れておらず、出てきやがれ!!」
(馬鹿か。出ていくわけないだろ。卑怯だろうとなんだろうと、時間を稼げりゃいいんだよ)
(おっさんには家族もいるんで命が惜しいんでね。卑怯と罵られようと、生きて帰るのが仕事なんだよ!)
ガレーとニコラスのおっさんコンビは、腹でそんなことを思いながら、黙々と同じ攻撃を卒なくこなしていく。
バイアケスの精神を削り、とにかく稼げるだけ、時間を稼ぐ。
見えない位置から相手を狙い撃つなど、騎士道精神には反するが、死んでしまえば騎士道精神など何の意味がある?と、家族を守らないといけないおっさんたちは鼻で笑う。
けど、若い騎士たちは崇高な思いを胸に騎士となったばかりなので、騎士としての矜持の方を大切にする者が多い。若かりし頃のおっさんたちもそうであったから、その気持ちがわからないわけではない。それはそれで大切なことだが、今はそれよりも卑怯でも狡猾でも、この魔族を足止めすることの方が優先される。
騎士としての矜持を捨ててでも、守るべきものがあるおっさんたちは、しぶとくて図太い。
苛立ちが最高潮に達したバイアケスは、
「界境に漂泊せし煉獄の火よ、我が意に応じ形を成し、その名を示せ。その名は悪名たりし悪辣たる焔――――」
「なっ、詠唱だと!?ガレー、退避だっ!!大魔法がくる!!」
「わかってらぁ!人の心配してんじゃねぇ!とにかく隠れろ!」
「ノートリアス・バーンダウン!!」
バイアケスの同心円状を、凄絶なる焔が、一気に目に見える周り一帯を焼き払う。まるでバイアケスを爆心地とした大爆弾の投下!!
激しい大爆発!!
遅れて轟音が耳をつんざく。
通りの商店や住宅、ガス灯に石畳の道も何もかもが原型を留めず、すべて一様に瓦礫と化す。
「……生きてるか、ニコラス?」
「まぁな。けど、俺ぁもうダメだ。今のを右足にもろに喰らった。幸い吹き飛びやしなかったが、動かん」
ニコラスの右足の膝から下が、焼け爛れ、ケロイド状に溶けて、血と肉がごちゃまぜになり、見るも無惨な状態になっていた。
「ガレー、お前はカミさんの隊に合流しろ。俺がここからファイアボールを放って、ヤツの気を引く」
「へへへ。そいつは、聞けねぇな。そりゃあカミさんのタコ殴り案件だ。四十年来の幼馴染みを見捨てたとあっちゃあ、タコ殴りじゃあ済まんかもしれん」
「厳しいな、マリアンヌは」
「向こうも騎士なんでね。こういうとき、職場結婚は頂けねぇ」
「ちげぇねぇ」
「お前の優しくて若い嫁さんが羨ましいよ」
「そんなの聞かれた鬼が出んぞ」
「ちげぇねぇ」
こんな追い詰められた状況なのに、おっさんたちは楽しそうにゲラゲラ笑い合った。
水蒸気による白いもやも、さっきの爆風ですべて吹き散らされ、二人の姿はバイアケスからも丸見えであった。
「雑魚虫どもが、あの爆発を受けて生きていたか。しぶとい。僕が直々に手足の一本ずつ引き千切り、ぶっ殺してあげよう!」
バイアケスがゆっくりと二人に近付いていく。
ガレーがファイアボールを放ちつつ、腰のロングソードを抜き、バイアケスに単騎で斬りかかった。その後からさらなるファイアボールがガレーを追い越して、バイアケスに向かう。ニコラスの援護射撃だ。
しかし、そんなファイアボールなどバイアケスに効くはずもなく、ハエを払うようなぞんざいさで腕を振って、掻き消す。
そこに、ロングソードを振り上げ、ガレーが大上段から斬撃を見舞う!!
がぎっ!
斬撃はバイアケスの鎖骨にヒットするも、たやすく圧し折れる。
「身体強化魔法をしていないわけがあるまい。馬鹿が」
バイアケスの魔爪がガレーを襲う!!
そのとき、詠唱の終わったニコラスが、氷の槍を解き放す!
「アイシクルランス!!」
ガレーの身体に隠れるように放たれた氷の槍は、バイアケスの第三の目からもわずかに見切れており、躱すのがぎりぎりになった。
そのため、ニコラスのアイシクルランスはバイアケスの左脇腹を抉った。
「ぐおっ!?」
呻きを漏らし、バイアケスは脇腹を押さえる――も、ガレーに魔爪の斬撃を加える。
ガレーは両腕でガードするも、血飛沫を上げて片膝を付く。両腕は切り裂かれて、鮮血が滴り、もう使い物にならない。次の斬撃は防げないだろうな、とガレーは冷静に思った。
けれども、意外にも追撃はなく、バイアケスはガレーから距離を取った。
バイアケスの第三の目は、通りの向こう側から悠々と黒の大剣を肩に引っ提げ、歩いてくる黒ずくめの男を見ていた。
ガレーやニコラスとは比べものにならないプレッシャーを感じる。
「あんたたちのおかげで、街の中心地で戦わずに済んだ。さすがだな。助かった」
「いや。たいしたこともできやしなかったよ」
「十分だ。後はまかせろ」
「お言葉に甘えさせてもらう。後は頼むわ!」
ガレーはニコラスに肩を貸しながら、その場を離れる。
そのガレーたちをマリアンヌたちが駆け出し、救護する。併せて、ガイの後方に倒れている、まだ息のある騎士たちの救護に向かう。
「さて、ケリを付けようか、三下」
と、ガイは兇悪な殺気をバイアケスに向けて言い放った。