第三十八話「元魔王、再び出陣す」
東の空が明るくなり始めていた。
スズメたちがチュンチュンと騒ぎ出す。少しひんやりとした早朝の空気。
ミカナの案内で、中央市庁舎付近の病院に臨時で設置された救護所へと連れられる。
救護所はどこも、かなり慌ただしい様子で、混雑していた。
白衣の医療スタッフがせわしなく、動き回っている。また、そこかしこ、思った以上に怪我人が溢れかえっている。さらに、ひっきりなしにまた新たに続々、怪我人が運ばれてくる。
「これは……どういうこと?」
「ひどい状況だな」
ミカナの呟きに、アリシアを抱きかかえたまま、ガイが応じる。
中には、腕や足を失っている重傷者もいた。
「あたしたちの怪我がまだ軽く見える」
「私のは、骨折と打撲に擦り傷だから、後でも大丈夫だよ」
痛みを我慢して、アリシアが言う。
「ちょっと確認してきます。少しお待ちください!」
と、ミカナが心当たりがあるのか、サッとどこかへ駆け出していった。
「ガイ様、ここ空いてます。あそこのブランケット、借りてきますね」
近くのテントにブランケットが積まれていた。それを目ざとくケイシーが見つけ、借りてきて地面に敷いてくれた。そこにアリシアを横たわらせる。
「ガ、ガ、ガイさん、はぁはぁ……、剣、こ、ここ置いときます。はぁはぁはぁ……」
息を切らして、ラーサムが大事そうにアリシアの横に剣を置いて、言った。
「すまんな、ラーサム。助かった。重かっただろう」
「いえ!いい筋トレになりました!あーざす!」
なぜかラーサムの方が礼を言って頭を下げた。
しばらくすると、ミカナが見慣れた顔を連れて、戻って来た。
青髪のエルフ。ただいつもの悠然とした雰囲気はなく、左眼に包帯をし、右手も包帯で吊っている。その傍らにはシュリ。シュリに肩を借りつつ、右足を引き摺るように歩いてきた。
「……まずいことになったわ」
「見りゃわかる」
どこを見回しても怪我人だらけ。しかもギルマスまでこの有様だ。異常事態だと、すぐに察せられた。
「ミレイ・エセルバ騎士団長がやられたわ。幸い彼女のおかげで、私はなんとか逃げおおせたけど……。今、生死の境をさまよってる」
病院棟に目を遣り、ティファは告げた。
「彼女をなんとか救おうと、多くの騎士が命を落とした。けど、まだ今も戦っている。街を守るため、傷を負いながら命懸けで」
周囲の怪我をした騎士たちを、申し訳なさそうに見つめると、ティファは深々と頭を下げ、ガイに頼んだ。
「貴方はこの街の人でもない。本当はそこまでする義理もない。けど、お願いします!このアリアブルグの街を、人々を魔族の手から救ってください!」
「そんなの無茶!ガイにはもう魔力も残ってない!バイアケスは他の二人以上!!魔力も何もなしで、勝てるわけない!!」
レカイオンが感情を露に一気に捲し立てた。いつも無表情な彼女からは、想像できない様子であった。
「当然よね。貴方も戦ってきてるのよね。無傷に見えたから、まだ戦えると思ってしまった。無理を言ってごめんなさい」
ティファは素直に謝った。
隣で何も言わず、シュリは悲しげに眉をひそめた。
「レカイオン、心配してくれてサンキューな」
そう言うと、ガイは黒剣を手に立ち上がった。
「ガイ……?」
親とはぐれた迷子のような顔をして、レカイオンがガイの顔を見上げる。
対照的にアリシアはにかっと笑って、
「師匠らしいね。止めても無駄だろうから、約束して!絶対帰って来てね!」
「ああ。問題ない。来週には大市が始まるしな。一緒に楽しもう。お祭りデートと洒落込んで」
と、何気にガイが軽口を叩いたら、
「デート!?絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対、ずぅえったぁーい!!!約束なんだからね!!!!!」
「お、おう」
アリシアの妙な圧にたじろぎつつ、ガイは約束した。
「ありがとう。ありがとう、ガイ」
シュリが泣き笑いの表情で心の底からお礼を伝えた。
誰かが行かなければならなかった。ガイが行かなければ、ティファが満身創痍の身体を押して行っていただろう。けれど、万全の騎士団長と魔力切れとはいえ、世界に二十五人しかいない白金冒険者のティファの、二人がかりで倒せなかった魔族相手だ。生きて帰れる可能性はゼロに等しかった。
だけど、ガイならなんとかしてくれる気がする。
「さてと、さすがに眠いから、さっさと片付けてくるか」
ガイはふらりと食堂にでも入るような気軽さで、バイアケス討伐へと向かった。
その背を期待や不安や様々な思いの入り交じった、たくさんの瞳が見送った。




