第三十四話「ティファVSラスカーファ」
西地区のメインストリートでは、騎士団や城壁守備隊、警察隊、ギルドの冒険者などで即席に構成された巡回警ら隊が、三十体ほどの異形と交戦していた。
「マスターアスティン、ここは我々で十分対応できます。異形どもだけでは、さほど恐るるに足りませんので」
「そのようね」
西地区巡回警ら隊責任者のハベスがティファにそう告げる。二人はやや離れた位置から戦闘を見ていた。
巡回警ら隊の面々が押している。異形が全て討伐されるのも時間の問題だろう。
「時に、異形とともに、青白い肌の三つ目の魔族が現れることがあり、そちらは我々では対処が難しく、残念ながら死者も出ております。マスターアスティンにはその三つ目の魔族の対応をお願いいたします」
「ええ」
「しかし、奴らは神出鬼没でどこに現れるか……」
「もうまもなくここに来るでしょうね」
「えっ?」
「ある程度、異形が片付いたので、巡回警ら隊を下がらせてください。戦闘に巻き込まれないように。ここで三つ目の魔族を迎え撃ちます」
そう言いながら、明かりの魔法を五つほど空に放ち、辺りを昼間のように明るくした。
「そろそろ来ますよ」
ティファは空間収納から魔導杖を取り出すと、無造作にそれを振るった。
すると、どこから飛んできたのか、わからぬ火炎球が見えない壁に阻まれて炸裂し、霧散した。
無詠唱でティファも火炎球を撃ち返した。
その火炎球は、道の脇から飛び出してきた異形に当たり、その異形の上半身をやすやすと焼き払うも、目標には到達し得なかった。
「ハベス隊長、警ら隊を」
「総員、退避っ!!」
ハベスが大音声で叫ぶと、あらかた異形を片付けた警ら隊が、後方へと下がる。
駆け出す警ら隊のその背に、十数発の火炎球が撃ち込まれる。そのことごとくを同じ火炎球で寸分違わず、ティファが相殺していく。
「ハベス隊長、あなたも」
「は、はい!マスターアスティン、ご武運を!」
「ええ、ありがとう」
ティファはハベスを見送って、通りの奥からヒールの音を響かせて現れる、銀髪ソバージュの女魔族と対峙した。
「――あなたのせいで一匹も殺せなかったじゃない」
「お生憎様」
「まぁ、いいわ。あなたをぶち殺した後で、ゆっくりと殺しまくればいいだけの話だから。さて、どう死にたい?」
「随分余裕ね。果たしてどちらが殺される側かしら?」
冷笑を浮かべ、静かな殺意をティファが垣間見せる。
「なかなか悪くはないわね。底の底、根っこの部分ではあなた、こちら側みたい」
「長く生きていると、光だけでなく、多くの闇も孕んでゆくもの。心や思いはマーブル模様のように、善と悪とが複雑に絡み合い、折節、闇や悪を前面に顕示しないといけない場合もあるのよ。往々にして、光の側面しか持たない人など、有りはしない幻想よ。そんな聖人君子みたいなのがいたら、逆に気持ち悪いでしょう」
「そういう考え、嫌いじゃないわよ。でも、黒の割合が多いマーブルクッキーの方が味が濃いように、私の方が闇に浸かる具合は深く長いから、にわかのあなたにはこの私――死装のラスカーファを殺すのは到底無理な話。あなたが私に永遠の忠誠を誓うと言うのなら、助けてあげてもいいけど?」
「真っ平ごめんだわ。そんなダサくてケバい服を着てる貴方とは、好みのタイプも合わなさそうだし」
「言ってくれるわねぇ」
ラスカーファの目が座り、周囲の気温が急激に低下したような感じを受けた。冷たい空気は重く、膝下に沈み淀む、この足にまとわりつく感覚は……?
一旦、取る物も取り敢えず、ティファはその場を飛び退いた。
先刻、彼女がいた空間を冷気の刃が行き過ぎる。その場に留まっていれば、両の足首を切り落とされていただろう。
その証拠に、近くにあったガス灯の何本かが、冷気による不可視の刃に根本から切断され、倒された。
「勘が鋭いわね」
「貴方は鈍いのね」
ティファがわずかに目線を上げた。
明かりのために打ち上げられたと思っていた、上空に浮かぶ五つの光の玉から、ラスカーファ目掛けて、レーザービームの如き、光の矢が降り注ぐ!
さらに、正面、左右から十数の火炎球を放って、三つ目の女魔族を、三方から一気に焼き払うべく爆撃す!!
目が眩む閃光。
遅れて凄まじい爆発。
もうもうと舞い上がる砂塵と砂煙。
――――光源を失い、辺りは闇に包まれる。
闇に目を凝らすと、無数の異形の死体が転がる。異形を盾に、ティファの猛攻を防いだか。
その異形の間を縫って、現れ出ずる影一つ!
「舐めんじゃないわよっ!!」
ラスカーファが右足を軸に、高々と左足を真上に振り上げ、ティファの脳天へとまさかりよろしく踵落としを容赦なく振り落とす!
魔導杖を真横に、鉄槌のように重たいラスカーファの一撃を、真っ向受け切るティファ。華奢な身体のどこにそんな膂力が、隠されていたのか。
「貴方は何か勘違いをしてるのかしら?」
杖ごとラスカーファの左足を跳ね上げると、がら空きのレバーにストレートを一発、右顔にブーメランフックを一発、極めつけは腰をひねって跳び上がり、強烈な後ろ回し蹴りを顎に叩き込んだ!
見事な三連コンボが決まる。
かろうじてラスカーファは倒れなかった。けれど、その場で苦しそうに胃液をぶち撒けた。
「ぐぇえー!?こぼっ、げほっ。はぁはぁはぁ……」
頭がくらくらする。顎に喰らった一発が、脳を揺らしたか。
反応が遅れた。
ティファが迫撃してきていた。
低い姿勢からの足払いに、足元を掬われて倒れかけるラスカーファの鼻っ柱を、エメラルドの指輪が嵌められた右の拳で殴り倒す。
鼻血を噴きながらも、ラスカーファは空を切り裂くように両腕を振って、冷気の刃を放った。
「クソッ!!」
渾身の牽制によって、ティファを下がらせ、ラスカーファはなんとか距離を取った。
「……やってくれんじゃない!!」
鼻血を乱暴に拭って、ラスカーファがティファを睨め付ける。
「案外タフね。さっきの一撃で意識を飛ばして、首を刎ねて終わらせるつもりだったのに」
「かなり効いたけど、もともと私も基本はあなたと同じ、ゴリゴリの武闘派でね。ホントあなたの見た目には騙されたわ。その指輪も魔力増幅というよりも、メリケンサックね」
ラスカーファは冷静さを取り戻すと、赤いヒールをゆっくりと脱ぎ捨てた。
「あなたに謝らないと。私自身、あなたを舐め過ぎていたからのこの失態。自業自得と言えば、自業自得。だから、今から本気で行くわ。全身全霊をもって、あなたをちゃんとぐちゃぐちゃの肉塊にしてあげないと、失礼よね。――『死魂籠絡装填』!部位強化!」
蒼い光の尾を引く球状の何かが、ラスカーファの両足両腕に群がり、吸い込まれていった。
すると、彼女の両腕両足が急激に肥大化し、筋骨隆々の二メートル近くの大女に突如変異する。
死魂籠絡装填には、死者の魂を他の動物や魔物に入れて異形と化し、簡単な命令を聞かす以外に、自身の腕や足に注入することで、自身の肉体を強化させることができるという能力もあった。
「もともとかなりブスなのに、さらに醜悪になったわね」
「美形揃いのエルフには、ルッキズムが多いと聞くけれど、あなたもその類のつまらないエルフなのね」
「いいえ。ルッキズムではないわ。貴方の歪んだ性格や行動を言ってるのよ。死んだ者までそうやって冒涜する所業が、醜悪だと言っているの。ついで見た目もひどいけれど、それは内面から滲み出る醜さ。自然に生きる者にはない醜さ。総じて、ブス以外の何者でもないわ、貴方」
「その口、黙らせてあげる!ズタボロの赤い肉の塊に変えてっ!!」
ラスカーファが巨大な左拳で殴りかかる。
ひらりとティファがそれを躱すも、振り抜かれた拳が地面を砕き、瓦礫や小石・砂を跳ね上げる。
瓦礫がティファの左腕に当たり、顔のガードが下がり、砂が目に入った。
ラスカーファの右のアッパーがティファの華奢な身体を打ち抜き、一瞬で吹っ飛ばした。
住宅の壁が破壊され、外壁や窓がガラガラと音をたて崩れた。
数本残るガス灯がぼんやりと辺りを照らす。
ゆらりと小柄なティファが立ち上がる影が見えた。
「はんっ。あれを喰らって無傷かい」
鼻を鳴らして、ラスカーファが言った。
「いいえ。身体強化魔法の防御力を上回り、腕も内蔵もやられたわ。おかげで完全回復魔法を使う羽目に……」
見ると、ティファの服には真っ赤な血がべっとりと付着していた。
二人は同時ににやりと微笑むと、真正面から激突する。
ラスカーファの剛腕から繰り出される拳撃を、しなやかな動きでうまく直撃を避けつつ、隙を見てはティファがローキックで足へのダメージを積み重ねる。
それを煩わしく思いつつも意に介さず、ティファへの攻撃を緩めず続けるラスカーファ。
時に捌き切れず、剛拳を食らい、骨が砕かれるもティファは即座、完全回復魔法で傷を癒やし、戦闘を続行する。
それはラスカーファも同じで、ティファの重たいローキックのダメージの蓄積を、繰り返し完全回復魔法で回復させつつの戦闘継続。
二十分以上の殴り合いで、両者とも疲労の色を隠せずにいた。一旦互いに距離を取る二人。
「ハァハァハァ……もう魔力は空っ穴ね。貴方も同じでしょ。幾重にも魔法強化した私の打撃とローキックをあれだけ受けて、まだ立ってるんだもの。連続で回復魔法でもかけないと、普通は立ってもいられないはず。少し動きも鈍くなってきているようだけど」
「ハァハァハァ、そうね。あなたの言う通り。私も魔力はもう空よ。でも、まだ瘴気はあるわ。正直ここまであなたに手こずるとは思わなかった。あなたの力を認めざるを得ないわね。そんなあなたに敬意を払い、苦しまないよう跡形もなく、その存在を消し飛ばしてあげるわ。私の最大の技――死魂砲でね。一つ忠告しといてあげる。避けるとあなたの後方、直線上にあるもの全ては、私の死魂砲で吹き飛ぶからあしからず」
そう言うと、右腕を突き出して、ティファへと照準を定める。
右腕以外の箇所の体が通常サイズに戻っていく。逆に右腕は他の箇所の死魂を吸収し、さらに巨大さを増す。また周囲からも蒼い光の球が、ラスカーファの右腕にチャージされていく。死魂をエネルギーに変えて、大砲のように撃ち出す技だ。
「避ければ、足がもう限界の私はほぼほぼあなたの攻撃を避けられないから、あなたは私をたやすく殺せる。けれど、あなたの後方にあるものは全て消し飛ぶ。さぁ、どうする?」
ティファの後方には、多くの住民の避難している学校と市庁舎がある。避ける選択肢は、彼女には無かった。
「いいわ。貴女の挑戦、受けて立つわ」
いつもはクールな彼女の頬を、冷や汗が流れていく。
おそらく、範囲はそこまで広くはないだろうが、威力はガイの殲滅魔法以上だろう。
こうなれば、仕方がない。肌も荒れるし、白髪も皺も増えるから、できれば使いたくない技能だが……。
ティファは凛気を解放する。
「凛気使いかっ!?」
「七代前の時の勇者パーティにいたのよ。遠い昔の話だけど――――凛気転式!『来世借料』!!」
ティファの声と同時に、ラスカーファの右腕から凄まじい蒼い光の砲が放たれた!
それはまるで、まるまると太った蒼い龍が強引に地を這うが如き強烈な力。なにもかもを薙ぎ払う光の束がティファに襲いかかる!!
それをなんの小細工もなしに、真正面から両手で受け止めるティファ。
手が焼き切れるも、完全回復魔法をかけ続けて、ラスカーファの死魂砲を押さえ続ける。
「魔力の気配っ!?どこにそんな魔力が残されていたんだ!!」
ラスカーファが声を上げる。
ティファの固有技能『来世借料』は、未来の自分から魔力や生命力を前借りし、今に使うことのできる技能であった。その分、前借りした力と引き換えに、自身の寿命を失うというリスクがある。長寿種族の特性を活かした技能だが、技能を使った後に、失った寿命の分の老化が一気に起こるので、肌荒れやシミ、皺、白髪が一気に噴出するので、女性としては、できることなら使いたくない技能であった。
だが、死んでしまえば、アンチエイジングどころでない。
「出力をもっと!!私の寿命が尽きるのが先か、貴女の瘴気が尽きるのが、先か!!」
両手に幾重にも身体強化魔法をかけつつ、焼き切れるそばから完全回復魔法で再生し、ラスカーファの死魂砲を魔力でティファは押さえ続けた。
「死ね死ね死ね!!!焼き払え!!うぉぉぉぉぉ!!」
「くっ……なんとかもって!!」
それは唐突にきた。ぐらっとラスカーファの体が揺れる。
(瘴気切れか!?)
やがて蒼い光の砲は終息し、ティファが死魂砲を凌ぎきった。
ラスカーファががっくりと膝をつき、倒れた。
シミや皺はさほど見られなかったが、ティファの美しい青髪の肩より下がすべて、真っ白に変わっていた。
ラスカーファの方へ歩いて行きつつ、自分の髪色の境を見て、ティファは呟いた。
「かなりの寿命をもっていかれたみたいね。あと、どのくらい使えるか、わかったものではないわね」
もはやラスカーファは魔力も瘴気も使い切り、動ける状態ではなかった。
「殺しな……私の負けよ」
「ええ、もちろん。貴方に慈悲をかけるつもりはないわ。街の人が少なからず貴方たちに殺されているから。ただ苦しまないようにはしてあげる。せめてもの情けよ」
そう言うと、ティファは躊躇せず、風の刃でラスカーファの首を切断し、戦いを終わらせたのだった。
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