第三十三話「元魔王、幽閉さる」
街中央の避難区画を抜けると、ガイは脚力強化の魔法をかけ、東地区へと急いだ。
ブーハビーズの瘴気転式「結扉双極回廊」内に潜む三人の魔族は気付いた。
「殲滅魔法と隔離魔法の使い手が魔法を使ったようだ。ある程度の位置が知れたね。ちょうど真逆の離れた位置だ。うまく引き離せたみたいだ」
「じゃあ先に隔離魔法使いの所まで私を送ってちょーだい」
「僕もラスカーファと同じ所で出るよ。ブーハビーズは殲滅魔法使いを頼むよ」
「ああ。まかせとくっしょ」
バイアケスとラスカーファの二人を、西地区の方に現出させた扉から送り出すと、ブーハビーズは東地区の方へと向かった。
回廊内の白の扉の一室には、子供や住民が見つからなかったので、死なない程度に痛めつけて捕らえた、巡回警らの任に当たっていた騎士たち三人が、ラスカーファの死魂兵十体ほどと一緒に入れられていた。
「……ミカナの様子は?」
右半身をべっとりと血に濡らしながらも、ラーサムは仲間の心配をする。
灰色の軽鎧に、左手に剣を持ち、ラーサムは周囲の猫頭の死魂兵を警戒する。
顔の右半分――目から頬にかけて、ひどい裂傷を負っている。紐で縛って止血はしてあるものの、右肘から先は切り落とされ、ひどい怪我であった。
「血が、血が止まらないよ、ラーサム!ミカナが、ミカナがこのままだと死んじゃう!」
泣きながらケイシーが、両手でミカナのお腹の辺りを押さえている。けれども、床にできた血溜まりがどんどん広がっていく。
ミカナは半目を開いた状態で床に横たわり、うわ言のように「さむいさむい」と繰り返していた。
三人の中ではまだ傷は浅い方だが、ケイシーも太ももを貫かれており、紐で縛って止血はしてあるものの、重傷であった。
三人は巡回警ら中に運悪くブーハビーズたちと遭遇してしまい、戦闘するも、一方的にやられて捕らえられてしまった。
「なんとか助けがくるまでもってくれ!ミカナ、死ぬなっ!」
幼馴染みのミカナを励ますラーサム。
「この春、やっと念願の騎士になれたってのに、いきなりこんな所で死んでいいわけないだろうがっ!」
「ラーサム!ミカナが!痙攣!」
突然、ミカナが手足をバタつかせる。失血性ショックによる意識レベルの低下か。
「ミカナ!!」
悲痛な叫びを上げ、ラーサムは血が出るほどに唇を噛む。
「誰でもいいから助けてよ……ミカナを助けて、お願い」
そばかすの頬を涙でぐしゃぐしゃに濡らして、ケイシーが涙声でしゃくりあげる。
その頃、回廊の外では――――
月夜とガス灯が照らす、人通りの絶えた石畳の道を黒い人影が疾駆していく。
通りの先の広場に、鮮やかな赤の扉とその脇に佇む、顔中ピアスだらけでロン毛の、青白い肌をした三つ目の魔族が視界に入る。
「よう!待ってったっしょ」
馴れ馴れしくその魔族――ブーハビーズは、ガイに声を掛けた。
「お前がバイアケスとやらか?」
「残念。オレはブーハビーズ。バイアケスは北に向かったっしょ」
ブーハビーズはさらっと答えた。
たしか北には、ミスリル級パーティーの【銀馬蹄】が向かったはずではなかったか。
(レカイオンが恐れるほどのヤツ。【銀馬蹄】の連中では、荷が勝ち過ぎる。マズいな)
「おいおい、他人の心配か?オレっちはアウトオブ眼中ってか?」
「……その扉、お前が空間を渡る能力者か?」
「ご明察っしょ!」
虚空から黒の魔剣を抜き放つガイ。
「たんま、たんま!ちょっとアンタに見てもらいたいもんがあるっしょ」
赤の扉を開いてブーハビーズが言う。
「入って右から三番目の白い扉なんだが――」
「入るわけないだろ」
「まぁ、そうなるわな。おい、死魂兵ども!中のヤツらを連れて来るっしょ!」
ブーハビーズが中に声を掛けると、三番目の白い扉がおもむろに開いた。
「ミカナを乱暴にしないで!」
「触るな!俺たちでミカナを運ぶ!」
生気のない真っ青な顔をした女に、肩を貸して二人の男女が白い扉から出て来た。
右半身血まみれの短髪の青年と、足を引きずるツインポニーテールのそばかすの女だ。三人とも騎士団支給の灰色の軽鎧を着ている。
猫頭の異形たちが、三人の喉や背に鋭利な爪をかざして、いつでも殺せるという格好で取り囲む。
「人質というわけか」
「ご明察っしょ!まぁ、一人は虫の息みたいだけど」
ぎりりっと奥歯を噛んで、ラーサムはブーハビーズを睨みつける。
「人質なら俺一人でいいだろ!二人を解放しろ!」
「お前、うるさいっしょ。死魂兵、死なない程度に黙らせろっしょ」
ブーハビーズがそう言うと、猫頭の異形どもがラーサムを殴る蹴るして、ぼろ雑巾のように彼を床に転がす。
「ラーサム!!」
「だ、だいじょぶ……」
「――話が途中だったっしょ。ま、簡単に言うと、このガキども見殺しにすっか、この扉の奥に入るか、単純な二択をアンタに考えてほしいってだけっしょ」
「……………………」
「オレとしては、アンタみたいな強者と殺りあってみたいんだけど、とりあえずは仲間の意向なんで。どちらを選んでもらっても、オレ的にはオールオーケーだけど」
ぎらりと青魚の背のような鈍い光をたたえて、ブーハビーズはガイを見た。
ブーハビーズは本当にどちらでもいいような顔つきだった。だから、人質の数も少ないし、見捨てても問題ないような、騎士を選んだのか。騎士なら任務で死ぬのも折り込み済みのはず。この非常時に騎士である彼らを見捨てても、ガイが非難されることはないだろう。それを見越して二択を迫っているのか。なんてサディスティックな野郎だ。
祈るような目でケイシーがガイをまっすぐ見つめる。
ぼんやりとガイは思った。
(アリシアと同じ瞳の色だな。やれやれ……)
「……わかった。言う通りにしよう。扉の内に入ればいいんだな」
黒剣を空間収納にしまうと、ガイは両手を広げて言った。
「なぁんだ。つまんねぇの」
「出て来たらいくらでも相手してやるよ」
「絶対出て来れないっしょ」
「なるほど。俺をここに閉じ込めるって計画か」
「そうゆうこと。どうっしょ?気が変わったっしょ?」
「そいつら解放するならいくらでも相手してやる」
「それは面白くないっしょ。アンタが自主的にそいつら見捨てて相手してくれなきゃ、意味ないっての。もういいっしょ。さっさと中に入るっしょ」
猫でも追い払うように手の平をひらひらさせて、興が冷めたブーハビーズは、話を終わらせた。
ガイはゆっくりと赤の扉をくぐり、中へと入る。
その背で、バタンと扉が閉められる音と、がちゃりと施錠される音が響いた。
同時に、猫頭の異形どもがラーサムたち三人を殺そうと動いた。
「やはりな」
思った通りの展開。
「ラーサム!!!寝てる場合かっ!!」
と、ガイが一喝する。
その声に触発され、
「うぉー!!」
腹から声を出し、最後の力を振り絞り、左手一本で近くの異形三体に組み付き、その体勢を崩してもろとも床に倒れ込んだ。
「よくやった!」
その隙に、こんな狭い所で魔法を放つわけにもいかないので、ガイは手刀で異形どもを一蹴した。
ある異形は猫頭を刈り飛ばされ、ある異形は胸を貫かれ、十体ばかりの異形は、ガイによっていともたやすく全て片付けられた。
「ラーサム!ミカナが!もうミカナが……」
ほとんど反応を示さなくなったミカナを前にケイシーが泣き崩れる。
その時、ガイが指を鳴らして、効果範囲型の完全回復魔法を三人にかけた。
みるみる傷が塞がり、ミカナの顔にも赤みが差し、血色が戻る。ケイシーの太ももも血が止まり、傷が癒える。ラーサムの顔の傷も無くなり、右腕すら再生する。
「えっ?手が」
「ラーサム、ケイシー……私、生きてるの?」
「ミカナ!ミカナ!良かった。本当に良かった!」
ケイシーは起き上がったミカナを抱き締め、今度は嬉しくて泣いた。
「大賢者様!本当にありがとうございます!ミカナを救ってくれて!」
一千の軍勢を一瞬で焼き払った黒き大賢者の活躍は、騎士団、城壁守備隊の間ではすっかり広まり、ガイのことを知らぬ者の方が少なかった。
「あ、ありがとうございます!」
あわててケイシーも立ち上がり、深々と頭を下げる。
それに倣って、ミカナもガイに向かってお辞儀をした。
「気にするな。それよりここからどう出るかだ。どうやら、この空間に完全に閉じ込められたようだ」
入ってきた扉のドアノブに手をかけ、開けようとするも、鍵がかけられていて開かない。
至近距離でファイアボールを炸裂させるも、扉はびくともしない。さすがに魔法では破壊できないか。
瘴気転式による、一定条件下では、他の干渉をほとんど受け付けないタイプの能力のようだ。破壊力や殺傷能力こそさほどないが、条件にハマると底なし沼のように囚われ、能力を解除するのがかなり面倒なものであることが多い。
「――さて、どうするか?」
「すみませんっ!俺たちのせいで……」
『申し訳ありません!』
三人が頭を深く下げて謝る。
「生きてて良かったな、お前の恋人」
と、ガイはラーサムにそう声を掛けてやった。
「た、ただの幼馴染みっすよ!」
「そうです!ただの!幼馴染みですっ!」
顔を真っ赤にラーサムとミカナが、息ぴったりに否定した。
「じゃあそっちのツインテールが彼女か?」
「違います!!私はラーサムみたいな子供に興味はありません!どっちかというと、大賢者様のように強くて大人な男性がタイプです!きゃっ」
別件で頬を真っ赤にして、ケイシーははにかんだ様子で、両手で顔を覆った。その指の隙間から、ちらちらガイの表情を伺った。
「ところで、俺のことは知ってくれているようだが、えっと……お前がラーサムでその隣がミカナ、で、お前さんがケイシーで合ってるか?」
「はいっ!!私、ケイシー・リーブス、十八歳!射手座のB型!趣味はパンケーキ作り!父母妹の四人暮らし!実家は鍛冶屋です!休日は公園で剣の練習をしたり、読書したりして過ごしてます!絶賛彼氏募集中です!彼氏と行きたいデートスポットは……」
「はいはい。もういいから。大賢者様が困ってるから」
ミカナが強引にぐいぐい行くケイシーを下がらせた。
「それで大賢者様、これからどうします?」
「とりあえず向こう側の扉から全部開くか、調べてきてくれないか」
『はいっ!』
さっきまで瀕死に重傷だったのが嘘のように、三人は元気よく返事をし、従順に反対側の赤の扉まで走っていって、一個一個扉を調べ始めた。
「……そこそこヤバい状況かもな、これは」
と、ガイは一人呟いた。




