第三十話「アリアブルグ襲撃」
夜の闇が訪れる。
夜空には、薄っぺらな貼り付けたような三日月が浮かび上がっていた。
街は、警察隊や騎士団、ギルドから派遣されている警ら隊による巡回が行われていたが、五百人ほどでは街全体をカバーするのは難しく、やはり死角が生まれる。
騎士団所属の若い三人、レヒカとマークルとベックは連れ立って通りを歩いていた。
通りには、ガス灯が点在し、ほの明るい。
またベックがランタンを手に、道を照らしていく。
「静かな夜ね。本当に魔族はまだ生きてるのかしら。あのすんごい黒炎で、もう焼け死んでんじゃないの?」
「千の魔物が一瞬だったもんな。あれで助かるヤツ、いんのかよ。全部灰になってんじゃねぇの」
「ちげぇねぇ。これじゃあただの夜の散歩だよ。散歩。楽でいいけど」
頭の後ろで両手を組みながら、皮肉屋のマークルが言う。
「ホントね。季節もいいし」
と、セミロングの女騎士レヒカが応えた。
三人が巡回する区画は、住宅の密集する避難対象区画で、既に住民の避難は完了しており、静寂のみが辺りを支配していた。
「人がいないとこんなにも静かなもんなんだな」
「家の生活音って結構な音だったのな。夜でも家に人がいれば、なんらかの音がしてたのに。今は、耳が痛いくらいに静かだ」
前髪を気にしつつ、二人の前をランタンを手にしたベックが歩いていく。
通りの角を曲がる。
すると、不意に三人の目に、赤い扉が飛び込んできた。
「こんな所に扉が……」
「通りの真ん中にドアってどうゆうこと?」
きょとんとした顔で、ベックは頭にハテナを浮かべ、眼前のドアをまじまじと見つめた。
ふと、ドアノブが回り、やおら扉が開いた。
瞬間、ベックの首が飛んだ。
落としたランタンの割れる音。
レヒカは腰の剣に手をかけるも、抜く間もなく、顔の左半分を吹き飛ばされて、絶命する。
マークルはあまりのことに、腰を抜かして失禁してしまう。
そのマークルに、青白い顔をした三つ目の、貴公子然とした男が、ゆっくりと近付いてくる。
その魔族の男――バイアケスは、林檎でも拾い上げるかのように、マークルの頭にぞんざいに手をかけると、悲鳴すらあげさせず、頭と胴を容易く分断した。
そして、マークルの頭部をポイッと捨てると、彼の足を持って引き摺り、近くのレヒカの死体も同様に、扉の内に引き摺って行った。
ベックの死体は、後から出てきたブーハビーズによって、扉内に運ばれて行った。
「さぁ、仕事前に軽く腹ごしらえでもしようか」
と、三つ目の食人鬼が笑みを浮かべて言った。
「私はいいわ。ショタ以外の肉なんて、食べたくない」
「オレは腹が膨れれば何でもいいっしょ」
そう言ってブーハビーズは、ベックの右腕を蟹か何かのように引き千切ると、血を滴らせて貪り食う。
「若い女の血は、上質なワインと同じ味わいがある」
レヒカの死体の首筋にバイアケスは噛みつき、血を啜る。
二人の食事風景を眺めながら、ラスカーファが訊いた。
「それで、これからの予定は?」
口の中の肉をゴクリと飲み込んで、
「……オレの結扉双極回廊で移動しながら、何ヶ所かでこれから騒動を起こす予定っしょ」
「できれば、同時多発的に騒動を起こしたいから、ラスカーファには、死魂籠絡装填で兵隊を増やして欲しいんだけど」
胸ポケットから取り出したハンカチーフで、口元の血を拭いつつ、バイアケスがラスカーファに頼んだ。
「別にいいわよ。兵隊の材料は現地調達ね。で、騒ぎを起こして、その後はどうするの?」
もともとさほど計画に興味がないのか、ラスカーファは、自分のロングソバージュの枝毛探しをしながら、話の続きを二人に促した。
「殲滅魔法と隔離魔法、二つの大魔法の痕跡から、二人の魔力紋が判別できた。その魔力紋をマーキングしたんで、何らかの魔法を使えば、その二人がある程度どこにいるか、位置を絞り込める。特に殲滅魔法使い――あの黒ずくめの男は厄介そうだから、位置を特定したら、すぐにブーハビーズの回廊に幽閉して、いの一番に退場してもらうつもりだ」
「そうね。あんなのの相手はごめん被りたいわ。それなら安心して虐殺を楽しめるわね。早くショタをたくさん侍らせて、食い散らかしたいものだわ」
三つ目の食人鬼の女は、エロティックに舌舐めずりをして言った。
「オレが黒ずくめの男を相手にするっしょ!って言っても、そこらのガキか女を攫ってくるだけの単純労働っしょ。後は、ラスカーファの兵隊と一緒に、そいつら回廊に放り込んで脅すだけ。そんで、そいつが人質を救おうと、のこのこ回廊に入ったところで鍵閉めて終わりのチョロい仕事っしょ」
と、ブーハビーズは鼻で笑う。
「僕らはブーハビーズの邪魔にならないよう、残りの二人を個別に叩く役回りさ。あいつら三人を片付ければ、後は人間狩りたい放題ってわけ」
「女の相手は面白くないけど、仕方ないわね。お楽しみのショタ狩りの前の軽い運動ね」
「まぁ、適当にブーハビーズの結扉双極回廊で移動しながら、騒動を撒き散らしていくなかで、殲滅魔法使いと隔離魔法使いの居場所が特定できたら、ブーハビーズとラスカーファには、その二人をまかせたい。僕は残りの一人を探して殺しに行くんで」
「了解っしょ」
「ただ合流が面倒ね。回廊に黒ずくめの男を閉じ込めちゃったら、移動手段が無くなるわね」
「そこはしゃあないっしょ」
「じゃあ、お互いのやること済んだら、ラスカーファの所で落ち合うってことで!」
「それならいいわ。早く片付けて来てちょうだいね。私を退屈させないでよね」
ジュエリーネイルを眺めて、ラスカーファは言った。
「さて、行こうか」
「あら、もう食事はいいの?」
「他にも美味しい血があるかもしれないからね。ブーハビーズもほどほどに。満腹だと動きが鈍るよ」
「そうだな。右腕一本くらいにしとくっしょ」
肉を食い散らかした上腕骨と橈骨を、ブーハビーズは無造作に捨て、
「さっきの場所から少し先に進めるっしょ」
と、赤い扉のドアスコープを覗き込んだ。
「ちょうど野良猫が数匹いるっしょ。あと、路地の平たいへりの所に数十羽の鳩がいるっしょ」
「ちょうどいいわね」
と、ラスカーファが扉を開け、瘴気転式「死魂籠絡装填」を発動し、野良猫を異形の死魂兵へと変える。
「このゴミもついでに捨てとくっしょ」
ブーハビーズは、レヒカたち三人の死体を、無造作に外に蹴り出した。
すると、今し方生まれたばかりのワーキャットや鳥人間みたいな異形が死体に群がり、あっという間に骨だけにしてしまう。
「腹減ってたのかねぇ〜。お、なんかちょっとおっきくなってね?」
「私の習性を受け継いでるからね。人間食べると成長するのよ」
「ふ〜ん。ま、いっか。さ、次々行くっしょ」
いくつかの路地裏を回って、ラスカーファは野良犬や野良猫、ドブネズミ、鳩などの動物を次々に死魂兵へと変えていった。
時折、巡回兵と遭遇すると、バイアケスとブーハビーズが問答無用で殺して、死魂兵の餌にしていった。
一方、アリアブルグ側の巡回警らの臨時詰め所では――――
「ベック班からの定時報告が途絶えてから、ラニーノーズ班、ゲイル班、ミカナ班からの連絡も来ていません」
「……何が起きてるというのか!?」
東地区の巡回警ら責任者は地図に目を落とし、呆然と呟いた。
それは、他の地区でも起きていた。
「ニック隊長!クイーンズ・ストリートでベックとマークルの頭部が発見されました!レヒカは見つかってません」
「な、なんだとっ!?くそっ!!」
東地区巡回警ら隊長のニックは、机を思いっきり叩きつけ、悔しさを滲ませて叫んだ。若い命を散らすことになろうとは。
出し抜け!!
誰もいないはずの住宅密集地から、爆発音と巨大な火の手があがったのだった。




