第二十九話「元魔王、待機す」
ガイら三人が帰り着く頃には、夕陽が城壁を赤々と染め始めていた。
昼前にアリシアたちとアリアブルグに帰ってきてから、息つく暇もない。
城門で待っていた騎士たちに馬を預けると、城門前広場に臨時で設けられた天幕の一つに案内される。
そこでは、市長のロイスと監察官のダグラス、城壁守備隊長のハロルド老、警察署長のジョーの四人が待っていた。
「魔族どもはどうでしたかな?」
と、代表してハロルド老が訊ねてきた。
「取り逃がしたようだ」
そうミレイがやや憮然とした表情で応じた。
目の端にかかる鮮やかな青の髪を耳にかけながら、ティファは提言した。
「城壁の四方に探索魔法を持つ者を配置し、厳戒体制を堅持しつつ、外からの敵の侵入に備えるべきかと。また敵の中に空間を渡る能力を持つ者がいる可能性があります。そうなると、簡単に城壁内に侵入される恐れが出てきます。なので、市中の警戒レベルも厳に引き上げ、巡回警らを強化した方がいいかもしれません」
「では、市中の巡回警らの人員を倍にし、警戒を強化します」
迅速なジョーの言葉に、ロイスは大きく頷いた。
「ああ、そうしてくれ。すぐ手配を頼む」
「わかりました」
「ギルドからも警ら人員を回せるよう差配します」
「それは有り難い。城壁守備隊もアスティン嬢の提案に従い、探索魔法の使い手を集め、外の警戒をよろしく頼む」
「承知しました」
ジョーとハロルドは近くの部下を呼び寄せ、すぐさま指示を出す。
「場合によっては市内での戦闘も想定しておかねばな。各区画の住宅密集地の住民に、市庁舎及び市内中央への避難をあわせて呼びかけよう。その他の世帯へは夜間外出禁止令を出し、備えるよう関係各所に通達を」
と、ロイスも近くの市庁舎関係者に伝えた。
「……それで、取り逃がした魔族はどうするつもりで?」
ダグラスが口を挟み、騎士団長であるミレイの方に視線を向けた。
「居場所を特定できれば……」
そう言うミレイの言葉を引き取り、
「そもそも彼らの目的は、このアリアブルグにいる人間の皆殺しだと思うから、人が集まる場所が狙われる可能性が高いと考えるべきかしら?」
と、ティファは確認を取るように、ガイの方に目線を遣り、意見を求めた。
「奴らの目的か……」
「ここアリアブルグは魔族との東の境界だから。さらなる人類圏侵出を企図するなら、おそらくそれが目的でしょうね」
「なるほど。けど、それは後だろうな。――奴らも馬鹿じゃない。殲滅魔法で一千の軍勢が瞬時に灰と化したのを見ている。こちらの戦力がそうそう侮れないと理解しただろう。そして、その後に現場を見に来た俺たち三人の様子を、どこかから伺っていたはずだ。きっと俺たち三人が、この街の最大戦力と認識しただろうから、まずその俺たちを潰すべく動くに違いない」
「だとすれば、腕の立つ者を多く、巡回警らに配置し、警戒対策を強化することで事は足りそうですね」
ふと、ダグラスが発言した。
「大賢者殿のお話では、相手もお三方を潰そうとしているとのこと。それなら向こう側が勝手に現れてくれるはず。彼らの思考からすれば、一番手っ取り早い襲撃という形で陽動を仕掛けるのが常套でしょう。だから、巡回警らを最大限に強化して、一般人に被害が出ないよう対策し、襲撃場所にお三方がすぐに駆け付ければ、魔族らの居場所を特定できる」
「やはりこちらから仕掛けるのは難しいか」
乱暴に巻き毛を跳ね上げて、ミレイは苛立たしげに言った。待つのは性分ではなさそうだ。
ガイは腕を組み、
「相手の出方を待つしかない」
「相手に主導権を握られるのは癪じゃが、常、守る側はそれをどう捌くかで真価が問われるものじゃから、仕方あるまい」
長年城壁を守り続けてきたハロルド老がそう呟く一言には、重みがあった。
「では、お三方には市庁舎の方で待機願います。何かあればすぐに連絡しますので。少しご休憩ください」
と、市長が言った。
「襲撃を待つというのも気が気でないですが……」
眉根をひそめ、ティファが言うのもわからなくもないが、他に方法がないのだからしょうがない。




