第二十七話「元魔王、軍勢を殲滅す」
「どういう魂胆があって、あんな発言をした?」
会議室には、ガイ、ティファ、ミレイの三人が残っていた。
少しムッとしてガイは、ミレイを無視し、ティファに訊く。
「あなたの底知れない実力の片鱗を知りたくて。こうでもしないとあなたは力を示さない」
「知ってどうする?」
ティファは薄く笑い、
「これで、あなたは大賢者としての名声を得られる」
「そんなものに興味はない」
「けれども、大賢者という名声は、あなたの仲間を守る傘となりましょう。大賢者の関係者においそれとは手出しできない」
(こいつ、レカイオンのことを言っているのか。万が一、あいつの正体がバレたときのことを思って。いや、それは口実に過ぎない。本心は別にある。けれど、名声が今後、アリシアやレカイオンを守る盾になり得るのも事実)
「一番食えないのはギルマス、アンタだな」
「大市も近いですので、さっさと片付けて、お祭り騒ぎを楽しみましょう」
優しげににっこり微笑み、ティファはガイにそう言った。
「話は終わったか?」
腕を組んで目を瞑り、じっと待っていたミレイが目を開け、二人に声を掛けた。
「すみません。お待たせしてしまいました」
「いや、いい。それで、どう魔族どもを迎え撃つ?まず向かってくる一千の軍勢をどうするか?」
「それはこちらの大賢者殿に」
と、したり顔でティファはガイに話を振った。
「広範囲の殲滅魔法を用いれば、異形の軍勢を吹き飛ばすのは容易い。が、三体の魔族を取り逃がすと後々厄介だ。執念深く、報復される恐れがある。確実に仕留めたい」
「では、あなたの殲滅魔法と同時に私が空間魔法で一帯を隔離し、彼らを閉じ込めるというのはいかがです?」
「あとは一人一体、魔族の相手をすればいいということか。しかし、二人ともそんな大魔法を使った後に、魔族と戦えるのか?」
「問題ない」
「それは大丈夫です」
「ただそううまくいくだろうか?」
ガイは懸念を表明する。
「一千の軍勢は脅威だ。まずこれを無力化できるだけでも大きい。数の力は侮れない」
と、胸の前の巻き毛を背へと払い、ミレイが言う。
そのとき。
「大変です!」
いきなり扉を勢いよく開けて、門衛が部屋に駆け込んできた。
「異形の軍勢の進行が思った以上に早く、城壁の見張りが望遠鏡でその威容を捉えました。あと二時間ほどで城壁に到達する可能性が!」
矢継ぎ早に門衛の男は三人にそう告げた。
ミレイはすっくと立ち上がると、
「考えている暇はなさそうだ。今、話した内容で対処するしかあるまい」
「わかりました」
「やれやれ。次から次に。さっさと片付けてゆっくりしたいもんだ」
ガイはそうぼやくと、ミレイとティファの後に続いた。
――――城壁からも、気味の悪い異形の軍勢が見えた。
腕を四本生やし、足も四本の蜘蛛のような異形や、角の生えたワーウルフのような化け物、猪頭のオークのような魔物などがぞろぞろと、こちらへ向かってきていた。
軍勢の後方に、青白い肌をした魔族二体の姿がギリギリ視認できた。もう一体はさらに後方か。
「団長、馬の手配ができました」
「ああ。手綱を頼む。あの軍勢を吹き飛ばしたら、討って出る。城壁から、青髪エルフと黒ずくめの二人が降りてくるから、その二人に手綱を渡してくれ」
「了解しました」
三人の騎士が三頭の馬を引いて、ミレイの後ろに控える。
ミレイの隣で、異形の軍勢を見つめる小隊長の女が、彼女に話しかけた。
「本当にあの軍勢をたった一人で殲滅できるのですか?勇者様ならまだしも」
「冒険者の中には、時として勇者をも超える規格外の者が現れる。さてさて、ギルドの二人のお手並み拝見といきますか」
ミレイは城門前で腕を組み、巻き毛に風を感じていた。
「……どこまで引き付けて攻撃を仕掛けますか?」
城壁上、横にいるガイに視線を投げて、ティファは伺いを立てる。
「俺はいつでもいい。ギルマス、アンタの魔法の射程距離でいい」
「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃってください」
「了解」
言うや早いか、ガイは詠唱に入った。
「黄昏より出ずる影、黄昏から伸びる闇、影なる闇は混沌に帰せし眷族、その大いなる暗き破滅の総意にて、黒き劫火を顕現し、眼前なる愚者の葬列を焼き払え!!
トワイライト・アナイアレイション!!」
なんの前触れもなく、夜の闇よりも昏き、巨大な黒き劫火球が空の彼方より一気に飛来し、異形の軍勢を一瞬にして飲み込んだ。凄まじい黒き火柱が噴き上がり、一千の異形の軍勢は一瞬で消し炭と化した。
「すげー!!軍勢が消えた!」
「あの大軍を瞬殺!?」
「魔族恐るるに足らず!!」
「おおー!!我らが大賢者よ!」
「万歳!万歳!」
城壁の守備兵があちこちで口々に、ガイへの称賛を口にする。
その中で市長ロイス・デッケンは、血の気の失せた白い顔をして呟く。
「なんて魔法だ。あの軍勢を一瞬で。あんな力を個人として持つとは……。彼は一体何者なのだ!?」
「そんなのはどうでもいい。人類圏最果てのアリアブルグから救国の英雄の誕生だ!!」
監察官ダグラスは興奮冷めやらぬといった、喜々とした表情で叫んだ。
英雄は政治的にも利用できる。うまく皇都と英雄の橋渡し役となれば、再び皇都の要職に就けるかもしれない。ダグラスは腹の中でほくそ笑んだ。
当のガイは我関せずといった顔で、ティファに確認をとる。
「そっちの首尾は?」
「術は成功しました。先程まで軍勢が存在していた地を中心に隔離空間を形成しております」
「よしっ。なら行くか」
と、ガイはひょいとティファを小脇に抱える。
「ちょっ!?えっ?なんです?き、聞いてませんけどぉー」
「いちいち階段で城門前まで降りて行ってたら時間がかかる。飛翔魔法で直接降りる」
そう言うや、ガイは小脇に抱えたティファごと、城壁から飛び降りた。
「きゃー!!」
可愛い叫び声を上げて、ティファはガイにしがみついた。
地面に激突寸前でふわりと飛翔魔法で着地する。
「来たか。さすがにあの巨大火球を受けて、生存する者がいるとは思えんが……行くか」
二人の姿を認め、ミレイが馬に跨った。
呼吸を落ち着けつつ、ティファは相槌を打つ。
「そ、そうね」
「行ってみればわかる」
と、ガイはぶっきらぼうに言い、馬に跨ると、すぐさま馬を走らせだした。
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