第二十六話「元魔王、ハメられる」
シュリに、アリシアとレカイオンの世話を頼み、ガイはティファとガルフと一緒に、馬車で市庁舎へと向かっていた。
箱馬車内では、向かいにガタイのいいガルフが腕を組んで座っている。脇に大盾と大剣を置いて。
ガイは黒のコートに、インナーもズボンも黒で統一のいつものコーディネートで、基本空間収納なので丸腰だった。
そのガイの隣に小柄なティファがちょこんと座っていた。両手に銀の腕輪と、左にサファイアとルビー、右にエメラルドが嵌められた指輪をしているだけで、武器らしいものは手にしていなかった。空間収納持ちだろうか。
ティファがふと口を開く。
「二人に伝えておくわ。これから会う人たちのことを。まずは市長のロイス・デッケン――皇都より派遣されている有能な壮年文官で、なかなか頭の切れる人よ。それから、アリアブルグ騎士団をまとめる騎士団長ミレイ・エセルバ――凛気を扱う、元火の勇者パーティーのメンバーだった女性よ。なかなか腕は立つけど、直情的な性格だから、あんまり気にしなくていいわ。次に、城壁守備隊長のハロルド・キュウセン――頭の固い、いい意味でも悪い意味でも、昔かたぎの古参武官。悪い人ではないけど、何かと融通が利かない。最後に一番の要注意人物――皇都監察院からロイス市長と一緒に派遣されて来ている監察官ダグラス・マッカラン。特に彼には気をつけて。弾劾権・糾挙権含め大きな権限を持つから、敵に回すと厄介よ。だいたいこの四人が会議の中心になると思うから、記憶しといて」
それ以後、特段三人に会話はなかった。
ガイはぼんやりと窓から街並みを眺める。どんよりとした雲が厚く広がり、街はどことなく薄暗かった。
やがて、街の中央にある市庁舎の敷地に、馬車を乗り入れ、瀟洒な四階建ての建物前で、御者は三人を降ろした。
槍を手にした門衛が正面扉の両脇に立ち、扉を片手で押し開く。
ティファを先頭に三人は、市庁舎のエントランスへ入ると、すぐに声を掛けられた。
「アスティン嬢、お歴々がお待ちです。どうぞこちらへ」
どこぞの貴族の家宰かといった風貌の老紳士が、三人を会議室へと案内した。
室内には、ロの字に長机が並べられ、六人の男女が座っていた。
正面の一番奥の上座に座っている、あご髭とその髭に繋がるもみあげを持つ壮年男性が、入ってきた三人に着席を促した。
「どうぞ、空いている席へ。これで全員揃いましたな。初顔もいることですし、時計回りに簡単な自己紹介をしていきましょう。私は、市長のロイス・デッケンです」
市長の左隣の女性が口を開く。
「私はアリアブルグ騎士団団長を務めるミレイ・エセルバだ。よろしく頼む」
見ると、巻き毛のお姫様然とした顔立ちに、下はドレスではなく、銀の甲冑という出で立ちをしている。
「儂は城壁守備隊長を任されておるハロルド・キュウセンじゃ。以後お見知りおきを」
と、つるりとしたスキンヘッドを撫で、軍服の老人が名乗った。
続けて、ガルフ、ティファ、ガイが順にあいさつをした。
その流れでガイの隣の、軍服とは少し異なる制服を着た、髪をオールバックにした中年男性が自己紹介した。
「アリアブルグ警察署長を務めるジョー・リガードです。住民の避難や治安維持を担当させて頂きます。よろしくお願いいたします」
次に、秘書風な女性がいたが、その女性をとばして、市長の右隣の男が話し出す。
「僕はダグラス・マッカラン。皇都監察院から派遣されてきた監察官さ。僕の隣の彼女は、副監察官のイザベラ・リリー女史だ。みんな、よろしくね」
にこやかな笑顔を浮かべた、人当たりの良さそうな青年である。けれど、どこか貼り付けられたような表情の、なかなか一筋縄ではいかなそうな、食わせ者感がそれとなく漂う。ティファから事前に気をつけてと言われていたからだろうか。
ガイにはそんな気がした。
(さて、どうするか?あまり目立ちたくもないしな。一千程度なら極大魔法で雑魚は一掃できるだろうが、魔族を討ちもらす可能性があるな。そうすれば、プライドの高い彼らだ。手段を選ばず復讐しに来るはず。街はどうでもいいが、見知った者が傷付けられるのは頂けないな)
ぼーっとガイがそんなことを考えていると、会議は始まった。
「ギルドからの情報提供で、北北東から魔族三人と一千の異形の人型の軍勢がこちらに向けて進軍しているとのことで、明日の明け方にはアリアブルグに到着する可能性が高く、これを迎え撃つ必要に迫られてます」
「騎士団の人員は三百人弱だ。彼奴らが連れてる兵の力量にもよるが、若干厳しいかもしれん」
「城壁守備隊も同じく約三百程で三交代で各方角二十五人ずつ合わせて百人が常時配置についているが、百五十人までなら騎士団に編入できよう。城壁からの砲撃が届く距離まで引き付け、砲撃によって数を減らし、騎士団と協力して討って出るのが常道か」
と、ミレイとハロルドが発言する。
監察官のダグラス青年は、門外漢といった表情で聞いている。
「ギルドからはどれほど人員協力をお願いできますか?」
市長がティファに水を向けると、
「二人が限界です」
「二人ですか……」
ある程度の人数を期待していたのだろう。明らかに市長は落胆の表情で呟いた。
逆にガイはギョッとした表情で、横の青髪エルフを見る。
(一番の食わせ者が身内にいるとは。やれやれ。俺だけに声を掛ければ、俺が警戒するから、探索の擦り合わせのあの話の流れで、ガルフにも声を掛けたか。俺が勝手に、探索の報告で会議に呼ばれたと、思わせるよう仕向けやがったな)
隣の、見た目小柄な少女にしか見えないが、そこそこ人生経験豊かな、長寿種族のギルマスは、ちらりとガイの方を見て、ペロッと小さな舌を出した。
いたずらがバレたときの子供かっ!と、ガイは思った。どうやら完全にはめられたようだ。
「さぞかしその二人は手練れなのでしょうね。魔族の相手はギルドのお二方と騎士団長殿におまかせすれば、万事解決ですね」
と、言葉少なな青髪エルフの意図をきちんと理解したダグラスが言った。
「なるほど。問題は三人の魔族ということか。頭を潰せば、一千の烏合の衆など敵ではないと。面白い!」
ミレイが机を叩いて立ち上がる。
「して、その二人とはマスターアスティンと、そこの黒ずくめのグレーシアス殿ということでよろしいか?」
さすが騎士団長。ちゃんと相手の力量を把握してらっしゃる。
ティファがしゃあしゃあとミレイの言葉に応じる。
「ええ、そうです」
さらに続けてとんでもないことを口にする。
「彼は賢者の末裔です。しかも、彼自身、失われた魔法の飛翔魔法まで使いこなす大賢者!!大賢者を前にすれば、たかだか一千の軍勢など取るに足らない羽虫の集まりです」
よくもまぁ、そんな大風呂敷を広げてくれたものだ。呆れて物も言えない。
しかし、飛翔魔法が失われた魔法とは。シュリにきちんと口止めをしとけば良かったか?いや、口止めしてもシュリなら確実にありのままをギルマスに報告するだろう。
「おお!!それは頼もしい!!このアリアブルグに大賢者殿がおられたとは!!」
「しかし、市長、本当にこの者が大賢者とは、疑わしいものだが……」
ハロルド老が遠慮がちに言い淀む。
「彼は、先の探索任務で魔族二人を余裕で倒している。実力は本物だ」
ガルフが全くもって要らぬ援護射撃をする。
「なら決まりですね。まず彼のお手並みを拝見し、うまくいかなければ、ミレイ女史とハロルド老が最初に提案された案を採用し、備えておけばよろしいでしょう」
彼らにとっては、成功すればめっけ物で、失敗しても当初の作戦を遂行するだけの話で、なんら痛手は特にない。なので、ティファの提案するところに乗りやすい流れであった。
「そうですね」
市長がダグラス青年の意見を受け入れ、会議の大勢はほぼ確定した。
「後は我々におまかせください。具体的な作戦詳細は騎士団長殿とも打ち合わせしたのち、市長にはお伝え申し上げます」
と、ティファは力強く請け負った。
会議に出席しておきながら、ここで断れば、各都市のギルドにも話は回り、登録情報に傷が付き、今後の活動にも支障が出るのは火を見るよりも明らかだ。出席していなければ、はぐらかすこともできたかもしれないが、今更難しい。自分一人ならどうとでもなるが、アリシアのギルド活動にも支障が出るかもしれないことを考えると、席を蹴る気にもなれなかった。
ガイは不機嫌そうに鼻を鳴らして、ティファを睨んだ。
(この青髪エルフは何を考えてやがる?)
「そうと決まれば、城壁守備隊と騎士団の迎撃準備は儂が任されよう。よろしいかな?市長殿、騎士団長殿」
「お願いします。私は彼らと打ち合わせでここに残りますので。何かわからぬことがあれば、三人の副団長に確認ください」
ミレイはハロルド老に頭を下げ、騎士団の指揮を委任した。
市長は大きく一つ頷き、二人の取り決めの承認を表した。
会議ではなんら発言することもなく、ガイが最も望まぬ形で決したのであった。