第二十四話「魔眼の増援」
アリアブルグから一日程の距離の森の中。
バイアケスは苦々しい顔つきで、ギリッと奥歯を噛んだ。
「ベイロフォンも、レカイオンも戻って来ない!この僕を裏切ったのか!バロール族の王子であるこの僕を!」
苛立ちを隠しきれず、近くの木を裏拳で叩き折る。それでも気が晴れないのか、辺りの木々を手当たり次第にめちゃくちゃにし、感情を爆発させる。
「クソがっ!下等魔族のクセに!魔眼の王子であるこの僕をコケにするか!どいつもこいつも!僕の計画の邪魔ばかり!舐め腐りやがってぇー!!許さない許さない許さない!!!クソどもがァァァ!!」
「そうカリカリしなさんなって。お前にはオレたちがいるっしょ」
バイアケスの肩に手を回して馴れ馴れしく、ブーハビーズが声を掛けた。
バイアケスと同じ、額に第三の目を持つ、青白い肌の魔族だ。だが、二人の様相はだいぶ違っていた。王子と言うだけあって、バイアケスが貴公子然としているのに対して、ブーハビーズは顔中ピアスだらけで、じゃらじゃらと金の首飾りを着けたロン毛の、絵に描いたようなチャラ男然としていた。
「頼れるのは同族だけよ。始めから私達に声をかけてくれれば良かったのに」
もう一人、第三の目を持つ青白い肌の女魔族が、岩に腰掛けていた。ロングソバージュの銀髪に、網タイツに赤いヒールを合わせた、いかにもなケバい女魔族が髪をいじっていた。
「あなたはいつも功を焦りすぎなのよ」
「すまない、ラスカーファ」
女魔族の足元に跪き、その足をうっとりとした顔で撫でながら、バイアケスは言う。
「ラスカーファの手を煩わせることになるなんて。僕としても避けたかった。ごめんよ。でも、今回の計画を成功させられたら、ベルネスト公の魔王軍への仕官もきっと叶う。そうすれば一族再興も夢じゃない」
「一族再興しても、弱いヤツぁ、いらないっしょ。オレたち三人いれば良くね?今更一族再興なんて流行らなくない?」
「まぁ、いいじゃない。バイアケスがそうしたいって言ってるんだから」
と、ジュエリーネイルを眺めもって、興味なさげにラスカーファが発言する。
「ラスカーファはいつもバイアケスには甘々過ぎっしょ。でも、オレらの絆はマジ強固!だから、力貸すのは百パー決まってっけど!」
「ラスカーファ、ブーハビーズ、二人ともありがとう。僕はいい友人を持てて、本当に幸せ者だよ。さらにラスカーファ、今宵の君はいつにも増して美しい。空の星さえ霞むほど。そんな美しい君に会えて、僕は今にも天に昇る気持ちだよ。人間どもを滅ぼせる興奮と合わさって、もうイってしまいそうだよ」
「早いわ。持続しない男は嫌いよ。お楽しみはこれからでしょ」
「そうだね」
「そんで、どうするっしょ?バイアケス」
「クソベイロフォンの口車に乗って、性に合わない、小手先の策謀なんかに頼ろうとした僕が馬鹿だったよ。僕らはもともと蹂躙する側。策謀なんて必要ない。ただ力で押してけば良かったんだ」
「そうこなくっちゃ!さすがは我らが王子!」
「野蛮ね。まぁ、いいわ。私はあなた達の後ろからゆっくり行かせてもらうわ」
「うんうん、ラスカーファはそうしな。僕ら二人でラスカーファの露払いをしていくから」
「ありがとう。けど、虫けらも多いと大変でしょ。雑魚は私の下僕どもに任せればいいわ――瘴気転式『死魂籠絡装填』!」
瘴気を魔力のような力に転じ、固有能力を発動させる術技――瘴気転式をラスカーファが使った。
死者の魂を籠絡し、その魂を、人や魔族より知能レベルの低い、近くにいる、生きている魔物や動物に憑依させ、簡単な命令を聞かせる能力であった。
三人の瘴気に引き寄せられて、集まってきていた鉤爪大蜘蛛の群れや一角狼などの魔物たち、猛禽類や猿、猪、熊などの大型の鳥獣たちが、無理矢理死者の魂を詰め込まれ、肉体を変質させていく。
不気味で異質な人型の化け物が次々と生まれていった。その数およそ一千。
「ほとんど鉤爪大蜘蛛ね。蜘蛛は嫌いなんだけど。まぁ、使い捨てだからいっか。さ、二人とも行きましょ」
「そうだね、行こう」
「もち行くぜ!」
魔眼のバロールの異名を取るバロール族の三人が、一千の異形の軍勢を率い、アリアブルグに向かって進軍を開始した。