第二十二話「元魔王、秘密を共有す」
「師匠っ!!」
「おぅ、アリシア。やったな!」
歯をキラッと輝かせ、親指を立て、ガイは笑顔を見せる。
が、胸から下はスプラッタ感満載の血みどろでキメ顔っていうのは、どう見てもホラーだ。
「師匠、血が、血が……つゆだくでどうしよう、どうしよう」
アリシアの方があたふたとする。
「つゆだくって、言葉のチョイス間違ってません?」
「これ以上、血がマシマシなら師匠が死んじゃう!?」
「マシマシもどうかと思うが……。まぁ、これくらいでは死なないから大丈夫だ。たいした傷じゃない」
サッと回復魔法をかけて、ガイは傷を癒やした。そして、何事もなかったかのように、血だらけで破れた服を脱ぎ捨て、新しいものに着替える。
胸をざっくり切り裂かれて、普通なら致命傷であろう傷なのに、「たいした傷じゃない」と済ませられるくらいには、元魔王の力は規格外であった。
「良かったぁ。師匠、死ななくて」
心底ホッとした表情でアリシアは言った。
「……あの仮面の人は死んじゃったの?」
「たぶん生きてる」
川の水で顔を洗ってガイは、レカイオンの様子を見に行く。
川はさほど深くなく、対岸には歩いて渡れた。
対岸の崖は深く抉られ、大きな穴ができていた。
穴の端にレカイオンのだらんとした足が、垂れ下がっているのが見えた。
「あれだけ激しく吹っ飛ばされたのに、仮面は外れてないのか。頑丈な仮面だな」
気絶しているレカイオンを乱暴に肩に担ぎあげると、ガイは対岸に運んだ。意外と軽かった。
「その人、どうするの?」
「どうすっか。あんまり計画のこと知らなさそうなんだよな。まぁ、目が覚めたら話して決めるか」
「このトカゲはどうしよ、師匠。このまま置いとくと腐って大変なことになりそうだけど……」
「腐らせるなんてもったいない!お前、ワイバーンは結構旨いんだぞ。特にテール肉の輪切りステーキが絶品で、味付けは塩コショウだけで十分!俺の大好物だ。他の部位も旨いし、全身余すとこなく使えるから、空間収納に入れて持ち帰るに決まってる」
「げげーっ。トカゲだよ、無理無理。でっかい爬虫類なんて食べられないって!」
あからさまな拒否反応を示すアリシアであったが――
――――――その一時間半後。
「師匠、うまうま!トカゲのしっぽ、おいひぃー!!」
「そうだろ、そうだろ!最高だろ!この脂が旨いんだよ」
と、二人はワイバーンステーキに舌鼓を打っていた。
豪快に輪切りにしたワイバーンのしっぽを串に刺し、塩コショウをして直火でそのまま焼いて、川べりでバーベキューを楽しんでいた。
その脇に、適当にレカイオンが転がされている。
「う、ううっ……」
「やっと気が付いたか?」
レカイオンは即座に立ち上がり、腰に手を回すも、双剣がないことに気付く。
(そうだ、双剣は折られたんだった……)
「あたしをどうする気だ?慰み者にでもするか?」
観念したか、レカイオンはその場に座り込んだ。
「あたし?慰み者?はぁ?レカイオン、お前、男だよな?男を抱く趣味なんて俺にはないぞ」
「師匠、本気で言ってるの?」
「うん?」
「あたしは女だ。声でわかるだろうが」
「嘘!?気付かなかった。しゃべり方だって男っぽかったし。声なんて、最近、めっちゃ声の高い太った中年男性に会ったばかりで、そういう声のヤツもいるのかなって思ってた」
ルーファ村で会った痛風男性の声の高さのインパクトは、意図せずして二度見してしまうぐらいすごかったので、まったくレカイオンの声など気にならなかった。けど、言われてみれば女性の声だ。
不意に、思い出したかのようにレカイオンは、仮面に触れた。
「……仮面、取らなかったのか?」
「顔に傷でもあって、コンプレックスとかあるのかと思ってな。勝手に取るのは悪いだろ」
「お前……いや、ガイだったか、変わってるな。けど、負けた以上、あたしの生殺与奪はあんたのもんだ」
他人事のようにそう言って、レカイオンはフードを脱ぐと、仮面を外した。
亜麻色の髪をポニーテールにし、額には短い二本の角を備え、切れ長の瞳にすっと鼻筋の通る美しい顔立ちが露わとなる。かなりの美女である。
「好きにすればいい」
抑揚のない、平坦な声でレカイオンは言う。
「じゃあ、アリアブルグ襲撃について、知ってることを話せ」
「それについては、今日ベイロフォン――――左腕のでかいヤツが、決行日を含めて計画を伝えに来る予定だったが、来なかったからわからない。計画はバイアケスとそいつが考えていた」
「バイアケスという仲間がまだいるということだな」
「ああ。バイアケスはあたしやベイロフォンより遥かに強い。到底あたしじゃ勝てないから従っていた。他にまだ仲間がいるかもしれないが、聞かされていないからあたしにはわからない」
「そうか。バイアケスとやらはどこにいる?」
「五日前までは、人間たちが徒労の森と呼ぶ、森の奥の古城にいた。ただ計画決行が近付いているから、移動しているかもしれない。今いる保証はない」
淡々と無表情にレカイオンは語った。
バイアケスはレカイオンを駒としか見ていなかった。協力を拒めば殺されるかもしれないから、レカイオンも言うことを聞くしかなかったに過ぎない。仲間という関係のものではなかった。
「そうか。わかった。レカイオン、この件から手を引け。関わらないと誓うなら、もう行ってもいい。どこへなりとも」
「えっ?」
「まだ未遂だしな。情状酌量ってやつだ」
「なぜだ?捕虜は尋問の末、殺されるか慰み者にされるか……」
「さっきから、慰み者慰み者って、そんな師匠に色目使って、誘惑しようとしたってダメなんだからね!」
「はい?」
「いや、アリシアさん?何言ってるんです?」
「いくら綺麗で、おっぱいおっきいからって調子乗らないでくれる!師匠の目は誤魔化せても、私の目はあなたの隠れ爆乳をお見通しなのよっ!!」
「マジ!?」
つい視線がレカイオンの胸に吸い寄せられる。
アリシアセンサーはそれを見逃さず、ガイのお尻を引き千切らんとするほどの強さでつねった。
ガイは飛び上がり、その場に崩折れる。勇者に聖剣で斬られたときよりも痛いのはなぜ!?
そのとき、ぐぅー!!と、ものすごく切ない感じで、レカイオンのお腹が鳴いた。
さすがに恥ずかしかったか、今までの無表情が嘘のように、レカイオンは耳まで真っ赤にして俯いた。
「まぁ、とりあえず食えよ」
焚き火で焼かれた、串に刺さったワイバーンのテールステーキを、ガイはレカイオンに差し出した。
レカイオンは串を受け取ると、大きな輪切り肉を一口頬張った。
「美味しい……!!!」
と、目を見開いて、二口目、三口目……と夢中になって齧り付いた。
あっという間に平らげると、涙が零れた。
「こんなに優しくされたのは初めてだ」
「優しくって、ワイバーンだってもともとお前が連れてたヤツだし。それ勝手に殺して、ステーキにして振る舞ってるだけだから――って、言ってて字面だけ追うと、かなりクレイジーなヤツだな、俺……」
「あたしを気遣って、仮面だって勝手に取らなかった。それに、ガイはあたしを力で従わせようとしない。手を引くなら、行っていいって。負けたら殺されるかどうにかされると思ってたのに」
緊張の糸が切れたのか、レカイオンは一気に話し出した。
「ずっと生きるためには戦うしかなかった。力を必要とされることでしか、生きられる場所がなかった。感情を殺して、ただ生きるためだけに、戦って、戦って、戦ってきたけれど、……もう疲れた。ガイならあたしを優しく殺してくれそう。行く場所もないし、これからずっとバイアケスに怯えて生きていくのも耐えられない。だったら、あたしをここで殺して!お願い!自分じゃ恐くてできないから!」
レカイオンは縋り付くように、ガイに死を求めた。
「ちゃんと感情あるんだな。安心した。ずっと他人事みたいに話すから」
ガイはレカイオンの涙を拭う。
「行く場所ないなら俺の所に来るか?すでに似たようなのが一人いるから、もう一人でも二人でも同じだから」
「私が先輩なんだからね!いい?レカイオンは後輩よ、後輩!」
腰に手を当て、アリシアが強い口調で主張する。
「俺の手の届く範囲でなら守ってやる。俺の強さは身をもって体験したろ」
「見返りは?あたしは何をすればいい?」
「ねぇよ、んなもん」
「師匠はツンデレだからね」
「うっせー。そんで、来るのか来ないのか?」
「行ぐ!行く行く行く行ぐ」
レカイオンは何度も何度も頷き、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「人だろうが、魔族だろうが、誰かが誰かを無理矢理従わせようとするなんてのは、ナンセンスの極み。そんなくだらないことをする輩には、鉄槌をくれてやらねば!」
そう言った後、ガイはレカイオンの耳に口を近付け、一言釘を刺す。
「俺が魔族ってのは二人だけの秘密な。誰にも言うなよ」
「二人だけの秘密」
と、レカイオンは嬉しそうに小声で復唱した。
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