第二十一話「元魔王、斬り結ぶ」
物心が付いた頃には、レカイオンは既に戦場にいた。
数百年に及ぶ魔王の不在により、魔族間の統制は失われ、対人類圏だけでなく、魔族同士の争いも激化していた。
多くの命が毎日失われていくのが日常だった。
さっき昼ご飯を一緒に食べていたヤツも、昨日話したヤツも、一昨日他愛もないことで笑いあったヤツも、みんなみんな死んでいった。
その度に心の濃度が薄くなっていくように、感情は希薄になり、生存本能のみが先鋭化していった。生き残ることが至上命題であり、生きる全てであった。
その先鋭化した生存本能が告げる。
逃げろ、と。目の前のこの男はヤバい、と。
そうは言っても、簡単に逃がしてもらえる相手ではない。
(隙を突いて逃げるタイミングを計らねば)
レカイオンは双剣を手に正面から仕掛けた!
乱舞のように、上段、中段、下段、前後左右――四方八方から連撃を繰り出すも、そのことごとくを黒剣で受け流される。
「先程の斬れ味はどうした?逃げ腰の剣だな、レカイオン。まだ左腕のヤツの方がマシだったぞ」
「ベイロフォンか……、ヤツはどうした?」
「襲ってきたから返り討ちにした」
「……………………」
レカイオンの双剣を鍔で受け止め、鍔迫り合いの状態に持ち込み、ガイが訊く。
「なぜ、お前たちはアリアブルグ襲撃を企てる?」
「さぁ、知らない」
「知らない?」
「ああ、聞いてない」
「何も聞かず、何をするかもわからず、お前は従っているのか?」
「そう言われれば、そうなるか」
レカイオンがとぼけているようには見えない。本当に知らないのか。
「じゃあ、お前は何のためにここで俺と戦っている?」
「……何のため?」
首を傾げ、考える素振りを見せるレカイオン。
(まるで他人事。コイツは何を考えている?)
ガイはふと興味を覚え、ギリギリ……と剣を交差させたまま、答えを待つ。
「……ただ生きるためにずっと戦ってきた。そこに理由なんてなかった」
「ただ生きるためか。……そうかい。なら、全力で来い。死にたくなければ、死ぬ気でかかってこい!」
膂力でレカイオンを押し切って後ろに下がらせると、ガイは大魔法を放った!
「ティアーズ・インフェルノ!!」
地を裂き、吹き荒れる火群がレカイオンに向かい、迸る。それはまるで激しい炎の波のように、レカイオンに襲いかかる!
これはまずい!直撃すれば無事では済まない。出し惜しみしていたら、ここで終わる。
「――瘴気転式!『流絡纏剣』!!」
レカイオンは瘴気による固有能力を発動し、ガイの魔法による焔をその双剣で切り裂いた。
すると、切り裂かれた焔は双剣に纏わりつき、その力は剣へと宿り、凄まじい業火の刃と化す。それをもって、再びレカイオンが連続攻撃を仕掛ける!
「魔法を吸収する能力か!?」
業火を纏う双剣を黒剣で受けるも、受ける度に双剣からは焔が吹き出し、ガイの肩や腕を焼く。
ガイは回復魔法を連続でかけながら、斬り結ぶ。
お互いに烈しい乱撃の応酬。
やがて、双剣に蓄えられた焔が尽きるも、徐々にガイが押され始める。
「その双剣に触れると、魔法だけでなく、物理的な衝撃や力まで吸収され、反射されるのか。つまりは自分で自分を殴っているようなものか」
「それだけじゃない」
「何っ!?」
上段から振り下ろされた双剣を、黒剣でガードしきれず、ガイは胸を右袈裟に大きく斬り裂かれた。血飛沫が飛び散る。
「師匠っー!?」
アリシアの叫び声が聞こえた。
「問題ない。お前はワイバーンに集中しろ!」
と、ガイは叫び返した。
回復の暇を与えまいとレカイオンが剣撃の乱打で追撃をかけてくる!この機会を逃せば後はないとばかりに。
「吸収した力を累積し、一気に放出することもできるのか。それで俺のガードを貫いてきたのには、正直驚かされたが――」
レカイオンの猛攻に継ぐ猛攻!剣撃を雨あられのようにガイに浴びせかける!
ガイは黒剣を盾に防戦を強いられるが、言葉には余裕があった。むしろ焦っているのはレカイオンのように見えた。
「その傷でどこまで持つか!」
「聖剣の斬撃に比べれば浅傷だ」
「聖剣って!?」
「おっと、口が滑った。それより、お前の手の内は知れた。あれで仕留めきれなかった以上、レカイオン、お前の負けだ。そろそろ終幕にしよう」
そう言って、ガイはアリシアの方をちらりと見た。
アリシアがちょうどワイバーンの口に魔法筒の赤を放り込み、退避する背が見えた。
ガイはアリシアが見ていないことを確認すると、黒の剣の瘴気を開放した。爆発的な瘴気開放に双剣が弾かる。
「その剣……魔剣か!人の形姿をしているが、お前は魔族だったのか!?」
「死ぬ気で防御しろよ。でないと、死ぬぞ」
ガイは黒剣「影を飲むもの」を水平に、小細工なしにただただ一閃した!
至近距離でそれをまともに受けるレカイオン。ほんの一瞬、双剣が黒剣を受け止めるも、あっさりとへし折られ、レカイオンの身体は容赦ない勢いで吹っ飛ばされた!
川の対岸の崖を深く抉って、レカイオンは止まった。粗略に投げ出されたレカイオンの足が、完全KOを物語っていた。
時を同じくして、ワイバーンが口から煙を吐き出し、どうっと横倒しに倒れた。
戦いは決着した。