第二十話「元魔王、交戦す」
森をさらに奥へと進む二人。
鬱蒼と生い茂る草木。その中にある獣道を見つけて、北東へ進んでいく。微かに川のせせらぎが聞こえてきた。
「目的地は近い。川の支流脇に開けた所があるはずだ」
「ねぇ、師匠」
「なんだ?」
「さっきの魔族にこの槍は通らなかったのに、この短剣は刺さったのはなんでなのかなぁ?って思って。あの魔族もすごく驚いてたし」
「槍と違って、その短剣には、幾重にも斬れ味が鋭くなる魔法がかけられている。いわば魔法剣だからな」
「ほぇー。そんなすごい短剣なんだ!」
「単純な魔法の多重がけで、魔族を切り裂くほど斬れ味は上がってるが、すごいって程のものでもない。まぁよくある量産魔法剣で、大したもんじゃない」
「ううん。私にとっては大したもんだよ。フフフ」
腰の短剣を右手で撫でて、アリシアはニヤニヤした。連動して狐耳がぴょこぴょこする。
「変なやつだな」
「師匠、あれ!」
アリシアが木々の隙間を指差す。
目を細め、隙間の先を凝視するも、ガイには全く何も見えなかった。
「俺には何も見えんが……。何か見えるのか?」
「遠くに、大きな羽の生えたトカゲと人影」
「ビンゴだな!人影は何人だ?」
「一人。羽トカゲも一頭」
「おそらくワイバーンか。一人ならよほど腕に自信があるヤツか。そうすると、魔族の可能性もあるな。どれくらい先だろう?」
目を凝らしても全然見えなかったが、
「だいたい一・五キロほど先」
と、アリシアは当然のように答えた。
「双眼鏡並の視力だな!ついでに何、その距離感覚!?」
確かに彼我との距離を測る目の良さは、アリシアの最大の武器だと思っていたけれど、そんなロングレンジまで対応可能なのかと、感心を通り越して呆れ果てるガイ。
「てへへへ」
それを褒め言葉ととったのか、アリシアは後ろ頭を搔いて、照れ笑いを浮かべる。
「しかし、こいつはチャンスだな。こちらから仕掛けて、魔族を生け捕って計画の全貌を吐かせるか」
ガイは不敵な笑みを浮かべた。
「それにはワイバーンをまずどう排除するかだな。もう少し近付いて、位置関係含め地形を把握する必要があるな」
ガイがそんなことを考えている一方、対するレカイオンも考えを巡らせていた。
フード付きの黒い外套を目深に羽織り、仮面で顔を覆っており、表情こそわからないが、レカイオンは不審に思っていた。
(ベイロフォンが決行予定を伝えに来るはずだが、なぜ来ないのだろう?今日の昼過ぎに知らせに来ると言っていたのに。ヤツは時間にルーズなタチではないが……)
腰には左右一本ずつ長剣を差す。外套の下、その長剣の柄に両の手を掛け、周囲を警戒しながら、レカイオンは思索する。
(ギガンテスが倒されたと聞くが、それはさほど影響はないように思える。他にイレギュラーなことが起き、来れないのか?だとすれば、余程のことが起きたか。その余程とは何だ?ベイロフォン自身が倒されたとか……?)
「クククク……」
自分の考えの馬鹿馬鹿しさに、笑いが洩れる。つい自分の願望が入り過ぎたようだ。
ベイロフォンが倒されるわけがない。もし仮に倒されたとしても、まだバイアケスがいる。結局、自分は一生飼い殺しにされるだけなのだ。かといって、バイアケスたちは大嫌いだが、奴らがいなくなれば、何をすればいいのかわからない。じゃあなんで自分はこうも生にしがみついて、生き続けているのだろうと、虚しさだけが募る。
突如、思考が中断される!
森の奥からファイアボールが立て続けに三発飛んできた。一発はレカイオン目掛け、もう二発はワイバーンへ!
レカイオンは両の剣を抜くと、自分に向かってきたファイアボールを十文字に切り裂いた。が、残り二発のファイアボールは、一発はワイバーンの腹に直撃し、もう一発は大きく外れて空へと消えた。
ワイバーンが嘶きをあげる。
そのワイバーンへ、一直線に獣人の娘が駆けていく。
それを横目で見ながら、レカイオンは自分に振り下ろされた黒の剣を双剣で受け止めた!
がぎぃっ!!
金属の擦れ合う鈍い音がする。
ギリギリ……。襲撃者は剣を受け止められたにも関わらず、さらに力を込めてくる。このまま圧し斬るつもりか!?
「ずいぶん手荒な真似をしてくれる」
レカイオンは双剣を僅かに下げ、軽く透かすと、黒剣を一気に跳ね上げ、がら空きになった襲撃者の胴を薙ぎ払い、両断しにかかる。
「あっ、あっぶねぇー!?」
ブリッジのように上体を仰け反らせ、双剣を避けると、襲撃者――――ガイはレカイオンから距離を取った。
ガイとアリシアの作戦はこうだ。
ベイロフォンが奇襲してきたやり口をそっくりそのまま真似し、『ファイアボールで吹っ飛ばして、一気にぶっ飛ばそう!おーっ!!』というものだった。
ガイはレカイオンの方に、アリシアはワイバーンを担当する。
ワイバーンの倒し方は、槍と短剣を駆使して攻撃を仕掛け、口が開いたらその口に魔法筒の赤を放り込み、体内から爆破するという合理的にして、かつかなり雑だが効果的な方法を採用することにした。これなら、距離を測る目と俊敏さというアリシアの武器を最大限活かせば、彼女でも十分にワイバーンを倒すことができる。しかも、視覚的にも開けたこの地形は、ちょこまかと動き回るには足場も安定しており、アリシアには有利に働く。
それが功を奏し、ワイバーンとの距離を一気に詰め、混乱しているワイバーンをアリシアがしっかり翻弄している。奇襲は成功と言えよう。
しかし、レカイオンへの奇襲は失敗だった。ファイアボールは切り裂かれ、剣撃は受け止められ、さらにはこちらの腹を切られそうになるとは。警戒されていたか。
けれども、ワイバーンをアリシアに任せられるこの状況は悪くない。目の前の魔族一人に集中できる。殺すのならさほど難しくはないだろうが、今回のミョションは生け捕りだ。
「なかなかやるな、仮面野郎!」
「レカイオンだ」
「そうか。俺はガイだ。巧みな剣さばきだな。あのまま圧し斬ってやろうと思ったのに」
「雑なヤツ。ファイアボールからして、狙いが大雑把過ぎる。よくもあれでワイバーンに当たったものだ」
「運はいい方なんでね」
仮面の戦士は双剣を構え、図らずも黒の剣を持つ元魔王と対峙することに。