第十六話「元魔王、会敵す」
「さて、川向うに渡るにはどうするか」
そうは言うものの、さして困った様子もなく、ガイはレーベ川を眺める。
川向うには、森林が広がっていた。夏に向けて、春の新芽が芽吹き、若い緑がぐんぐんと伸び始め、森全体が大きく見えた。
「神様のブロッコリーみたい」
アリシアが無邪気な感想を述べる。
「言い得て妙だな。確かにブロッコリーに見えてきたわ」
「神様も食べ放題ね」
「ブロッコリーだけの食べ放題なんてやだ」
チーンとした表情でアリシア。
「ま、まぁね……ハハハ」
と、シュリが乾いた笑いをあげる。
「そんで、こんだけ広大だと、どこから探索する?シュリ、どう思う?」
ガイはシュリに意見を求めた。
「そうね。ある程度、開けた場所がある所かな」
「なんで?」
「これだけ広い川幅なら、渡るのは大変でしょ。私が襲撃者なら、翼がある魔物を用意するわ。たとえば、グリフォンやワイバーン。グリフォンは知能が高く、手懐け易い。ワイバーンは逆に単細胞だから、餌で釣って誘導すればいい。どちらにしろ、大きな翼があるから、飛び立つときにある程度、開けた場所の方がいいはず」
「なるほど。すごい納得」
「ギルドの魔物情報の受け売りよ。それよりこの川をどう渡るのよ?考えはあるんでしょうね?」
おかっぱボブヘアーに手櫛を入れ、風を通しながら、シュリはガイに視線を投げる。
風呂上がりの髪のいい香りがした。
「渡しを待つのもいつになるかわからんし、飛翔魔法で渡るか」
事もなげにとんでもないことを言う。シュリは目を剥いた。
「はぁ?飛翔魔法?そんな大魔法、誰が使えるのよ!」
「大魔法?ああ、大魔力消費魔法の略ね。魔力消費がえぐいから、不人気魔法だしな。使えるヤツ少ないもんな。けど、俺、昔、鳥に憧れてたから」
昔を懐かしんでいるのか、ふっと遠い目をするガイ。
「最初、私の前にも師匠、空からふわって降りてきたもんね!鴉みたいだった」
「そうだろそうだろ」
鴉みたいと言われて、満足気にうんうんと頷いているのはどうだろう?と思うが、どうやら本当に飛翔魔法を使えるらしい。アリシアが嘘をつくとは思えない。
「本当に使えるの、飛翔魔法を?」
シュリは念を押す。
「一日三回までだな。めっちゃ魔力消費するのに、ただ飛べるだけだから。その間、他の魔法使えないし」
飛翔魔法は現代では、失われた魔法だ。古の賢者が使う大魔法だと何かの文献で見たことがある。
(だとしたら、ガイは何者なの?)
「ただちょっと俺にくっついてもらう必要があるがな」
「くっつくー!」
アリシアは嬉しそうに、ガイの右側にサルの赤ちゃんみたいにがっしりと掴まった。
「わかったわ。……こ、こう?」
シュリはちょっと照れながら、ガイの左側にぴったり寄り添う。
二人からは、お風呂あがりの石鹸のいい香りがした。
ガイが二人の腰に手を回す。
「それじゃあ、しばしの遊覧飛行をお楽しみあれ」
と、道化師のようにガイが言うと、周囲に風が巻き起こり、ふわりと三人の体が浮き上がった。
「うそ!?」
「一気に上がるぞ」
そう言うと、すごい勢いで一瞬にして空を駆け上がる!
「――きゃっ!?」
シュリが小さな悲鳴を上げた。
恐くてギュッとガイに抱きつく。そこそこ大きな胸が当たる。役得とばかりにガイはその柔らかさを享受する。
「すごーい!すごーい!きゃははははっ!!師匠、楽しい!景色きれーっ!」
アリシアは好奇心いっぱいの表情で空の旅を楽しむ。
こちらはこちらで目下成長中の元気いっぱいの柔らかさである。
まさに両手に花であった。
あっという間に川を渡り切る。
対岸にふわりと着地する三人。
「ぶわーって風なって、景色がぐわーって広がって、さーっと川を渡って、楽しかった、師匠!またやって!」
興奮冷めやらぬ感じで、アリシアが早口に捲したてるのに合わせて、狐耳もぴょこぴょこパタパタせわしなく動いていた。
「また機会があればな。ふぅー」
ガイが小さく息を吐く。その額にはうっすら汗が。それだけ魔力消費が大きいのだろう。
「探索のリミットは今日を入れて六日。気合い入れて行きましょう!」
「頑張ろう!おー!」
街で一週間分の食料や必要なものは色々と買い込んできたけど、またしばらく野宿かと思うと、気が重いガイであった。
「まぁ、何もないに越したことはないけどな」
「手前は薬草などの素材集め、蜂の巣や蛇、トカゲ、カニなどの食材集めで冒険者もよく入るから、奥の方ね。今日は先に進めるだけ進んで、明日から本格的な探索を始めましょう」
「了解」
探索三日目――――
探索初日はとにかく奥へと進み、二日目から本格的な探索を開始した。
ガイが飛翔魔法で午前と午後の一日二回、上空の遠目から開けた所を視認し、森を移動して近付き、実際に確認するのを繰り返して、探索していった。
「もう何箇所目?近くに開けた所はあった?」
大木の根元に座って休憩していたシュリが、空から降りてきたガイに声をかける。
本日の料理番のアリシアは、焚き火に掛けられた鍋をかき混ぜて、集中してシチューの番をしていた。
「八箇所目だな。北東のかなり遠い所に、結構広めの開けた所があった。近くには川の支流があり、かなり怪しい。魔物を待機させとくにも、飲み水は必要だから、川が近くにあるのは利点だ」
「今日中に行けそう?」
「ああ。日が高いうちに着けるだろう。だが、南東の近い所にも開けた所があったが、逆方向だからそっちに寄れば厳しいな」
「じゃあ、ガイが怪しいと言う方に向かいましょう」
「師匠、シュリ、シチューできたよー!」
三人はシチューを搔き込んで、急ぎ移動しようと、焚き火を消し、鍋を片付けていた。
そのとき!!
「………………っ!?」
声を発する間もなく、巨大な火球の直撃を受ける!
どがんっ!!
爆発。
爆風が周りに吹き荒れる。ぷすぷすと煙を上げて、ガイが片膝を付く。
二人を守るため、火球をもろに喰らった。
アリシアとシュリは無傷だった。
そのガイ目掛けて、体の倍はある巨大化した左腕を持つ魔族が、立ち上がる隙も与えず、その左腕でガイを殴り飛ばした!
何本もの木をへし折り、ガイの体が吹っ飛ばされる。
「師匠っ!!」
駆け出そうとしたアリシアの腕を掴み、シュリは魔族から目を離さず、腰のナタのような剣を抜く。
「賢明な判断だ。駆け出していたら、その小娘は即死だったろう。だが、ほんの数分、寿命が伸びたに過ぎん。結局は死ぬのだからな」
(その数分が大事なのよっ!!)
と、シュリは腹の中で思う。
「ガイは大丈夫!師匠を信じなさい」
シュリの言葉に、冷静さを取り戻したアリシアは槍を構えた。
魔族を相手に、二人が束になっても勝てないのはわかっている。魔族と渡り合えるのは、銀級以上の冒険者だ。ガイにはその実力が十分にある。
「私たちのミッションは、ガイが戻って来るまで生き残ること!いい?」
(あんな思いをまたしてたまるもんか!師匠にもらったこの命、簡単に捨てれない!!)
「絶対死なない!だから、シュリも」
「ええ、当然よ!」
アリシアとシュリはお互い力強く頷いた。




