第十五話「元魔王、ギルマスに会う」
午前十時過ぎ、ガイたち三人はアリアブルグに帰着した。
急ぎギルドへ報告に向かう。
冒険者ギルドの扉を開けると、シュリの姿を認めた受付のエミリエンヌが出迎えの声を掛けた。
「先輩、おかえりなさい」
「エミリエンヌ、マスターは?」
「たぶん四階の自室にいらっしゃいますよ」
ガイとアリシアの二人を伴い、シュリは足早にギルドマスターの部屋へと直行する。
扉をノックすると、
「どうぞ。開いてますよ」
中から優しそうな女性の声がした。
「失礼します」
「シュリ、戻ったのですね」
部屋の奥にある執務机に、ストレートロングの青髪エルフが座っていた。小柄の落ち着いた雰囲気の美人である。
「マスター、大変なんです!」
月並みなセリフで報告を始めようとするシュリに、
「落ち着いて。まずは自己紹介を。
私は、アリアブルグギルドのギルドマスターを務めていますティファ・アスティンと申します」
ティファは立ち上がって、ガイとアリシアに流麗な所作で一礼をした。
ガイは軽く会釈をし、アリシアもガイの様子を真似て、一拍遅れてぎこちない会釈を返す。
シュリが手短に二人を紹介した。
「立ち話もなんですから、場所を移しましょう。隣の応接間にどうぞ」
ティファが先導して、応接間へと席を移すことに。
黒塗りの木の机を挟み、二人掛けと三人掛けのソファが置かれてある。
ティファと向かい合いに、ガイたちは三人掛けのソファに腰掛けた。
座るなり、シュリは昨日の顛末をティファに事細かに伝えた。
「…………ギガンテスにマンティコア、どちらもアダマント級の魔物。徒労の森の奥深くにでも行かないと、普通は遭遇しないはず。異常事態であることはわかりました。けれど、アリアブルグ襲撃は、シュリ、まだあなたの推測の域を出ていません」
「ですが、マスター!たくさんの人が実際にルーファでは亡くなっています!手をこまねいていては……」
シュリの肩に手を掛けると、今まで黙って聞いていたガイが話に入る。
「ルーファ村の件は、アリアブルグ市長に報告し、捜査してもらうとして。アリアブルグ襲撃に関しては、ギルドだけで対処するのは難しい。市長を通し、軍や騎士団にも動いてもらわねばならない。けど、確証がないと上は動かない。決定的な証拠か、確証となる動きを、こちらで掴む必要があるということだ」
「ガイさんの言う通りです。なのでシュリ、あなたたちの推測が正しいか、東の川向うと西にある沼沢へ、探索チームを派遣しようと思います。西へは、ミスリル級パーティー【銀馬蹄】に特別依頼を要請します。しかし、今、白銀級パーティー【乱気流】、銀級パーティー【希望の虹】、アダマント級パーティー【剛腕閃隊】の面々がアリアブルグを不在にしており、東へは我々で対処せねばなりません」
一旦言葉を区切り、ティファはガイたちに視線を向けた。
ガイは腕を組み、次の言葉を待つ。大方、次に彼女が口にする言葉を予想しているであろう様子だ。アリシアは退屈そうにしているが、おとなしくしていた。
続けて、ティファは話を切り出す。
「ぜひその探索チームには、あなたたちにも参加して頂きたい。マンティコアを討伐し、鉤爪大蜘蛛を五十近くお二人で倒したというのですから、実力は申し分ない。とは言っても、銅級冒険者にこのような重要任務をまかせるわけにもいきませんので、私の権限をもって特例で、ガイさんにはアダマント級、アリシアさんには鉄級への昇級をして頂きます。いかがです?後々のことを考えると悪くない条件でしょう」
と、ティファが提案を持ちかける。
「なるほど。銅級冒険者を参加させ、死なせたりしたらギルドの責任問題だ。けど、アダマント級と鉄級なら全て自己責任だな」
「ガイ!マスターはそんな人じゃない!そんな言い方は許せないっ!」
立ち上がって、声を荒げるシュリをティファが嗜める。
「感情的になり過ぎですよ。いつものあなたらしくない。座りなさい」
何か言いたげな顔をしていたが、ティファにきつく言われ、シュリはしぶしぶ座る。
「ええ、全て自己責任という認識でお願いします」
「報酬は?」
「成功報酬として大金貨三十枚を用意します。もちろん何もなかったとしても報酬は支払います」
「わかった。その条件で受けよう。今から準備をしてすぐ向かう」
「ありがとうございます。シュリ、あなたも同行してください」
「…………………………」
キッとガイを睨んで、シュリは答えなかった。
すると、ティファは叱責するように言った。
「シュリ!!ギルドマスターとして命じます!彼らに同行し、東の川向うの調査に行きなさい!反論は許しません!!」
ティファの思ったより大きな声にアリシアがビクッと驚く。
「……わかりました」
シュリは項垂れてか細い声で答えた。
「ガイさん、彼女をくれぐれもお願いします」
「ああ」
ティファの部屋を後にすると、拗ねた子供のように唇を噛み、今にも泣きそうな声でシュリが言う。
「マスターはガイが思うような人じゃない……」
「わかってるよ。お前がそこまで慕うだけあって、彼女は本当に信頼に値する人物だ。そして、何より優秀だ」
「……えっ?」
「彼女は重責を担う立場にある。どこで誰が聞いてるかわからないから、直接言えないこともあろう。だから、敢えてああいう聞き方をさせてもらった。けど、彼女はこちらの意図を完璧に察し、答えてくれた」
「どういうこと?」
「俺や彼女の言葉の裏を考え、その真意を測るんだ。今後、彼女を支えるためにも」
そう言われてシュリは考える。
「……死ぬのが自己責任なら、生きるのも自己責任」
「そういうことだ。全て自己責任。彼女もその認識でいいと言ってくれた。こちらの判断に委ねるということだ。俺一人ならともかく、アリシアも連れていく以上、確認させてもらわないと。ただ普通に聞いても立場上、彼女ははっきりとは答えられまい」
「私、なんて思い違いを……ガイにも嫌な態度とって……マスターにも怒られて。きっとマスター、私に呆れてる。ガイ、どうしよう……私、私、」
ポロポロと涙を流してシュリが狼狽える。
「師匠がシュリを泣かしたっ!!泣かないで、シュリ!師匠、シュリに謝って!早く!」
いつになく、アリシアが怒る。
「いや、俺!?」
アリシアが泣いてるシュリをよしよしとしながら、ガイを睨んでくる。
「師匠がややこしいこと言ったからでしょ!!」
そう言われれば、そうなんですけど……。確かにアリシアの指摘は的を射ていた。
「――シュリ、すまなかった」
元魔王は素直に頭を下げた。
「でも、彼女は怒っても呆れてもいないはず。もし、そうなら、おまえのことを"くれぐれもお願いします"とは言わない。普通なら、"よろしくお願いします"だ。ガチで怒ってたり、呆れてたら、よろしくお願いしますすら言わないよ」
シュリはティファの言動を思い出す。
そうだ!くれぐれもって言ってくれていた。シュリは顔を上げる。
「落ち着いたか?彼女の前だと、受付にいたときのクールビューティーさが皆無だな、シュリ。よっぽど彼女のことが好きなんだな」
と、ガイは笑った。
カァーッと茹でダコ以上に顔を真っ赤にして、シュリはごにょごにょと言った。
「そ、そうよ……」
「えっ?なんて?聞こえなかった。もう一回」
と、バカみたいに聞き返すガイの腹を、アリシアが思いっきりパンチする。
「師匠、デリカシー無さ過ぎ!」
完璧に鳩尾に入ったアリシアのコークスクリューに、ガイは撃沈する。いくら元魔王でも、痛いものは痛い。
「鈍チンの師匠なんて放っといて、シュリ、行こ。出発前にお風呂行こ。お風呂」
廊下にうずくまるガイを放って、アリシアはシュリの背中を押して、その場を後にする。
シュリはややガイを気にしつつも、アリシアに押されるまま、階段を降りていった。




