第十三話「元魔王、センチメンタル」
日が暮れかかる頃、三人は廃墟となったルーファ村に再び差し掛かる。
「どうもまずい気配ね」
シュリが呟いた。
二人は何かに気付いている様子で、シュリはさっと矢筒と弓矢を降ろして、腰から分厚いナタのような短剣を抜く。
アリシアは槍を水平に突きの構えを取る。
「血の臭いが残ってたから、集まって来ちゃったみたい」
アリシアにそう言われ、ガイもようやく感付く。
臭いやわずかな物音、気配などから察知する能力は、さすがに獣人である二人の方が上のようだ。
かさかさっ。
大型のリクガメと同じくらいの大きさをした蜘蛛の魔物が何匹か、草むらから飛びかかってきた!
それをアリシアは正面から突き刺すと、乱暴に足で押さえて槍を引き抜き、同じ要領で次々刺殺していく。
シュリはナタのような分厚い刀身で力任せに蜘蛛を殴殺していく。
ガイはいつの間に生み出したのか、両手に持ったファイアボールを投げるでもなく、殴るように押し付けて焼殺していった。
「数が多いな。次から次へ、有象無象かよ!」
一人、七、八匹は倒したが、またぞろ飛びかかってくる。
シュリの息があがってる。アリシアは全然平気そうだ。ガイは黒剣を取り出し、シュリのフォローに回る。
「大丈夫か、シュリ?」
シュリの前に体を入れて、飛びかかってくる数匹の蜘蛛を一気に薙ぎ払う。
「ハァハァ、キリがないわね。ハァハァ、二人はすごいわね、息もあがってない……」
「アリシアは脳筋だからな。まぁ、これくらいは問題ないだろう。ただ数が多くて面倒なだけだ。シュリは少し休んでな」
(普通に会話しながら、そんな大剣を片手でブンブン振り回して。そう言うガイの方が、脳筋レベル振り切ってるでしょうが)
と、シュリは思ったが、あえて口には出さなかった。
二人で五十は葬っただろうか。蜘蛛の死骸の山ができていた。
「やっと片付いたか」
「師匠〜」
泣きそうな声でアリシアがとぼとぼ近付いてくる。
「蜘蛛の血と体液でずんべらちょんだよぉ〜」
「ずんべらちょんはわからんが、えらいザマだな」
頭から真っ赤な血をぶっかけられたみたいに、どろどろぬめぬめのアリシア。逆にガイは、全く返り血も浴びることなく、キレイなままだった。
「しかも鬼臭いな、お前。腐った魚みたいな臭いがするから、ちょっと離れてろ」
鼻をつまみ、ガイは、しっしっと犬を追い払うような仕草をする。
「離れなぁーい。師匠も一緒に生臭くなればいいんだ!」
と、アリシアはその俊敏さを生かし、どろどろぬめぬめの体をガイにむにゅっと押し付ける。
「ああー、最悪!いや、まじサイアク!くせっ!くせぇー!?鼻もげるー!」
結局、妖怪ずんべらちょんが二体出来上がっただけだった。
「はぁー。なんて不毛なことを」
とびきりのため息で、ダメだこりゃとばかりにシュリが首を振る。
「私も手がベトベトで臭くなってるから、村の井戸で洗い流しましょう」
「あの蜘蛛はまた襲って来ないか?」
と、ずんべらちょん二号が訊く。
「下等な虫けらでも、これだけの数の仲間が、ゴミクズのように殺されてたら、さすがにわかるでしょ?」
『…………………………』
突然のシュリのドS発言に、ずんべらちょん一号と二号は顔を見合わせた。
その微妙な居たたまれぬ空気に、ハッと気付いたシュリは、
「ハハハ、冗談、冗談よ。冗談に決まってるじゃない。鉤爪大蜘蛛は群れる魔物だけど、これだけの数、そうそう見かけないから、辺り一帯にはもういないかもって話よ。さ、さっさと村に井戸を探しに行きましょう!レッツらゴー!」
と、早口に言って右手を高々と挙げた。
「あれが素かな?」
「あっちが絶対本性!ついでに、レッツらゴーはもうおばさん」
と、ずんべらちょん一号が小声で酷評する。
そんなこととは露知らず、シュリはスタスタと村へ歩いていく。その後を妖怪二体がのそのそと付いて行く姿は、結構シュールだった。
井戸を見つけて、蜘蛛の返り血を洗い流し、三人は焚き火を囲む。もう五月も近く、夜でも暖かかった。
完全に陽は落ち、辺りは夜の闇に包まれていた。
「三時間ばかりなら、このままアリアブルクへ強行するか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、もう体力の限界よ」
「お腹の限界!師匠、お昼も食べてないよぉ」
と、二人が音を上げる。
「わかったわかった。でも、一日くらいかと高を括ってたから、干し肉くらいしかない」
「干し肉食う!炙ると美味しい!」
ガイが無造作に虚空に手を突っ込むと、何もない空間から何枚かの干し肉を取り出した。それを二人に渡す。
アリシアは慣れた手付きで、焚き火で干し肉を炙ると、はふはふと美味しそうに口に放り込んだ。
シュリも見様見真似で同じように食べてみる。なかなか美味しかった。
「師匠、もっと干し肉ないの?」
「へいへい」
と、手品のように干し肉を五枚ほど取り出すと、アリシアに渡す。
「ほい。シュリにもおかわり」
シュリにも同数の干し肉を手渡して、ガイはぼんやりと焚き火を眺めている。
焚き火の照り返しに浮かび上がるその精悍な横顔に、シュリの鼓動が跳ねる。
ぼーっと視線を火に向けたまま、ガイはガレキから持ってきた板を薪代わりに火に焚べる。
いつの間にかアリシアは焚き火の前で丸まって、寝息を立て始めていた。
「……二人はなぜ旅を?」
シュリは訊ねた。
やおらガイは焚き火から目を離して顔を上げる。
「そうだなぁ……今はアリシアを強くするためだな。こいつがそう望んだから」
「ガイ自身の目的は?」
沈黙が降りる。焚き火の爆ぜる音だけが夜に響く。
シュリは静かに言葉を待った。
「老後をただゆっくりと過ごしたいだけなんだがな。色々許されない事情がありそうで……ただ責任を放り出してきただけではダメなのかもな。そんなもんを探す旅かな?」
今、感じている漠然とした思いを、ガイは正直にそのまま口にした。
「ま、旅は始まったばかり。気長にいくさ」
「しばらくはアリアブルグにいるの?」
「ああ。アリシアの修行と調べたいこともあるからな」
「調べたいこと?」
「魔王と勇者の伝承に興味があってな」
「意外ね。ガイも勇者待望論者なの?」
「勇者待望論?」
聞き慣れぬワードが出てきた。ついうっかり何も考えず、反射的に聞き返してしまった。
「うん?違うの?」
「あくまで研究としての興味だ」
と、はぐらかす。
「そっか。そりゃそうだよね。ガイくらい強いと。でも、そうじゃない人が世の中ほとんど。当代最後の勇者が魔王軍三巨頭の一人ベルネストに倒されて五年。今ではこんな街道沿いにもさっきみたいな鉤爪大蜘蛛のような魔物が現れたり、この村のように郊外の農村が襲われたりして、みんな不安で新たな勇者を待ち望んでいる。かくいう私も、実は勇者待望論者なんだ」
(勇者が全員倒された?馬鹿な!じゃあこの世界には今、一人も勇者がいないのか!?)
ガイのいた世界では、勇者はいつの時代も六人は現れていた。地の勇者、水の勇者、火の勇者、風の勇者、時の勇者、光の勇者。何人かの勇者は戦いの中、命を落とすこともある。しかし、何人かは生き残り、また新たな次代の勇者が誕生し、連綿と魔王との戦いは続いていた。
それに嫌気が差し、ガイは魔王という存在を世界から退場させようとした。だが、当代の魔王が死ぬと、魔王も次代の魔王が現れてしまう。だから、ガイは自分を死んだことにして、世界の片隅でひっそりと余生を送ろうと考えたのだったが……。
「ただこの千年、魔王の座は空位で、魔王軍三巨頭も勇者を倒すくらい強いけど、足並みが揃っておらず、魔王軍同士の争いもあるって話で、なんとかまだなってるけど。この先どうなるか……。だから、切に早く、次代の勇者が現れてくれることを願ってる人も多い。特に人類圏最果てのアリアブルグではね。
……ねぇ、もしかして、ガイが次代の勇者とかだったり?すごく強いし」
焚き火で温まり過ぎたか、ちょっと頬を赤らめてシュリは言った。
「俺が勇者なワケないよ」
ガイは苦笑するしかない。なんせ元魔王だから。背中には、魔王たる証の魔王印も刻まれている。
「だよね」
少し残念そうにシュリは微笑んだ。
「さて、明日も早いし、そろそろ寝よっか。先、私、見張りしよっか?」
「いや、俺がするよ。シュリは先、寝てくれ。四時間したら起こすから代わってくれ」
ガイは懐から懐中時計を取り出すと、十時を刺す文字盤を示して言った。
「わかったわ。じゃあお先に。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
やがて、夜闇の静寂が訪れた。
(魔王が千年空位って、俺が生きてるからだろうか?そうだとしたら、この世界は俺がいた世界の千年後の可能性が高いが……。まだ確定とまでは言い難い。それに、ベルネストとは誰だ?聞かぬ名だ。一足飛びに断定するのは危険だな。慎重に判断せねば……)
と、一人ガイは考える。
つと夜空を見上げると、千年前とさして変わらない星々が輝いていた。
(千年、魔王がいなくても世界は何も変わらないのだな)
そう思うと、寂寞とした虚しさが元魔王の胸に去来した。
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