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第十二話「元魔王、帰路につく」

 母親の埋葬(まいそう)を終える。


 子供は、二歳弱くらいの男の子で、母親が死んだことを理解できていない様子だった。アリシアに抱っこされ、きゃっきゃと楽しそうな声を上げている。


 怪我を負ったガイの背は、自身の回復魔法ですっかり元通りになっていた。切り裂かれたコートは捨て、新しいものに着替えた。ちなみに同じコートがあと百着はあるらしい。


「こんな人里でマンティコアに遭遇するなんて、原因を調査する必要がありそうね。でも、一度アリアブルグへ戻らないと」

 子供に視線を向けて、シュリが言った。


「関連あるかわからんが、五日ほど北に行った上流でも、ギガンテス三体と遭遇した」


「それ、本当?普通ではあり得ない。マンティコアにギガンテス……森の奥から何かに追われて出てきたとか?」


「狼が村の近くに定住しだしたのも、一連のことかもな。ピクニック程度の初回依頼がとんだハードワー……」


 がさっ。


 シュリとアリシアの耳がピクリと動く。


「しっ。物音」

 ガイの口を手で(ふさ)ぎ、シュリが周囲を見回す。


(いや、お胸が当たってるんですけど。着痩(きや)せするタイプですか。ついでに手がめっちゃいい匂いするんですけど)


 赤髪おかっぱから覗く猫耳が、可愛らしくぴこぴこ動くのを(なが)めながら、そんなことを思っていたら、アリシアが子供にしーっと言い聞かせつつ、すごい目つきでこちらを(にら)んでいた。


(なぜ、アリシアがキレてる?マジ理解不能で思春期こえー)

 と、思う朴念仁(ぼくねんじん)の元魔王であった。


 がんっ。


 今度は何かがぶつかる音。どうやら音がしたのはガレキと化した家の下からのようだ。


「地下に生き残りの人がいるのかも」

 と、音のした方へシュリが走っていく。ガイも付いて行く。


 扉らしきものがわずかに見える。ガイはガレキを撤去(てっきょ)するのを手伝う。


 派手な音をたて作業したせいか、地下への扉は見つかったが、しんと()りを(ひそ)めていた。


 シュリはコンコンとノックをして、声を掛けた。

「アリアブルグ・ギルドの冒険者です。マンティコアは討伐(とうばつ)しました。もう安全です。出て来ても大丈夫ですよ」


 おそるおそる扉が開く。


 その隙間(すきま)に、アリシアが男の子の顔を見せようといきなり突き出した。


「わっ!」

 それに驚いて、どんがらがっしゃーんと誰か下に落下した。さらにそれにびっくりしたか、地下では大騒ぎが起きていた。何人か無事な人々がいるようだ。


「バカ!驚かしてどうする?」


「男の子が無事だよって知らせてあげたくて」

 アリシアの耳が()れて、しゅんとする。


 しばらくして騒ぎは落ち着き、改めておそるおそる扉が開いて、人々が出てきた。


 老人二人と太った男性が一人、中年女性が二人と赤ちゃんから六歳くらいまでの子供が四人、合わせて九人が出てきた。


 その中の中年女性の一人が腰をさすっている。


「アリシア、あの人にちゃんと謝る」


「驚かしてごめんなさい。この子が無事だよって早く知らせてあげたくて」


「ああ、ヨハン!無事だったのね、ありがとありがとう」

 女性は腰のことなど忘れ、男の子を抱き締めると、涙を流して感謝した。


「この子の母親は残念ながら、助けられませんでした」

 と、シュリが沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちで伝えた。


「ミレーヌは……ヨハンを命懸(いのちが)けで守り抜いたのですね。この子は妹に代わり私たちが立派に育てていきます。本当にヨハンを助けてくださり、ありがとうございました」


 太った男性もいつの間にか女性の(となり)に来て、深々と頭を下げる。二人は夫婦なのだろう。


「彼を助けたのはこの子です。マンティコア相手に勇敢にも単身で向かって行ったんですよ」


「あの恐ろしい化け物に!なんてことなの!?ありがとう!本当にどうお礼を言ったらいいのかしら!」

 その女性からギュッと手を握られて感謝されたアリシアは、満更(まんざら)でもない様子だった。


「ところで、皆さん以外の他の村の方々がどうなったかわかりますか?」


「先に逃げたと思います。私たちは足の悪い老人や子供を抱えていて、うちの主人に至っては痛風で走れなくて。それで仕方なく地下に隠れていたんです」


「しかし、この様子だと村にこのまま住むというのは難しそうですね」

 思案顔(しあんがお)でシュリがそう言うと、矢庭(やにわ)におじいさんが口を開いた。


「ここから下流に一時間半ばっか行ったところにメーヴィスの村があるでな。そこまでならこの老いぼれの足でも行けるわいて。メーヴィスには親戚もおるでな」


「あの化け物がいなければ、休み休みいけるから、痛風の僕でもみんなと歩いて行けます」

 続けて太った男性がめっちゃ高い声で言った。


 見た目とはかけ離れた声に、ガイが失礼にも二度見するが、慣れているのか、男性はあまり気にしてはいなかった。


「ガイ、アリシア、申し訳ないけど、メーヴィスまでこの人たちを送って行ってもいい?」


「別に俺たちに異論はない。な、アリシア」


「うん!イーロンはナーイ!」


(異論の意味わかってるのか?)

 ガイは首を(かし)げるも、あえてツッコまなかった。


「二人ともありがとう。

 念の為、護衛を兼ねて皆さんをメーヴィスまで送ります」


「そりゃ心強いわい」


「子供たちも安心します。有難い申し出に甘えさせて頂きます」

 と、ヨハン君を抱っこする女性が代表して答えた。


 メーヴィスへは幸い、道中何事もなく無事に着いた。けれど、痛風男性のおかげで倍の三時間もかかってしまった。


 一行(いっこう)は、村人からせめてものお礼にと、少し遅めの昼食を(すす)められるも固辞(こじ)し、彼らと別れ、急ぎもと来た道を戻る。


 太陽は中天を越え、ずいぶん西に(かたむ)き始めていた。


「ガイ、どう思う?ルーファ村のこと」


「なぜ、マンティコアがあんな所にいたかってことか?」

 シュリの質問の意味を理解しかね、ガイは問い返した。


「いいえ。マンティコアはいるべくして、あそこにいたのよ」


 シュリが言わんとしていることがわからない。


「どういうことだ?」


「いくら郊外の農村でも人が少なすぎると思わなかった?村へ向かう道でも、家財道具や壊れた馬車は見かけたのに、生きてる人にも死んでる人にも出会っていないのよ。村でもそうよ。あの家族とヨハンとその母親だけ。他の村人は?少なくともあの村なら百人はいるはず。なのに全然死体もない。メーヴィスでもルーファ村から逃げてきたという人はいなかったわ」


「マンティコアに喰われたからじゃ……?」


「マンティコアが虱潰(しらみつぶ)しに人を探し出して一人ずつ食べたってこと?逃げた人間も見つけ出して?」


 そこまで言われて、シュリが言おうとしていることがわかった。


 アリシアは話に入ることを早々に(あきら)めて、アホの子のように蝶々を追いかけている。


「つまりはマンティコアに人を喰わしていたヤツがいたと。でも、何のために?」


「マンティコアを巨大化すること。それ自体が目的じゃないかしら。そして、そのマンティコアを使って……」


「アリアブルグを襲う」

 シュリの言葉を引き取って、ガイが(あご)に手を当て答えた。


「人が集まる五月大市(おおいち)を狙っているのかも」


「北からギガンテスを誘導し、南からは巨大化したマンティコア……そうすると、東と西にも魔物を配している恐れがあるな」


「急ぎギルドに戻ってマスターに報告しないと」


「対策を()る必要がありそうだ」


 いくら魔王の力が絶大でも万能ではない。四方から同時に攻められたら、その全てに対処するなど不可能である。


「いきなり大変な初回依頼になったね。けど、ガイがいてくれて良かった。マンティコアはアダマント級、しかもあんな巨大化した相手、私じゃどうしようもなかった。本当に助かったわ」


「俺の方こそシュリに感謝しないと。シュリの矢がなければアリシアは死んでいた。アリシアを助けてくれてありがとな」


「じゃあお互い様ね」


「そうだな」

 と、二人は笑い合った。


「なに、二人で楽しそうに話してるの!何、何?」


「なんでもないさ」


「ええ。とにかく先を急ぎましょう」


「えー、何、何?私にも教えて!シュリ、師匠ー!」


「さっさとしないと置いてくぞ」


 流れに(さか)らって川を上る舟よりも、急ぎ足で歩いた方が早いから、街道を北へ上がるルートを取る。


 三人は、さらに帰路を急ぐことにした。

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