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第十一話「元魔王、ブチ切れる」

 (くだん)の農村に向かうには、歩きでは四時間近くかかるのに対して、舟で川を下っていくと一時間ほどで辿(たど)り着けるというので、舟を利用することにした。


 舟賃(ふなちん)は一人小銀貨六枚。乗り合いの舟で、乗客はガイたちの他に農夫らしき老人が一人と赤子を抱いた平民の女性とその夫の四人だった。


 舟旅は三十分ほどで、心地よい揺れにうとうとしているといつの間にか着いた。


 さらに下流へと向かうのか、老人と夫婦はそのまま舟に乗ったままだった。


「ここから歩きで三十分ほどか」

 舟を降りると、ガイは大きく伸びをした。


 アリシアは寝足りない顔で大きなあくびをする。


 シュリは相変わらずの無表情で、静かに二人の後ろを付いていく。


「そうだ、アリシア。これを」

 ガイは虚空(こくう)に手を差し入れ、空間収納から槍を取り出すと、アリシアに手渡した。


「突きと切り上げは短剣と同じ要領だ。持ち手が長くなる分、リーチは伸びるんで、うまく距離を(はか)って両手で扱うといい。お前ならすぐ慣れる」


「師匠、ありがとう」


「戦闘中に槍が扱いづらいと判断した場合は、無理に使わなくていい。臨機応変に槍を捨てて、短剣に切り替えて対処しろ。あと、敵の牽制(けんせい)や注意を引くのに、投擲(とうてき)にも使える」


「あいあいさー!」

 変な掛け声で威勢よく返事をするアリシア。


 彼女のそんな様子に、シュリはかつての自分を重ね合わせる。


貧民窟(スラム)で餓死しかけていた私に、マスターは温かい食事と生きる(すべ)を与えてくれた。そして、今の彼らと同じように、よくマスターと一緒に、依頼に出掛けたなぁ。ああ、楽しかったなぁ)

 懐かしい思い出が(よみがえ)ってくる。


 しばらく物思いに(ふけ)るシュリは気付いていなかった。二人がまじまじと自分の顔を見ていたことに。


「……なっ!?な、なんですか!人の顔をじろじろと!」


「いや、なんか楽しそうにニヤニヤしてたから。今までキリッとしたクールビューティだったから驚いて」


「シュリさん、笑顔の方が可愛い!」


「ふ、二人とも、何言ってるんですか!ニヤついてなんかいません!!」


「だいぶ、にちゃあって、フニャけた猫みたいになってたぞ」


「猫にマタタビあげたみたいな感じ」

 と、ガイとアリシアがからかうと、シュリは顔を真っ赤にして怒った表情を見せる。


「悪い悪い。でも、笑ったり、怒ったりしてるときのシュリ・シュナ嬢の方が断然いいな。……って、痛っ!?なぜ今、アリシア、お前が俺のケツをつねる必要がある?」


「知らないっ!!!」


「なんでお前まで怒る?全く情緒不安定な思春期かよっ!」


「ふふふ、いいコンビですね」


一言一句(いちごんいっく)忘れもしない、「笑ったり、怒ったりしてるときの方がシュリは断然いいよ」ってマスターは言ってくれた。その言い方までほとんど一緒だなんて、この人は……)


 シュリは笑顔を見せて言った。

「シュリでいいですよ。シュリ・シュナ嬢ってずっとフルネーム(さら)されてるのもなんか嫌なんで。ガイ・グレーシアスさん」


「確かに。フルネームで呼ばれるのって、背中が妙にゾワゾワするな。俺のこともガイで。よろしく」


「私、アリシア!」


「ええ。ガイ、アリシア、よろしく」


「ああ、シュリ」


「シュリ、これからよろしくねぇー」


 それから、三人はわいわいと色々な話をしながら、ルーファ村へと向かった。


 ガイは、大市(おおいち)のことを色々シュリから教えてもらった。


 アリシアからは、「恋人はいるか?」とか「好きなタイプは?」や「一人暮らしか?」など、質問が飛んでいたが、そのどれも絶妙にはぐらかされていた。


 村が近付いてくるにつれ、不穏な空気が濃くなってきた。


「道にあった(くつ)やこれって……ガイ、どう思う?」


「村から逃げてきたのかも」


 それというのも、脱げた靴や家財道具が散乱していたり、路傍(ろぼう)道祖神(どうそしん)が倒されていたり、木にぶつかり大破した荷台などが道々にはあった。


 さらに村に近付くと、血痕(けっこん)が村から伸びているのが見えた。その少し手前からは血の臭いがしていた。


「ここで血痕が途切れてる」


「新しい血の臭い!師匠、誰かが血を流してる!」


「ええ。かなりまずい量かも」


 獣人の嗅覚は人の何倍も鋭い。特に血の臭いには敏感だ。


 二人が駆け出す。ガイも後を追い駆ける。


 村のほとんどの家はガレキと化していた。


 そいつの巨体は、村に入ってすぐに目に入った。ライオンの如き胴に、(さそり)の尾を持ち、怒り狂う壮年男性の形相(ぎょうそう)をした人面の化け物――――マンティコア。その名は人喰いを意味する。


 口から(のぞ)くは、若い女性の上半身。それを考えると、その大きさは()して知るべしである。


「普通はライオンや虎くらいの大きさのはず。なのになんて大きさ……」


「何人喰えばこんなデカさになりやがる」


 マンティコアの牙が女性の腹に食い込み、大量の血がボタボタと地面を濡らしていた。


 女性の目は光を失い、(すで)事切(ことき)れていた。


 マンティコアの強靭(きょうじん)(あご)が女性の上半身を()みちぎる。


 その凄惨(せいさん)な光景に怒りを覚えたか、アリシアが大きく()えて突っ込んでいった。

「うおおおおー!!!」


「アリシア、戻れ!!無茶だ!!」


 ガイの声が聞こえていない。


 違う。アリシアの狐耳(きつねみみ)がピクッと動いたのが見えた。聞こえているけど、突っ込んだのか。


 落下する半身の女性の腕から、何かが飛び出す。


 シュリは矢を(つが)えながら(さけ)んだ。

「ガイ、子供が!」


 アリシアはあの子供を助けるために突っ込んだのか。母親が必死で守ろうと腕に抱いていた子供を。


 マンティコアが子供を目で追う。


 子供から注意を()らそうと、アリシアは走りながら槍を投げた。槍は硬い毛に(はじ)かれるも、マンティコアの注意はアリシアへと向いた。


 まっすぐ正面から突っ込んでくるアリシアに、マンティコアが巨大な前足の(つめ)を振るう!


 アリシアは速度を(ゆる)めず、前にさらに踏み込む。


「あいつ、子供しか見てないのか!」


 ガイがアリシアを追うが、俊敏さでは彼女の方が上で、追い付くのは難しいか。しかし、下手にファイアボールやアイスアローを放てば、子供とアリシアを傷付けかねない。


 元魔王ゆえに、辺り一帯を一瞬で焦土(しょうど)と化したり、数千のアイスアローを無作為に降らすことなどは容易だが、狙いを定めてピンポイントでファイアボールやアイスアローを着弾させるような繊細(せんさい)な魔力操作は、魔王に必要はなかったので、ガイにはできなかった。


「くそっ!!アリシア!!!」

 ガイが叫ぶ。


 アリシアがマンティコアの爪に引き裂かれるギリギリで、シュリがマンティコアの目を狙って矢を放った。それが右目に刺さり、マンティコアは苦しげに(いなな)き、上体を()らした。


 その(すき)に、スライディングでアリシアが、地面に叩きつけられるその前に、子供を見事にキャッチした。


 が、()()った反動で暴れたマンティコアの尾が、アリシアたちを襲う!


 ただシュリが作った(わず)かな時は、二人のもとにガイを届けるのに十分(じゅうぶん)だった。


 ガイがアリシアをギュッと抱き締める。


 その背をマンティコアの尾が(むち)のように打ち、容赦なく切り裂いた。血飛沫(ちしぶき)(くう)を舞う。


「師匠!血が……!?」


「問題ない。よくやった、アリシア。でも、あんま心配させんな」


「ごめんなさい」


「ガイ!アリシア!逃げて!マンティコアが……!」

 シュリが血相を変えて声をあげる。


雑魚(ザコ)が。図に乗るなよ」

 ゆるりとガイは立ち上がると、マンティコアを()めつけた。


 一瞬(ひる)むマンティコア。振り上げていた前足の爪が空中で静止する。


 辺りが突如(とつじょ)暗くなった。


 空から(すさ)まじい冷気を感じ、シュリはふと空を見上げた。


「す、すごい……なんて数なの!?」


 いつの間にか、空を埋め尽くすほどのアイスアローが。


肉塊(にくかい)()せ」

 ガイが静かにそう命じると、数千の剣の(ごと)きアイスアローが、マンティコアに一斉に降り(そそ)いだ。


 刹那(せつな)でマンティコアは原形を(とど)めず、ミンチとされた。


「あのマンティコアを一瞬で……アイスアローとはいえ、あれ程の量を一瞬で生み出す魔力。なんて圧倒的な力……」


 シュリは驚きと同時に、その凄絶(せいぜつ)な力を前にして憂虞(ゆうぐ)を禁じ得なかった。

 

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