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第十話「元魔王、初依頼を受ける」

 朝、目覚めると、お決まりのように何か柔らかいものが左手に当たっている。


「んんっ……あんっ」


 (なま)めかしくアリシアが声を()らす。


 ガイはあわてて手を放して、

「また人のベッドに潜り込んで来やがって」


「いいじゃないですか。減るもんじゃなし」


「年頃の娘が言うセリフじゃない」


「あいたっ!」


 ガイはアリシアのおでこに軽くデコピンをかますと、ベッドから出、カーテンを開ける。


「親兄弟、仲のいい友人や知り合いと、まとまって一緒に寝るのが私たち狐人族(こじんぞく)の習慣なのに」


「俺にはそんな習慣はないし、その話はもう聞き飽きた」


 暖を取るために一所(ひとところ)に集まって寝る鼠とか、寒い時期に飼い主の布団に潜り込んでくる猫みたいなものか?とガイは(なか)(あきら)めている。


(でも、(きつね)は犬科だよな?前にもそんなこと思ったような……デジャヴュか?)


 デジャヴュではないし、全くどうでもいい、しょうもない話である。


「下で朝飯食ったらギルドに行くぞ。短剣の扱いはセンスもあって十分使いこなせているから、今日から槍を使っていくか。それと魔法知識の学習だな」


「はい!師匠!」

 と、布団から飛び出して、下着姿のアリシアがベッドの上で直立して敬礼するのを見て、ガイは突っ込む。


「返事の前に服着ろ!服!」


(……ったく。目の()り場に困るだろうが)


 アリシアの胸はそこそこ発育がいいので、こっちがドギマギしてしまう。


 二人は身支度(みじたく)を整え、一階の食堂で朝食を()ませると、ギルドに向かった。


 朝のギルドは活気があった。


 依頼書を前にいくつかのパーティーがどの依頼を受けるか相談している。また一人や二人組の冒険者たちは、依頼内容を見て、即席のパーティーを組まないか、また取り分をどうするかなど、お互いに条件交渉に余念がない。


 それを横目に二人はまっすぐ正面カウンターへと歩を進める。


 総合受付には昨日の猫耳受付嬢がいた。


 首から()げる鉄級冒険者証を見ると、シュリ・シュナと名前が刻まれてある。


「昨日はどうも。今日は依頼を受けに来たんだが、あそこの求人票を見ればいいか?」


「はい。依頼を受ける場合は、依頼書をボードから()がし、こちらにお持ちください。ご自身の等級より一つ上までの依頼を受けることができます。指名依頼や特別依頼はこちらからお声がけさせて頂きます。ただし初回依頼は、鉄級以上の冒険者を同行のうえ、オリハルコン級の依頼を受けるのが規則でございますので、そのようにお願い致します。なお同行の冒険者は基本依頼の手助けはせず、新人冒険者の身の安全を保障するものです」

 と、事務的に淡々とシュリは(よど)みなく言った。


「その初回依頼に失敗したらどうなる?」


「違約金が発生し、向こう一年間、昇級はなし、銅級のみの依頼しか受けられなくなります」


「なるほど。で、鉄級以上の冒険者はどう探せばいい?シュリ・シュナ嬢、アンタじゃダメか?」


 わずかにシュリの眉が上がるが、どういう感情なのか、無表情なのでいまいちよくわからなかった。


「三日以内に達成可能な依頼でしたら、繁忙期を除き、ギルド職員を指名頂くことも可能です。しかし、私の場合、鉄級となりますので、同行一日につき小金貨二枚と大銀貨五枚が必要となります」


「今は繁忙期では?」


「ございません。大市(おおいち)の開催期間及び始まる一週間前からが、直近のギルド繁忙期となります」


「わかった。じゃあ依頼を探してくるので、同行頼む」


「承知いたしました」


 一旦シュリの元を離れて、依頼書を見に行く。


 左から順に等級が上がるよう貼られている。なので左から二番目のボードがオリハルコン級の依頼だ。


 とりあえず銅級の依頼書から見てみる。


「銅級は全部街中(まちなか)の依頼ばかりだね。煙突掃除に壁のペンキ塗り、人流調査に害虫駆除だって」


「オリハルコン級から街の外での依頼のようだな。魔物討伐に素材集めが主だな。どれがいいか?」


「シュリさんに小金貨二枚と大銀貨五枚払わないといけないから、それよりも依頼料が高いのにしないと」


 二人は依頼書とにらめっこするが、なかなかいい依頼が見当たらない。


 ボードの上から新しい依頼が並んでいる。下にいくと古い依頼で依頼料も安い。安いから残っていって古くなっているのかもしれない。


「師匠、あれ」


 一番下の右端に貼られた依頼書をアリシアが指差す。


 その依頼書は、郊外の農村に出る(おおかみ)六頭の討伐依頼であった。雄の狼をリーダーとした群れが村の近くに定住してしまい、頻繁に家畜が襲われていたので、有志を(つの)り村で討伐に向かったものの怪我人が続出し断念、討伐を依頼するというものだった。


「一番下にあるのに依頼書が新しい感じだね。貼り間違えたのかな」


「報酬は狼一頭につき、小金貨一枚か。今から向かえば今日中には帰って来れるな」


 村の位置を印した地図を見て、アリアブルグとの距離をざっくり計算し、ガイが言う。


「一度討伐に向かっているなら、巣の位置も把握してるだろう。ならすぐに片付きそうだな。これにするか?」


 依頼書をボードから外し、シュリの元へ持っていく。


「こちらの依頼ですね。照会致しますので、少々お待ちを」


 依頼書のナンバーを確認し、カウンター後方にある依頼書ファイルの保管庫に行って、シュリが照会を行ってくる。


「確認できました。こちらの依頼、六ヶ月前に二頭の狼が討伐され、二頭分の成功報酬が支払われております。その後、一度依頼取り下げがされており、先週に再依頼となっている案件です」


「そういうことはよくあるのか?」


「再依頼自体は珍しいことではありません。再依頼の方が依頼掲載料もお安くなりますから。また寒村などでは、冬を越すのに現金が必要となる場合も多く、冬時期の依頼を取り下げ、また春先に再依頼するということもしばしば見受けられます。今回のように一部討伐されている場合、それで被害が落ち着くかもしれないと判断され、依頼料節約のため、依頼を取り下げるというケースも考えられなくもありません」


「で、依頼を取り下げた後に、また被害が再燃し、再依頼をした、というわけか」


「けど、もう六頭もいないかもしれないし、何頭か討伐したら依頼取り下げられて報酬が減るかもって思って、みんなが受けずに残ってたのかな」


「その場合でも依頼達成となるのか?」


「一部でも報酬が支払われたら依頼達成と見なします。依頼を途中で取り下げられた場合は、取り下げより依頼承諾が早ければ、依頼キャンセル料として、必要経費を精算し、実費請求できますのでご安心を。ただしそのときは初回依頼を再度受け直しとなります」


「今回は初回依頼達成が目的だから、これでいいか。天気もいいし、ピクニックがてら」


「うん!ピクニックピクニック」


「シュリ・シュナ嬢、じゃあ依頼承諾手続きと同行を頼む」


「わかりました」


 そう返事をすると、シュリは隣のブロンドロングヘアーの同僚に声を掛ける。


「エミリエンヌ、この後お願いね。私はこの方たちの初回依頼に同行しますので。明日には戻れると思いますが、戻れない場合はマスターに報告お願いします。なお四日()っても連絡なく戻らない場合は……」


「規約に従い、捜索の手配をお願いします、ですね!シュリ先輩は心配性なんだから。毎回言われなくてもわかってますよ。依頼承諾手続きも私、やっておきますから、先輩は準備してきてください」

 エミリエンヌは快く業務を引き受け、シュリに準備を(うなが)す。


「ありがとう、エミリエンヌ。お言葉に甘えるわ」


 すっくと立ち上がるとシュリは、準備をしてきますと言い残し、スタッフオンリーと書かれた扉を開き、一旦バックヤードに姿を消した。


 シュリは女性にしたら思った以上に長身で、ガイより頭一つ分低いくらいで、スタイル抜群だった。


「今、シュリさんのスタイルの良さに見惚(みと)れてましたよね?」


 ジト目を向けてアリシアが指摘すると、ガイは妙な咳払(せきばら)いをして否定した。

「そ、そんなことはない」


 ややして装備を整えたシュリが戻ってきた。


 肩には矢筒(やづつ)と弓矢をかけ、腰にはナタのような刀身の分厚い剣を背負(しょ)っていた。まるで狩人のようなレンジャースタイルである。


「グレーシアスさん、武具は?」


「空間収納にしまってある。すぐに取り出せるから問題ない」


「そうですか」

 と、シュリは聞いておきながらさほど関心がないような気のない返事をした。


「それじゃあピクニックにしゅっぱーつ!」

 元気よくアリシアが言った。

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