第一話「魔王、召喚される」
憂いを帯びた漆黒の瞳が、階下にいる金髪碧眼の青年を見下ろす。
青年は聖剣を構えて言った。
「僕個人はあなたに悪感情はない。あなたの存在そのものが人類には脅威だから、僕は勇者としてあなたを討たねばならない!」
「……魔王である俺に悪感情はない、と?」
目にかかりそうな伸びた前髪が揺れる。玉座からおもむろに立ち上がると、魔王は虚空より闇を纏う魔剣を抜き放つ。
魔王といっても額に角などが生えているわけでなく、禍々しい瘴気を漂わす魔剣を握っていなければ、見た目は人である勇者と変わらなかった。
「お互い好きで勇者、魔王になったわけじゃないでしょ」
そうシニカルに微笑む青年を見て、魔王も笑みを浮かべた。
「ははは。面白い。勇者よ、名を聞こう。俺は疾黒の異名を持つ魔王ガイ・デュオラル」
そう魔王は魔王らしく名乗った。
「僕はただのラクス・フェイト。しがない勇者さ」
二人が激突する。聖剣と魔剣の撃ち合う音が、悲鳴のように魔王城に響き渡った。
何度となく振り下ろされる魔王の魔剣。聖剣で魔王の猛攻を凌ぐ勇者。その魔剣を振り下ろすモーションのわずかな隙を突いて、ラクスが雷の魔法で仕掛けた。
「ライトニング・フレア!!」
螺旋状に炎が絡んだ雷が、地を這う蛇の如く魔王ガイを襲う。低い位置からの攻撃に一瞬反応が遅れた。そこを見逃すラクスではなかった。
左下段から右肩へと斬り上げる。鮮血が飛んだ。そこにライトニング・フレアが炸裂した。
ラクスはあわてて、爆風に巻き込まれぬよう後方に跳び退いた。
「なっ!?魔王にライトニング・フレアが通るなんて。それに聖剣とはいえ、こんな簡単に魔王にダメージを与えられるはずは……」
驚いた表情を隠せないまま、爆風が晴れるのを見守るラクス。
玉座へと続く大階段の中途――――膝を付く魔王の胸から夥しい血が階下へと流れ落ちるこの光景を、誰が想像し得ただろう。攻撃を仕掛けたラクスでさえも思い至らなかった。
「なぜ、手加減を?」
「敵を慮る必要などあるまい」
とびきり重厚な声がラクスの疑問を遮る。
(やべぇ。魔法無効化を解除してたのはマズったか。勇者に倒され魔王死亡、実は生きてて田舎でのんびりセカンドライフ計画が台無しになる。うまくやられないと、勇者に勘付かれる。生きてると知られるとあとあと厄介だ)
内心冷や汗を流しつつも平静を装い、魔王ガイが魔剣を杖に(演技)ゆるりと立ち上がる。
その瞬間、足元にイリア文字とメナス文字の複合魔導式の六芒星が浮かび上がり、魔王を眩い光の柱が包み込んだ。
「この光は!?」
(これって……?あれか!え?まじかっ!超大掛かりな召喚術式!!魔法無効化を解除してたからか!この俺が使い魔みたいに召喚されるというのか!?)
「時空の歪み。時空間転送!魔王、あなたはこれを狙っていたのか!はっ!?そうか!聖剣による聖痕と魔王の血による儀式魔法!それでわざと僕の攻撃を受けたのか」
(いやいや狙ってませんけどー!聖剣と魔王の血にそんな特殊効果あるなんて初耳なんですけどー!)
ぴくりと右の眉根が跳ね上がったものの、もともと無愛想な顔をした魔王ガイの表情からは、勇者ラクスがその真意を伺い知ることなどできるはずもなく、
「この世界だけでは飽き足らず、あなたはさらなる世界でも混沌を撒き散らすつもりですか、魔王ガイ・デュオラル!!」
歯噛みしながら、さらなる眩い光に包まれていく魔王をラクスは見送るしかなかった。
そして、勇者が最後に叫ぶ。
「幾星霜かけても勇者の血脈があなたを探し出し、いずれ必ず滅します!!」
「いや、そう言われても……」
という魔王の呟きは、時空の彼方に搔き消え、勇者の耳には届かなかった。
(……しかし、どこに連れてかれるのかねぇ)
光の回廊を高速移動しながらガイは考える。
(今から魔法無効化の術式を構築しなおすとしても、この時空の狭間に取り残されたら詰むから、ここを出た瞬間にこの召喚術式を無効化して、召喚者に一泡吹かせてやる。召喚者の思い通りに召喚されてたまるか)
光の粒子が途切れ、滝のように流れ出ていく穴のようなものが見えた。
「あれが出口か」
光の回廊を抜けた先、ガイの目に飛び込んだのは青一色だった。即座、魔法無効化を発動し、召喚術式を無効化してからふと気付く。
「あ。空だった……」
ぼそりと呟くと、凄まじい勢いで地上に向けて落下していくガイであった。