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夕焼けと親父と広っぱ  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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005 欲しかったもの

 


「……どういう意味でしょう」


「言葉のままだよ。もういいのか」


 老人はそう言うと、煙草を僕に向けた。


「あ、どうも……いただきます」


 同じ銘柄だと思いながら、一本もらう。


「ほれ」


 至れり尽くせり、老人はライターの火を僕に向けた。恐縮しながら火をつけると、老人と同じタイミングで煙を吐いた。


「それで、その……もういいのかってのは、どういう意味なんでしょう」


「お前さん、悩んでるだろう。もっと言えば、迷ってる」


「……分かりますか」


「さっきお前さん、あの子とのやり取りで、どうして何も言ってあげないんだと、随分不満そうだった。だがそれは、私の役目じゃない。あの子の親父さんを見て分かった筈だ」


「……そうですね」


「私がいるのは、多分……お前さんと話す為なんだ」


「僕の為……いやいやおじいさん、何を言って」


 話の意図がつかめなかった。この人は僕に、何を伝えたいんだろう。

 そんなことを思ってると、老人は煙草を灰皿にしまい、ゆっくり僕の前に立った。


「私がここにいる理由。それは……こういうことだったんだと思う」




 頭にそっと乗せられた、老人の手。




 突然見知らぬ人に頭を撫でられた。こんな中年のおっさんが。

 その行為に動揺したけど、僕は動けなくなった。


 ――その温もりは、僕がこの数か月求めていたものだった。


 いい歳した大人が、頭を撫でられている。それはとても恥ずかしいことだ。

 現に僕は今、耳まで赤くなっている。胸がざわざわしている。

 その筈なのに。

 僕はいつの間にか目を閉じ、その温もりに身を委ねていた。

 煙草が指から離れ、地面に落ちる。


 いつの間にか、目から涙が溢れていた。




 止まらない。

 肩が震える。




 声にならない声が漏れる。

 病室で、親父の手に触れた時と同じ。嗚咽だ。


「父さん……」


「……」


 涙が止まらなかった。


「父さん……父さん……」


「……辛いこともあったろう。逃げ出したくもなったろう。それでもお前さんは今、こうして生きている。日々を戦っている。何一つ諦めていない」


「……そんなこと、ないと思います……僕はずっと逃げてました、全てから……そして、それでいいと思ってました」


「だが、それでは駄目だとも思っている」


「でも……踏み出す勇気が出ません。父さんはあんなにすごい人だったのに……強い人だったのに……」


「同じだよ、みんな」


「……」


「みんな足掻(あが)いてる。親父さんも、そうだった筈だ」


「でも親父は……最後まで立派でした……」


「……そうか」


「……」


「どんな気持ちだ?」


「ほっとします……嬉しいです、温かいです」


「じゃあ、頑張らないとな」


 老人の言葉に、僕は顔を上げた。

 老人は僕を見つめ、にっこりと笑った。


「疲れたら、歩みを止めればいい。立ち止まればいい。そしてまた……元気になったら歩けばいい」


 そう言って、荒々しく頭を撫でた。


「頑張れよ」


 その笑顔に、僕は泣きながらうなずいた。


 まだ涙は止まらない。

 僕はその情けない顔を老人に向け、笑った。

 そして言った。


「ありがとう」と。




次回、最終話です。

よろしくお願い致しますm(_ _)m

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