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イージアン  作者: 高田
第一章 レナ
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第9話 アトス将軍


 王宮の美しい庭園で、侍女たちは花を摘みながらおしゃべりに夢中になっていた。


「司教様が黒幕だったなんて」


「あんなにウルネス様に近い人物が……怖いわねえ」


 王宮内は、この話題で持ちきりだった。部屋に戻るあいだも、侍女たちのうわさ話は止まらない。


「ねえ、司教様を捕まえるのに、レナ様が貢献したんでしょ?」


「それ、私も聞いたわ。すごいわね」


 ちょうどその時、侍女たちは中庭を歩くレナの姿を見つけた。


「あっ、うわさをすれば」


 レナは兵士の格好で、ご機嫌な様子で歩いている。侍女たちには奇麗なドレスではなく、兵士の格好を好むレナの気持ちがよくわからなかった。


「レナ様って……一体何者なの?」


 侍女たちにとって、レナは例のない存在だった。


***


 レナは中庭の真ん中で、思いっきり伸びをした。


「んー、やっぱりこの格好は落ち着くなあ」


 王宮は今、大きな陰謀が暴かれて大騒ぎだった。ウルネス王はとても忙しく、しょせん気まぐれで任命された護衛係など、完全に放って置かれているのだ。そこでレナは、剣の練習ができる場所はないかと王宮内を散策しているところだった。

 そして通路に差し掛かった時、向こうから一人の男性が歩いてくるのが見えた。

 それは何とアトス将軍だった。

 レナの心拍数が一気に上がる。アトス将軍と、至近距離ですれ違うことができるなんて夢のようだった。レナはドキドキしながら頭を下げた。

 すると、すれ違いざまにアトス将軍が声をかけてきたのだ。


「おまえ――」


 レナが驚いて振り返ると、アトス将軍の鋭い目が見下ろしていた。その圧に、レナはごくりと唾を飲み込んだ。


「先日の宴の席で、コブラを切った娘か?」


 驚いたことに、アトス将軍はレナのことを覚えていたのだ。


「はっ、はい!」


 レナは慌てて返事をした。アトス将軍は、あの時の娘が兵士の格好をしていることを不思議に思った。


「……名前は?」


「レナです!」


 その時アトス将軍は、うわさで聞いた目隠しで剣術を披露した兵士のことを思い出した。


「そうか、おまえが……」


 アトス将軍はつぶやくとレナに言った。


「レナ、ついて来い」


「はっ、はい!」


 レナは目を丸くして返事をした。アトス将軍に声をかけられたことに興奮し過ぎて、鼻血が出そうだった。


***


 レナが連れてこられた場所は、王宮内にある兵士の訓練場だった。


「わあっ!」


 レナは、目の前に広がる光景に思わず叫んでしまった。ここは国内のえりすぐりの精鋭が集まる、まさに兵士にとって憧れの聖地だ。

 そして、その精鋭たちが、アトス将軍の登場に一斉にあいさつをした。その光景は圧巻だった。

 一人の兵士が、アトス将軍のそばに来て頭を下げた。


「お待ちしており――」


 しかしあいさつの途中で、アトス将軍の後ろで鼻血を出している小柄な娘が視界に入り、固まる。


「アトス様、こっ、この娘は……?」


 兵士は動揺しながら質問した。


「こいつか?」


 するとアトス将軍は、うやうやしくレナを紹介した。


「この娘、兵士だそうだ」


「兵士……ですか」


 あっけに取られている兵士に、レナは鼻血を拭きながら深々と頭を下げた。


「レナです! よろしくお願いいたします!」


「レナ、おまえの剣を俺に見せてみろ」


 唐突に、アトス将軍が言った。


「えっ?」


 レナは聞き間違いではないかと、驚いて顔を上げた。

 アトス将軍の直々の申し出に、周りの兵士たちも驚いた。

 レナは完全に固まってしまった。


(アトス将軍と私が――)


 アトス将軍は、目隠しの話は信じていなかった。しかしコブラを切った、あの素早い動きをこの目で見たのだ。自分で確かめなければ、気が済まなかった。

 アトス将軍は静かに剣を抜いた。

 それを見たレナも、慌てて剣を抜いて構えたが、まだ信じられない気持ちだった。しかしアトス将軍から漂うオーラを感じた瞬間、決して冗談ではないことがわかった。


「わかっているだろうが、本気で来いよ」


 アトス将軍の目つきが鋭くなった。

 レナは背中に、ぞくりと恐怖が走るのを感じた。


(私の本気の剣を見せる――)


 たたずんでいるだけにも関わらず、アトス将軍にすきなど全くない。


(どうしよう、どうする?)


 汗がレナの頬を伝う。先制攻撃はすきがなさすぎて絶対に無理だ――かといって、攻撃をまともに受けたら終わりだ。レナは込み上げる恐怖を必死で押し戻しながら、剣を握り直した。

 その時、アトス将軍が一歩踏み込んできた。

 レナは目を見開いた。


(それなら、最初の攻撃をかわした時しかチャンスはない――)


 アトス将軍の一振りに、レナは体を後ろに投げ出すようにのけぞった。剣先が、顔ぎりぎりをかすめる。そのままバク転をするように飛び退き、足が地面に着いた瞬間――。

 レナは地面を蹴り、アトス将軍の懐に飛び込んだ。そして、真っすぐに剣を突く。

 しかしアトス将軍は、腕のガードでレナの攻撃を防御した。金属同士が激しく擦れ、接近した二人の目が合う。

 レナの本気の目つきに、アトス将軍はにやりと笑った。

 周りの兵士たちも、レナの攻撃にざわついた。


「なんだ、あいつ……⁉︎」


 レナは驚きを抑えられなかった。


(すっ、すごい!)


 本当に渾身(こんしん)の一撃だったのに、簡単にかわされてしまった。こんなに別格の強さを体験したことはなかった。

 レナは、全身にゾクゾクと鳥肌が立つのを感じた。

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