第8話 黒幕
男の背後に広がる暗闇には、レナが溶け込んでいた。そこに浮かぶ二つの光が、ぎょろりと男の方に動いた。刺客の男は、相変わらず全く気づいていない。
(この男を今捕まえるか、後をつけてアジトを見つけるか……)
レナは、どちらにしようかと考えながら剣を握り直した。
(あれっ⁉︎)
その時、握っているのがウルネス王の剣だという事実に気がついてしまった。
(うそ、やだ! 勝手に持ってきちゃった!)
レナは顔面蒼白になった。その動揺は、気配となって男に伝わった。
男は、突然背後に人の気配を感じ恐怖に襲われた。
「うわっ⁉︎」
反射的に剣を抜くと、自分の背後に振り抜いていた。剣は空を切り、柱に当たると火花を散らす。そして、そのわずかな光がレナの輪郭を照らした。
(あーあ、気づかれちゃった……。じゃあ『今捕まえる』だな)
しかし、ウルネス王の剣を使う訳にはいかない。
男は後ずさりしながら暗闇に目を凝らした。見えない恐怖に、顔から血の気が引いていく。
すると突然、暗がりの中に人影が浮かび上がった。
「はっ⁉︎」
その人影は音も気配もなく、どんどん迫ってくる。
「う、うわあ!」
男が叫びながら、剣を振り上げた瞬間――みぞおちに激しい衝撃が走った。
「ぐっ⁉︎」
レナの肘が、みぞおち深く食い込んでいた。
「がはっ――……」
男は短く息をはき、その体がゆっくりと崩れていく。
「ヤ……ウル……」
最後にそうつぶやくと、男はどさりと床に倒れた。
(ヤウル?)
聞き慣れないその言葉は、レナの耳に残った。
その時、たいまつの明かりが一斉に廊下を照らした。
「いたぞ、こっちだ!」
刺客を探していた兵士たちが、レナのところまでやってきたのだ。そこには眩しそうに目を細めるレナと、既に気を失っている刺客の男の姿があった。
***
レナはウルネス王の部屋にいた。
「これは、私からの褒美だ」
そう言ってウルネス王は、レナに奇麗な装飾の首飾りをかけた。
「このような、高価なもの……」
本当に高価すぎて、レナは恐縮してしまった。しかしウルネス王は、すっかりレナに感心していた。
「なんと面白い娘よ……そばに置くことで、私の命まで守るのだからな」
レナの腕をつかむと、その手に力が入る。レナはドキッとした。
「そなたは、手放せぬな……」
ウルネス王に力強く体を引き寄せられ、レナは思わず体をこわばらせた。
「ウルネス王、私は護衛兵です! こ、このようなことは……」
「初めてか?」
「はい。あの、ですから――」
「よしよし、そうか」
レナはウルネス王に、強引に抱き上げられてしまった。
「きゃっ⁉︎」
小さく叫ぶレナ。そのままベッドまで運ばれ、倒されてしまった。
(ええー⁉︎)
ウルネス王がレナに覆いかぶさってくる。
レナはどうしたらいいかわからなかった。目の前にあるりりしいウルネス王の顔や、たくましい体から伝わってくる体温――。
本来、全てがあり得ないことなのだ。
「ウルネス王、聞いてください!」
レナは必死で訴えるが、完全無視され、肩からドレスが引き下ろされた。
「えっ? あのっ――えっ?」
太ももをなでるように、ドレスをまくられる。
「あっ、つつ、捕まえた刺客が……」
レナは目を閉じて叫んだ。
「男は『ヤウル』と言っていました!」
すると、その言葉にウルネス王が反応した。ピタリと動きが止まる。
「……?」
レナは、恐る恐る目を開けた。
「それは本当か?」
ウルネス王は真剣な顔をしていた。
「はい……確かに、そう言っていました」
「ほかに何か思い出せることはあるか?」
ウルネス王の問いに、レナは必死で記憶をたどる。
「男の服の裾には、赤土が付いていました。コブラを入れていた袋も特徴があって……あれは、銀山地帯の商店で使われているものに似ていました」
「なるほど……赤土といえば銀山か」
ウルネス王は、レナの言葉を聞きながら考え込んでいる。
「ヤウル……銀山……」
ウルネス王はそうつぶやいてから、レナを見てにやりと笑った。
「大した洞察力だ、レナ。黒幕がわかったぞ」
「えっ⁉︎」
驚くレナを横目に、ウルネス王はベッドから立ち上がると使いを呼んだ。
「メルブを呼べ。これから銀山へ行く」
そう指示をすると、すぐに支度を始めた。
レナは、めくれたドレスを直しながら思った。
(た……助かった――)
するとウルネス王は、見透かしたようにレナの方を見て言った。
「今日も、私からうまく逃げたようだな」
ドキッとするレナ。
「だが、次は逃がさぬぞ」
ウルネス王の、有無を言わさぬ堂々とした力強い声とまなざしに、レナはまたしても胸が高鳴るのだった。
***
ウルネス王の部隊は、すぐさま銀山に駆けつけた。そして、数々の決定的な証拠を押さえた。
ヤウルとは、ある宗教の神をたたえる言葉。その宗教を庇護し、銀の採掘でばくだいな富を手にしている人物がいた。
***
翌日、メルブ将軍は兵士を連れて司教の部屋を訪ねた。
美しいステンドグラスを背に、ひとりの太った司教が驚いた顔でこちらを見ている。
この人物が、今回の国王暗殺の黒幕だった。
事態を瞬時に理解した司教は、慌てて逃げようとしたが、すぐに足がもつれて転倒した。そして、そのまま簡単に取り押さえられ、なんとも無様な悲鳴を上げた。
「司教殿、ウルネス様からの伝言です」
メルブ将軍が、司教を見下ろしながら静かに伝えた。
「『とても残念だ』とのことです」