第55話 別荘にて
「やあレナ、やっと目覚めたね。気分はどうだね?」
部屋に入ってきた男の人が、笑顔でレナに聞いた。
全く知らない人物だったが、どことなくムル様に似た雰囲気を感じさせた。
「……体に全然力が入りません」
レナが素直にそう答えると、その男の人は声を出して笑う。
「そりゃそうだ、二週間近く寝たきりだったんだからな」
「二週間も⁉︎」
(私、そんなに寝てたのか……)
レナが驚いていると、男の人はリオを指差した。
「リオは大丈夫だよ。ずっと寝ずに君の看病をしていたから、安心して気が抜けたんだろう」
「えっ⁉︎」
(そうだったんだ……)
レナはその事実を知って、またリオに対する愛しい感情がじんわりとあふれた。
「邪魔ならどかそうか?」
ニカッと笑顔で聞かれたので、レナも思わず笑って答える。
「いいえ、このままで大丈夫です」
(それにしても、ここはどこだろう?)
レナが部屋を見回すと、男の人が説明を始めてくれた。
「俺はこの城の管理人をしているカティオスだ。ここはアサニス国だよ」
「えっ⁉︎ アサニス国⁉︎」
予想外の言葉に驚くレナ。
(どういうこと⁉︎ 私はエスプラタ国の王宮にいたはずなのに……)
カティオスが安心させるように説明を続けた。
「この場所は心配いらないよ。君は熱が下がらずけがもしていたから、安全な場所で治療するためにリオがここに運んできたんだ」
「そうだったんですね……」
(そうか、熱を出してて体が動かなかったのか……)
目が覚めてから、体がひどい痛みを認識しているのはわかった。二週間も目が覚めなかったなんて、死んでいてもおかしくなかったとレナは思った。
「まだ薬は飲んだ方がいいが、順調に回復しているよ」
「はい、ありがとうございます」
「それとも、何か少し食べてみるかい?」
「えっ⁉︎ 食べます!」
食べ物に反応して目の色を変えたレナに、カティオスは笑った。
「いいね、こりゃ回復は早くなりそうだな! それじゃあスープでも持ってくるよ」
そう言ってカティオスは再び部屋をあとにした。
レナはカティオスにお礼を言い、体を起こすと痛みが走りそうなのでそのままじっとしていた。
(……私、アサニス国にいるんだ)
レナにとって敵国という認識なので少し緊張するが、リオの生まれ育った国なんだとも思った。
そしてレナは、自分の横で眠ってしまっているリオの顔を見つめる。
「リオとキスしちゃった……」
自分でつぶやいておいて、顔が真っ赤になってしまった。そして、さっきの夢のように幸せな出来事を思い出して、自然と笑みがこぼれる。
(こんなにリオのことが好きになっていたなんて……)
その事実がたまらなく嬉しかった。
***
それからレナは、よく食べ驚異的な回復を見せて、リオとカティオスを驚かせた。
そしてその間に、レナも驚きの事実を知ることとなる。
ここはただの城ではなく、アサニスの国王の別荘だったのだ。初めて知った時は衝撃だったが、確かにこれほどの素晴らしい景観は、エスプラタ国でも王宮でしか見たことがなかった。
そして、リオがどうしてそんな場所にレナを連れてこられたかというと、彼が王家の血筋の人間だったからだ。アサニス国の名家に生まれ、冥府の剣に選ばれた人間――それがリオだった。
すご過ぎるんですけど……。
自分のような敵国の兵士が、リオのような人物と一緒にいていいのだろうかと本気で思った。
しかしリオが輝かしい人生とは程遠い運命の犠牲者であることを、レナは知る由もなかった。
***
ある日のこと、レナは部屋でうたた寝をしているリオを見つけた。こっそり近づき、その寝顔を眺める。
(リオの寝顔……かわいい)
急にドキドキしてきた。
リオの上着が少しはだけていて、そこから大きな傷跡が見える。
(すごい……こんなに大きな傷跡が)
レナはそっと服をめくり、傷跡を確認した。
(相当古い傷跡もある……戦い続けてきた体だ)
そしてリオの傷跡を見ながら、どんどん服をめくってしまっていた。
(あっ、ちょっとめくりすぎちゃった――)
焦って服を元に戻そうとした時、リオがこちらを見ていることに気がついた。
「⁉︎」
リオと目が合う。
「――⁉︎」
レナは、驚きの余り目玉が飛び出しそうになった。
「ごっ、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にしながら、慌てて両手を上げた。
すると次の瞬間、リオはレナの腕を捕まえてベッドに引き込んだのだ。
「えっ⁉︎」
突然のことにレナが動揺していると、リオが質問してきた。
「今……何してたの?」
リオはまだ眠そうな顔をしていたが、その目にはどこかいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「何って――そのっ、あのっ――!」
レナはしどろもどろになりながら、さらに顔を赤くする。
(うわあ……リオの顔が近いよ!)
あたふたするレナに、リオは少し吹き出すように笑った。
「あのっ――本当に違うんです!」
レナが必死で言い訳をしようとしたその時、リオがレナの白く柔らかい頬に触れた。
(えっ……?)
ドキッとするレナ。
「リオ――」
その言葉の続きは、リオの唇でふさがれてしまった。
 




