第51話 傷跡
レナの過去は誰にもわからない。
「でも、村の生活で特別なことは何も……本当に普通に暮らしてたんだけど」
レナがそう言うと、リオが返した。
「忌まわしい過去というのは、レナの生まれる以前、もしくは出生に秘密があるのかもしれない」
(そして暗闇で目が見えるのも、彼女の中に眠る力のひとつなのかもしれない)
リオは、レナの力について言葉では言わなかった。
レナも話を逸らしてしまったと思ったが、話を戻すことがためらわれた。リオがどう思っているのか気になったが、同時に知るのが怖かった――自分自身が怖かった。
その時リオがつぶやいた。
「それにしても……レナに似ている人物がキーパーソンというわけだ。その人物を探すとなれば相当絞り込めるね。すごい進展だよ」
「えっ⁉︎」
ぽかんとするレナ。
リオが本気で言っているのか、冗談で言っているのかわからなかった。
「リオ……」
そして、思わず吹き出してしまった。
「あはははっ!」
レナの緊張の糸が一気に切れた。
「そうだね……そんなに自分に似てるなんて、会ってみたいかも」
魔物を解放した理由を思い出して、再び怒りが込み上げていたところだったが、リオの言葉はレナの怒りをすっかり中和してしまった。
レナが笑ったのを見て、リオも少しほっとした表情になった。
「今の俺たちには、どんな情報だって重要だよ」
「うん、そうだね」
「ただ……似ているだけで魔物を解放するなんて、やっぱり理由になってない。もっと何か……何かあるはずなんだ」
リオはそう言うと、上着を脱ぎ湖の水で洗い始めた。
自分の中に漂う恐怖を消すことはできないが、リオがわかってくれていると思うと冷静になれた。
(頼りになるな……リオに感謝しなくちゃ)
レナはそう思いながら、改めて見るリオの体に驚いた。
上半身裸のリオはなかなかの筋肉美を披露していたが、驚いたのはそこではなく体についた無数の傷跡にだった。もちろん、先ほどの戦いでついたものではない。
(すごい数の傷跡……⁉︎)
レナの村の兵士たちでも、ここまでの者はいなかった。
「リオって、本当に兵士じゃないの?」
レナは思わず質問した。
「うん、まあ……戦争に行ったことはないよ」
リオが答える。
「信じられない……こんなに強いのに」
兵士として育ったレナには、考えられないことだった。
(なんてもったいない! あっ、でもそうするとアサニス国側か!)
リオがエスプラタの兵士だったら、王宮で間違いなく会っていただろうと思った。
「レナ、けがしてる」
その時、リオがレナの左肩を指差した。
「えっ? ああ……」
それは、レナがブチギレた時にかまれた傷だった。
「大したことないよ」
そう言いながらレナがそでをまくり上げると、肩のタトゥーが現れた。
リオはそれをなんとなく眺めていたが、ふと気が付く。
「それ……傷跡?」
「えー、よくわかったね⁉︎ そうなの。これ、傷跡をタトゥーで隠してあるんだ」
驚きの混ざった笑顔で、リオの方を振り向くレナ。
その時リオは、レナに初めて出会い、彼女が振り向いた瞬間の姿を思い出した。今、目の前のレナは笑っている。
本当に不思議な出会いだと、リオは思った。
協力して魔物を倒すことになるなんて思いもよらなかったし、純粋に仲間ができたことが嬉しかった。何より嬉しいのは、レナが普通に接してくれることだった。
そして今、リオの目に映るレナは、水面の光がキラキラと反射してまばゆい光に包まれている。
(美しい……)
リオは心の中でつぶやいた。
***
天気は雨だった。
王宮に近づくにつれ、魔物が多くなってくる。二人で協力すれば倒せないほどの魔物はいなかったが、きりがなかった。
そして、レナのあの力はその後発動していない。
レナは疲れからイライラしていた。早く納得のいく理由を手に入れたくて、気持ちばかりが焦っていた。
「少し休もう。どこかで服を乾かした方がいい。このままだと風邪を引く」
知ってか知らでか、リオがレナに言った。
「私は大丈夫よ」
イライラしているレナに、リオは正論で返した。
「このままだと、レナだって魔物に心を支配されかねない」
「大丈夫だって言ってるじゃない!」
レナは思わず声を荒げてしまい、はっとわれに返った。
「あっ――ごめん……!」
慌てて謝るレナ。
「…………」
リオが少しの間無言でいたので、レナはリオを怒らせてしまったと思った。するとリオは、予想外の答えを返してきた。
「とりあえず服を乾かそう。その格好、ちょっと目のやり場に困るっていうか……」
「……え?」
レナの服はぬれて体に張り付いて、だいぶセクシーな仕上がりになっていた。
「ぶっ――⁉︎」
(うあああ⁉︎ えええぇ⁉︎)
***
たき火の前で、レナは顔を真っ赤にしていた。
(うう……恥ずかしい!)
あれからレナは、すっかり借りてきた猫のようにおとなしくなり、服を乾かしていた。向かいに座るリオを直視できなかったが、目のやり場に困ると言った割には、いたっていつも通りの様子だった。
「…………」
(また、私を冷静にさせようとして言っただけかも……)
レナはそう思った。
(まあ、透け透けというほどではなかったけど……その……)
本当はどう思ったか、なぜか気になった。そして、そんなことを考えている自分がまた恥ずかしくなった。
(私ったら……何考えてるの⁉︎)
レナは、目をぎゅっと閉じて首を振った。そんなことを考えている場合ではないのだ。
明日は、ついに王宮にたどり着くのだから――。