第49話 覚醒
洞窟内に女性の声が響く。
レナは何か特別な言葉なのではないかと思い、一言も聞き漏らさないように集中する。
(似ている? 過去を思い出させる? 一体なんのことを言っているの⁉︎)
しかし、意味が全くわからない。
『……クク』
『ククク……殺す……』
いつの間にか、女性の声から魔物たちの声に戻ってしまった。
『レナ……殺す』
『殺す……約束……』
その時ひらめきのようにレナの頭の中で、意味のわからない単語と単語がつながった。
(それって……)
レナは、あぜんとした表情で口を開けた。
「似ている……から……殺す……?」
やっと絞り出すように言葉が出た。
(まさか……それが理由なの……⁉︎)
レナは本当にショックを受けた。
(あり得ない……)
とても納得できる理由ではない――。
王宮で魔物が解放されてから、理由もわからず命を狙われてきた。常に脅威にさらされ眠れない夜を過ごしてきた。
その理由が似ている?
誰に?
そんな理由で私はこんな目に合っているの?
次第に、体の奥底から激しい怒りが込み上げてきた。心臓が激しく脈打ち、見る見るうちにレナの顔つきが変わっていった。
そして次の瞬間、レナは魔物の群れに飛び込んでいた。
「ふざけるな!」
レナは怒りに任せてめちゃくちゃに剣を振り回し、魔物に切りつけた。
「言え! 誰に似ている⁉︎」
得体の知れない感情が、体の中から込み上げてくる。
レナは頭の片隅で、この感覚を前にも経験したことがあると思った。その時は怖いと感じたが、今はもうこの怒りにも似た感情を止める気はなかった。
むしろ解放したいとさえ思った。
「レナ、落ち着け! 囲まれてる!」
リオが叫んだが、その声はレナの耳に届いていない。それほど今のレナは怒りに支配されていた。
「おまえか⁉︎ おまえが言ったのか⁉︎ 答えろ!」
レナは、叫びながら目の前の魔物を細切れにしていく。しかし、すぐに他の魔物たちに取り囲まれてしまう。
「危ない、レナ! 後ろ!」
リオが叫んだその時、一匹の魔物がレナの左肩にかみ付いた。
「うっ⁉︎」
おそらくこの瞬間、レナの中のリミッターが外れた――。
そして、レナは持っていたたいまつを落としてしまった。
「大丈夫か⁉︎ とにかく落ち着け!」
(明かりを失ったらアウトだ!)
リオは慌ててレナの肩の魔物を切り落とした。
「はっ⁉︎」
しかし、リオはそのまま息をのんだ。
レナは剣を構え、まるで牙を剥く獣のようにすごい形相で魔物をにらみ付けている。そして、その目が光っていたのだ。
(なっ――目が⁉︎)
リオはレナの光る瞳にくぎ付けになった。
すると信じられないことが起こった。
レナの体が闇に吸収されていくかのように、溶けるように消え始めたのだ。
「えっ――⁉︎」
驚愕するリオ。本当にあり得ないことだが、見たままを表現するとしたら、それ以外に言葉が見つからなかった。
そしてレナの体は闇に溶けて、完全に消えてしまった。
(レナが……消えた――⁉︎)
リオは、ただ見つめることしかできなかった。
その時、魔物たちが飛び掛かってきたので、リオは瞬時に身構えた。しかし、その魔物たちは目の前で奇麗に真っ二つに切られた。
「⁉︎」
リオには一瞬何が起こったのかわからなかった。
次の瞬間――洞窟の壁中に張り付いていた魔物たちが、ものすごい速さで切られていった。
「なっ――⁉︎」
その光景も、リオはただ見ていることしかできなかった。
切られた魔物たちの血が、洞窟内のあらゆる角度から一斉に飛び散った。その血しぶきはあまりにも統一感があり、むしろ芸術的だった。魔物たちの血が、赤い雨のように洞窟内に降り注ぐ。
そして、ぎりぎり明かりが届く一番奥にレナの姿があった。レナの剣から真っ赤な血が滴り落ちている。
さっきまであれほど怒りに満ちた表情をしていたのに、今はまるで別人だった。全ての感情が消えて無になったような表情でたたずんでいる。
(レナ――⁉︎)
リオは、感覚的にレナが全ての魔物を切ったのだとわかった。彼の目には見えなかったが、間違いなくあの一瞬のうちに一匹一匹をレナが切っていったのだ。
それはレナさえも知らない、彼女の中に眠る本当の力が覚醒した瞬間だった。
そしてリオは、その瞬間を目撃してしまったのだ。
「すごい……」
リオはつぶやいた。全身に鳥肌が立っていた。
(なんなんだ、今のは――⁉︎ レナ、君は何をしたんだ……⁉︎)
その時、リオは剣を握る右手に違和感を感じる。
慌てて見ると冥府の剣が光っていた。
「なっ⁉︎」
それはまるでレナの力に刺激を受けて共鳴するかのように、剣が自らエネルギーを発してリオの手に伝えているように感じた。
「――!」
こんな事は初めてだった。
「はっ⁉︎」
レナはわれに返った。
(私……今……?)
間違いなく記憶と感覚が残っている。しかし自分の身に起こったことを、どう理解すればいいのかわからなかった。
レナは戸惑いながら自分の手を見つめる。頭の中は完全に混乱していた。
(この感覚はなんなの⁉︎ 私は……私は一体……)
そしてレナは、がくりと地面に膝をついた。体が鉛のように重い。さっきの攻撃で、かなりの体力を消耗してしまっていた。
(私に一体何が起こっているの⁉︎)