第48話 冥府の剣
「俺が戦う理由は、この剣に選ばれてしまったからだ」
リオは、剣を目の前に水平に掲げた。
そして、思い切って本当のことを言う決心をしていた。レナに、もうあんな顔をさせたくなかった。
「これは、冥府の剣だ」
リオは自分の秘密を打ち明けた。
「冥府の剣……⁉︎ これが⁉︎」
レナでも冥府の剣の話は知っていた。
冥府のマグマを固めて作られたとされる剣で、異界の力ゆえに、その剣を持つ者は破壊と滅亡をもたらすと恐れられている。
「ただの神話かと思ってた……そんな剣が実在するなんて……」
信じられないような話だが、レナは妙に納得してしまった。なぜなら、既にリオの剣の強さを目の当たりにしてきたからだ。
(そんなの、もう神様じゃん!)
「リオって、そんなすごい人だったのね……!」
レナが、感服しきった表情で目を輝かせた。
するとリオは、寂しそうに首を横に振った。
「そうじゃないんだ……本当の俺は……」
言葉だけで、この剣の恐ろしさを伝えることは難しい。
「俺はアサニス国では人々から恐れられ、魔物と変わらない存在だった」
「まさか⁉︎ どうして……⁉︎」
レナには理解できなかった。
「冥府の剣には、不死といわれる魔物でも殺せる力がある。だから剣に選ばれた俺は、アサニス国の神殿に封印されている魔物を倒すことを使命とされた」
リオは少し視線を落とした。
「そして剣の力はどんどん強くなり、人々は俺を脅威と判断した」
「そんな……強いことの何が悪いの?」
レナの疑問に、リオが答える。
「冥府の剣は魔物と同じように、剣の邪悪な力に心が支配されやすいんだ」
それを聞いて、レナは思い当たることがあった。
魔物と戦った時に、リオが時折見せる恐ろしいようなあのオーラ……あれはきっと、剣の邪悪な気が見えていたのだ。
「俺が剣に支配される前に抹殺しようとする動きが起こり、国王が魔物調査の旅を名目に俺を逃がしてくれたんだ」
リオは剣を見つめながらつぶやいた。
「……俺も、城から逃げてきたんだ」
言い終わると、リオは息をついた。
自分の秘密を打ち明けたが、レナの目を見るのが怖かった。本当のことを知ったレナが、どんな態度を取るのか不安しかなかった。
「なんてことなの……リオ……」
レナの声が震えていた。
(えっ⁉︎)
リオが驚いて顔を上げると、なぜかレナは泣いていたのだ。
「ど、どうしたの⁉︎」
リオは、思わず声が出てしまった。理由はわからないが、また泣かせてしまったと動揺した。
「だって私、自分のことばかり考えてて……リオのこと何も知らなかった……」
レナは涙を拭った。
「城から逃げて来て、魔物と戦わなくちゃならないなんて……そんな状況の人が、私以外にいたなんて……」
今度は、笑いながらリオの方を見る。
「リオも、大変だなあと思って」
リオは、なんだかよくわからなくなってしまった。
(それで泣いてたのか? いや、笑ってる?)
その時、レナが言った。
「リオは優しいよ。怖くなんかない」
「レナ……」
その澄んだ言葉は、リオの心に温かく染み込んで、まるで不安を浄化していくようだった。
「リオを助けたアサニスの国王も、きっと優しい人なのね」
レナがそう言うと、リオもほほ笑んだ。
「ああ、レナの村の人たちも」
レナも心が温かくなるのを感じた。
(そうだ……みんな優しい。私はひとりじゃないんだ)
***
エスプラタの王宮を目指して旅を続ける二人は、魔物が出るとうわさの洞窟に来ていた。
入り口に立っただけで、かなり禍々しい気配を感じる。これは、心してかからないと危険かもしれない。
二人は、たいまつを掲げながら洞窟内に踏み込んだ。
(それにしても、こんなところに乗り込んで行けるようになったのも、リオと一緒だからだよなぁ)
リオのおかげで、レナも魔物との戦いがすっかり上達していた。われながら、すごいことだと感心してしまう。
洞窟内は霧がかかっていた。白いモヤで、たいまつで照らしても周りがよく見えない。
「何……これ……」
レナがつぶやいたその時、二人のすぐ近くを何かが素早く横切った。
「⁉︎」
今度は、二人の間に何かが飛んできた。
素早くよけながら、リオがつぶやいた。
「うじゃうじゃいるな……」
リオがそう言った時、レナは体長が一メートルほどの、まるでムカデのような姿をした魔物と目が合った。
(うっ⁉︎)
最初の一匹を見つけると、その奥におびただしい数の魔物がいるのを認識してしまった。
レナの心臓が凍りついた。
(ぎょええぇぇ! 気持ち悪い!)
最近更新したばかりだったのだが、レナは人生で一番鳥肌が立った。
『クク……レナ……』
『レナ……ククク……』
その時、魔物が騒ぎ出した。
雑音のような音だったが、だんだん人の声のようになってきた。
『……似ている……』
「えっ――⁉︎」
今度は、はっきりと聞こえた。
『おまえに……恨みはないが……あまりにも……似すぎている……』
それは、まるで無数の魔物たちの雑音が集まって一つの声を形成しているかのように、いろいろな角度から聞こえた。
(何……? 女の人の声?)
そして、それは間違いなく女性の声だった。
『レナ……おまえの存在は……忌まわしい過去を……思い出させる……』




