第47話 和解
「リオ、やめて!」
レナが叫んだその時、剣がリオの腕に刺さった。
「あっ⁉︎」
リオの肉体が傷つく感触が、剣越しにレナの手に伝わってきて、思わず身を縮めた。
その瞬間、レナはリオに手首を捕まえられた。
「⁉︎」
そして、あっという間に地面に仰向けの状態で押さえつけられてしまった。
レナの力では、リオから逃れることはできない。
「……!」
リオの肩越しに、明るい月が見えた。
(こんなに月が明るい……これじゃあ、リオに勝てるわけがない……)
悔しかった。
何も知らなかったことも、簡単に捕まってしまったことも。また涙が込み上げてきて、目尻からこぼれ落ちた。
それを見て、リオはとても悲しそうな顔をした。
「レナ、本当にすまない……!」
そして、うなだれながら絞り出すように言った。
「でも……君と戦いたくないんだ」
そのまま時間が流れた。
(私……どうしたらいいの?)
いろいろな思いが頭の中を駆け巡る。
(リオは私の敵……強くて優しくて、いつも私を助けてくれる敵国の兵士……)
レナは目を閉じた。
(私はどうしたいの?)
なかなか考えがまとまらない。
リオは、レナを抑え込んだまま何も言わなかった。
随分時間がたった気がする。
(リオ……どうして何も言わないの? 何を考えてるの?)
時間とともに、レナは段々落ち着きを取り戻していった。
(今の私にとって、リオは敵じゃない……私たちは一緒に魔物を倒してきた……)
「レナ……うそをついていたことを許してほしい」
リオがやっと口を開いた。
「俺は……君が魔物に狙われる理由を……真相を知りたいだけなんだ」
消え入りそうな声だった。
「それだけなんだ……」
レナの涙も、もう乾いていた。
(リオ……私も同じ気持ちだよ。私だって、リオがいなければここまで来れなかった)
「リオ、もう手を離して大丈夫だよ」
レナがそう言うと、リオが答えた。
「……暗闇だと、君に勝てないから」
それを聞いて、レナはふっと笑った。
(うそよ、月明るいし。私の腕を簡単に捕まえたじゃない)
でも、そう言いながらリオは動こうとしない。真っすぐにレナの目を見ている。
(リオ……?)
思ったより、リオの顔が近い。レナの胸が一瞬ドキンとしたその時、リオは手を離した。
すると、けがをしたリオの腕が目に入った。
「あっ⁉︎」
レナは慌てて体を起こす。
「そのけが、私が――ごめんなさい」
「いや、いいんだ。大丈夫」
「待って、まだ血が止まってない」
レナは服の裾を裂くと、リオの腕を縛った。リオの横顔が近く感じて、少し緊張する。
「ありがとう……」
リオがそう言った時、間近で艶のある黒い瞳と目が合った。
レナは思わず視線を逸らしてしまった。
(やだ……なんか私、ドキドキしちゃう……)
その後、二人は大きな木に並んでもたれていた。
すると、リオがまた謝った。
「ごめん、俺のせいで……仲間を裏切るようなことをさせてしまって」
レナは首を横に振った。
「いいの……今のままじゃ、村にとどまることはできなかったし。みんなの無事がわかったから良かった」
レナが続けた。
「それより、何も無くなっちゃったね。荷物も馬も……」
空が明るくなり、二人はとりあえず王宮に向かって歩き出すことにした。
しかし、すぐに驚きの光景に出くわした。木に、二頭の馬がつながれていたのだ。
「えっ⁉︎ まさか!」
慌てて駆け寄り確認すると、それは二人の乗ってきた馬だった。それだけでなく、二人の荷物もくくりつけられている。
「リオ! これって――」
「旅を……認めてくれたってことかな?」
「そうだね、きっとそうだよ!」
二人の顔が自然と明るくなった。
(ムル様、みんな……ありがとう!)
レナは、みんなに心から感謝した。
リオも、この展開に改めて感服していた。自分が無事なのは、レナが村のみんなから信頼されているからに他ならなかった。
こうして二人は、無事に旅を再開したのだった。
しばらく進むと、二人は大きな町に着いた。そして、祈願のために神殿に立ち寄ることにした。
リオは、とても長いこと神に祈りをささげていた。
神殿を後にしながら、レナは面白半分に聞いた。
「随分長かったね。何をそんなに祈ったの?」
すると、リオは少し笑って答えた。
「いろいろさ」
レナは、こんなリオの表情を初めて見た気がした。
奇麗な黒髪に黒い瞳――落ち着いた雰囲気でわからなかったけれど、もしかしたら年はそんなに離れていないかもしれない。
(リオって、あんな優しそうな顔で笑うんだ……)
レナは胸がキュンとして、そんな自分にちょっと動揺してしまう。首をぶんぶんと横に振ると、前を向いて髪を耳にかけた。
そして、自分に心境の変化が起こっているのを感じていた。
エスプラタ国とアサニス国は、ずっと昔から戦ってきた。アサニス国を倒すことがエスプラタ人の誇りであり、それが当たり前だと思っていた。
レナはリオに聞いた。
「アサニス国の兵士は、リオみたいな人ばかりなのかしら?」
リオがレナの方を見る。
「一人ひとりに、みんな家族や仲間がいて、私の村と変わらない暮らしがある……そんなふうに考えたら、私は戦えなくなってしまうかもしれない」
(戦えない兵士だなんて……)
するとリオが言った。
「俺は……戦うことしか知らないが、戦争は嫌いだ」
その言葉にぼうぜんとするレナ。
「それじゃあ、リオはなんのために兵士になったの⁉︎」
「俺は兵士じゃない」
リオは、はっきりと答えた。