第45話 宴のあと
宴も終わり、ムルの家もすっかり静かになった。
部屋に残っているのは、ムルとレナとリオの三人だけだ。
「驚いたでしょう?」
ムルがリオに話しかける。
「レナのような娘が、兵士などと……」
その質問に、リオはほほ笑んで答えた。
「はい。とても強いので驚きました」
ムルもほほ笑んだ。
「そうなのです。レナは強い兵士であり……私の自慢の娘です」
レナはその言葉に、驚いてムルを見た。
(ムル様……)
そんなことを言われたのは、初めてだった。そんな風に思ってくれていたのだと同じ絆を感じ、心がじんわりと温かくなった。
リオに強いと言われたのも、嬉しかった。
それからレナとリオは、今までの経緯をムルに伝えた。
ムルはまず、レナを安心させた。
「ウルネス王は無事だ」
それを聞いた時、レナは本当にあんどの表情を見せた。
「ああ……よかった、ウルネス様……!」
そして、込み上げてくる涙を拭った。
(今日はダメだな……涙腺が緩みっぱなしだ)
「しかし、王宮は変わり果ててしまった……」
ムルが険しい表情になったので、レナとリオも真剣な顔になる。
「ウルネス王をはじめ、人々は別の都に移り、今はただの魔物の巣窟だ」
「あの王宮が、そんなことに……」
レナは、栄華を誇った王宮の景色を思い出し、胸が締め付けられた。
リオも、静かに話を聞いている。
(王宮を手放す事態になったのか……エスプラタ国は、かつてない混乱に陥っている……)
もしエスプラタの国力が低下すれば、それはアサニス国にとって有益なことだが、放たれた魔物に国境など関係ないのだ。
「それにしても、なぜレナが魔物に狙われるのだ⁉︎」
ムルが、信じられないといった表情で言った。
それにはリオが答える。
「それには、何か秘密があると思っています」
「秘密か……」
ムルもつぶやいた。
「はい、私はその答えを知りたい。そしてなぜ、魔物が解放されてしまったのかを調べたいのです」
リオが少し強い口調で訴えかけ、ムルも考え込む。
「しかし、レナは孤児だったからな……過去のことは一切わからぬ」
レナも同調した。
「私には、この村で育った記憶が全てです」
ここで、ムルは少し声を落とした。
「これは大きな声では言えぬが……魔物を解放したのは、セラ王妃だとうわさされているのだ」
「セラ王妃が⁉︎」
レナは目を丸くして叫んだ。
リオも思わず声を上げそうになる。
(エスプラタ国の王妃が⁉︎)
ムルが続けた。
「セラ王妃が、神聖な力を持った大司教であるのは周知の事実だ。しかし、魔物に心を支配されてしまったと……」
ムルの説明に、レナは動揺が隠せなかった。
(リオが話していた、解放術を行ったのは……セラ王妃⁉︎)
リオも慎重に質問する。
「王妃ともあろうお方が、どうして……⁉︎」
ムルは首を横に振った。
「それは誰にもわからぬ……セラ王妃に一体何があったのか……」
リオが質問を続けた。
「もし、セラ王妃が魔物を解放したのだとしたら、レナとの間に何か関係があったということですか?」
「レナは、ウルネス王に気に入られて王宮に入ったからな」
(……えっ?)
リオは、ムルがさらっと話したので、一瞬理解できなかった。
(それは……もしかして……?)
レナは、恥ずかしくなり下を向いた。なぜかリオに知られたくなかった。
リオは、レナが兵士として王宮にいたのだとばかり思っていたので面食らった。レナという人物は、本当に想像をこえてくる。
(それにしては……なんというか……自分の知ってるイメージと違うな……)
リオが思っていることを見透かすように、ムルが耳打ちする。
「まあ、あれで……なぜか気に入られたのだ」
「そ、そうですか……」
リオも、そう言うしかなかった。
「二人の関係性に秘密があるとすれぱ、シンプルに嫉妬ということか……」
ムルの推測に、リオは驚いた様子で聞き返した。
「嫉妬ですか?」
すると、ムルは大真面目にリオを諭した。
「リオ、これだけは覚えておくといい。女の嫉妬とは、本当に恐ろしいものなのだ」
「……はい」
リオは、いまひとつピンとこなかったが、素直に受け止めることにした。
レナが二人に訴える。
「セラ王妃が、私のような者を気に留めるはずがありません!」
これには、ムルも同意する。
「まあ確かに、セラ王妃の嫉妬深さは有名だったが、それも昔の話。魔物を解放する理由になるとは思えぬな」
「セラ王妃は、今どこにいるのでしょうか?」
「さあ、わからぬ……魔物解放のあと、行方不明になっている」
リオの質問にムルが答えたところで、部屋は静寂に包まれてしまった。結局のところ、何もわからないのだ。
リオは、質問を変えた。
「ムル様、レナとともに旅をしたいと言ったら、お許しいただけますか?」
「なぜ、私に聞くのだ?」
ムルが聞き返したので、リオは丁寧に答える。
「あなたの大切な娘です」
リオは続けた。
「旅はとても危険です。しかし私は、どうしても真実を突き止めたいのです!」
リオの声には、決意のような力強さがあった。
ムルには、リオがとても好青年に映った。
(落ち着いた、奇麗な目をしている……)
だから、心苦しかった――。