第42話 出発
レナは満面の笑みで、リオの手を握りブンブンと振り回していた。
リオは、次第に違和感を感じ始める。
(……ん?)
なぜかレナは、握手の手を離してくれない。そしてまだ、ニコニコと笑っている。
「むふふふふ……」
レナの変な笑い方に、ちょっと怖くなるリオ。
するとレナは目を輝かせ、声を弾ませた。
「リオ! あなたって、すごく強いのね! あの魔物を一瞬で倒すなんて!」
完全に尊敬のまなざしだった。
「えっ?」
レナの言葉に、戸惑うリオ。
「こんなに強いってことは、もしかして、メルブ将軍かアトス将軍の部隊にいたのかしら⁉︎」
レナは、まだ瞳をキラキラさせ興奮気味に続けた。
「それなら私たち、どこかで会っていたかも!」
リオは、ドキッとした。
(そう……一つ大きな問題がある)
心の中でつぶやいた。
(俺たちは、敵国同士の人間――しかも彼女は、エスプラタ国の兵士だ)
レナは、そんなことには全く気づいていない様子で、独り言を言っている。
「あっ、それなら魔物解放のことは、知ってるはずか……」
リオは、レナを見て思った。
(この様子だと、彼女は自分が今、アサニス国にいることに気づいていない。逃げているうちに、国境をこえてしまったんだろう)
リオは考えを巡らせた。
レナが、ここアサニスの地で、エスプラタ国の兵士だとバレるのは厄介だった。早々に、エスプラタ国に入るのが賢明だ。
(そうすると、今度は俺がアサニス国の人間だとバレるのがまずい……)
リオは、その場を取り繕った。
「俺は、なんていうか……説明が難しいんだけど……部隊には所属していないんだ」
うそではない。
「えぇ⁉︎ そうなの⁉︎ なんで⁉︎ あんなに強いのに⁉︎」
レナは、まだ無邪気に質問してくる。
「じゃあ、リオって一体何者なの⁉︎」
(うぅ……なんかこの感じ……どうしたらいいんだ⁉︎)
リオは、慌てて話を逸らした。
「まぁまぁ、俺のことはいいから! 今日はもう休んで! 明日は早めに出発しよう!」
それを聞いたレナは、いいように勘違いした。
(強いのに謙遜! 一番かっこいいやつだ!)
そそくさと部屋を出ようとするリオを、レナが呼び止めた。
「あっ、リオ」
振り向くリオに、レナは素直に感謝を伝えた。
「私の話を、信じてくれてありがとう」
すると、リオは少し驚いたような表情を見せた。
「おやすみなさい」
レナがそう言うと、今度は少し穏やかな表情になって返事をした。
「……おやすみ」
***
次の日、レナの馬を手に入れた二人は街を出発した。
穏やかな、いい天気だった。
アサニス国とエスプラタ国の国境にある、この森林地帯を抜ければ、エスプラタ国に入るのは簡単そうだった。
リオは、馬に揺られながらつぶやく。
「さてと、まずはどこへ向かうか……?」
今後のことを、考えなければならない。
すると、レナが提案してきた。
「それなら、私の村に行くのはどう?」
「レナの村?」
「王宮の様子を、ムル様に教えてもらえるわ!」
それからレナは、寂しそうな表情になった。
「本当は村に戻りたかったんだけど、魔物を引き連れて行くわけにいかないし……」
それを聞いて、リオは気の毒に思った。
(そうか……自分の家にも帰れなかったのか)
「じゃあ、そうしよう」
リオがそう言うと、レナは嬉しそうな笑顔を見せた。
「ありがとう!」
そしてレナは空を見上げて、村のみんなに思いを馳せた。
(ムル様……ルカス……みんなに会える! みんな無事かな? 無事だよね⁉︎)
一方、リオは内心不安だった。
(兵士の村か……大丈夫かな?)
そして、ふと疑問に思った。
「レナは、どうして兵士になったの?」
「えっ?」
「だって、すごく珍しいと思って……」
リオの質問に、レナは髪を耳にかけながら答えた。
「私、捨て子だったの」
そして話を続けた。
「けがをして、瀕死の赤ん坊だった私を、ムル様が助けてくれたの。そして、娘のように育ててもらった……。兵士の村だったし、少しでもムル様の役に立ちたくて兵士になったの」
レナは、そう言ってほほ笑んだ。
「そうだったんだ……」
リオは、もう一つ質問する。
「それじゃあ、訓練をして暗闇で目が見えるようになったの?」
その質問には、困った表情になるレナ。
「それは……生まれつきっていうか、自分でも分からないけど……見えるの」
「そうなんだ」
(普通に考えたら、すごい能力だよなあ)
そこでリオはひらめく。
(そうか! その能力を買われて王宮にいたのか。やはり彼女は、ただの兵士ではない……?)
しかし、レナの話題はもう変わっていた。
「そんなことより、ムル様は料理人顔負けの腕前なのよ! ああ、ムル様の作ったご飯が食べたいなあ!」
レナのうっとりした表情を見て、リオは冷静になった。
(いや……ないな。能力の話より、食べ物の話の方が真剣だもんな……)
そして、レナの言う『ムル様』というのは、リオにとって要注意人物だろうと思った。
その時、二人は前方の異変に気が付く。
「あれは――⁉︎」
道端に何かが落ちていた。
のどかな空気が一変する。
それは、壊れた荷馬車と死体だった。