第41話 相棒
リオは、レナという不思議な娘を、心から面白いと思ってしまった。
魔物から命を狙われる人間なんて、聞いたことがない。一体どんな理由があるのか、リオには見当もつかなかった。
しかし今のレナを見れば、彼女の話を信じることができた。あの魔物では、とてもレナを捕まえることなどできない――彼女は、まるで空気をつかむようにすり抜けてまうのだから。
レナのおかげで、リオは魔物の全体像を把握することができた。
これは、自分も本気を出すしかない。
リオは剣を持つ手に力を込めた。すると一瞬にして、炎のようなオーラがリオの全身を包んだ。
一方レナは、想像をこえる魔物の大きさにショックを受けていた。
「うう……こんなに大きかったなんて!」
(あんな小さいところを切りつけようとしてたなんて……恥ずかしい!)
「もう、変な形してっ」
レナはどさくさに紛れて、たいまつで魔物をたたいた。
その時、背後でリオの声がした。
「レナ、魔物から離れて!」
「えっ⁉︎」
振り向くと、剣を構えたリオがすぐそばにいたので驚いた。しかも目の錯覚なのか、リオの握る剣は光を放っているように見える。
(えっ⁉︎)
そのまま、リオとすれ違った。
そしてレナは、リオを目で追いながら信じられないものを目撃する。リオの剣が魔物に触れた瞬間、その接点から炎が噴き出したのだ。
「なっ――⁉︎」
レナは小さく叫んだ。
そして、リオの剣は火の粉を放ちながら、いとも簡単に魔物の体を切り裂いていく。
魔物は叫び声をあげながら、体をのけ反らせた。そして魔物は、はっと驚く。
『こっ、この剣は⁉︎ まさか――⁉︎』
次の瞬間、傷口が赤く光り膨張すると、まるで爆発するように吹き飛んだのだ。
レナは叫び声を上げた。
「はああああ⁉︎」
リオは続けて十字を切るように、さらに斜めにと魔物を切り付けた。魔物の体は刻まれ、見るも無残な肉片になっていく。
レナが着地した場所にも、魔物の肉片が飛び散ってきた。
その光景は、だいぶグロテスクで恐ろしいはずだったが、レナは恐怖を感じるのも忘れるくらいに驚いていた。
(――――⁉︎)
自分の目が信じられない。それくらいリオ攻撃は、あり得ないものだった。
あの巨大な魔物が、あっという間に倒されてしまったのだ。
そしてレナの見つめる先には、全身に魔物の返り血を浴びたリオが静かにたたずんでいた。その恐ろしい姿からは考えられないほど、冷静な表情をしている。
「ちょっ――……」
本当に言葉が見つからない。
すると、リオがレナに気がつき、慌てて駆け寄ってきた。
「ごめん! つい力が入ってしまって……大丈夫?」
リオの口調はあまりにも普通すぎて、それがまたレナを混乱させた。
(こっ、この人なんなの⁉︎ 本当に人間なの⁉︎ すごすぎるんだけど!)
レナは放心状態のまま、リオに言った。
「あの……強すぎるんですけど……」
結局、言葉はこれしか出てこなかった。
すると、リオは少しほほ笑んで言った。
「信じるよ」
「えっ?」
われに返るレナ。
リオは、もう一度繰り返した。
「君の話を、信じるよ」
***
その後、二人は宿に戻った。もう一度、体を洗い直す羽目になってしまったからだ。
宿に被害はなく、そのまま体を休めることにしたが、二人ともとても眠れそうになかった。
しばらくして、リオがレナの部屋を訪ねてきた。そして、レナに同行したいと言ってきたのだ。
レナは驚いた。そんな奇特な人間が、この世にいるとは。
「お互い調べたいことが一緒なんだったら、協力した方がいいんじゃないかな」
リオの言葉はとても魅力的だったが、躊躇する気持ちもあった。
「それは、願ってもないことだけど……何て言うか、すごく危険だし……」
(それに私、ただ逃げてただけで、調べていたわけでは……)
すると、リオが言った。
「まあ、ここで別れても、また会うことになると思うし」
(確かにそうか……ある意味、私は魔物に追われていて、彼は魔物を追っているんだから)
そこは、レナも同感だった。
しかも彼は、とてつもなく強い。
もはや人間離れした力だったが、今のレナにはどんな事も、もう不思議には思わなかった。あるいは、リオのすごいのに至って普通な様子が、レナにすんなり受け入れさせてしまったのかもしれない。
ともかく、今まで自分の状況を誰かに伝えたり、相談したりできるなんて思ってもみなかった。それどころか、協力してくれると言うのだ。
なんなら、もう二度も助けてもらっている。
(今までは逃げるだけで精一杯だったけど、彼の協力があれば何とかなるかもしれない!)
レナは、急に視界が開けた気がした。
「もちろん、協力してもらえたら嬉しいけど……でも、本当にいいの? 私と一緒にいたら、本当に命の保証とかないよ?」
レナが念を押すと、リオはうなずいた。
そして、リオは手を差し出してきた。
「よろしく、レナ」
レナは、本当に嬉しい気持ちで心がいっぱいになった。
「よろしく、リオ!」
自然に笑顔になると、しっかりとリオの手を握り返した。
こうして二人は、一緒に旅をする相棒になったのだった。