第40話 倒そう
夜の街に、叫び声が響いた。
それは突然だったが、レナとリオの耳にもはっきりと聞こえた。部屋の空気が一変する。
「何……今の……?」
二人は魔物が出たのではないかと思い、慌てて窓の外を見る。
リオは目を凝らしたが、外は暗くて何も見えなかった。
その時、レナが声を震わせながら言った。
「どうしよう……いる!」
「えっ⁉︎」
驚くリオ。
「いる! 左の建物の奥に見える!」
レナが叫んだ。
(見えるのか⁉︎)
リオには信じられなかった。
「でも小さい! あれならすぐに倒せそう!」
そう言いながら、レナは素早く髪を結ぶと部屋を飛び出して行った。
「あっ、えっ⁉︎」
見つけたから倒しに行くという行動も、信じられなかった。
外はまだ静かだった。しかし先ほどの叫び声により、人々は息を潜め、緊迫した空気が張り詰めているようにも感じられた。
レナは魔物めがけて走る。
(こんな街中で!)
無意識に歯ぎしりをしていた。
建物の陰から、魔物の頭のようなものが出ているのが確認できた。そのまま一気に切り落とそうとした時だった。
「えっ⁉︎」
ギリギリのところで攻撃を止め、隠れるように壁に張り付いた。
(何……こいつ⁉︎)
レナが見ていたのは、魔物の先端のほんの一部だった。
全身から血の気が引くのを感じる。その奥には、魔物の胴体がずっとつながっていた。
(大きすぎる――!)
魔物は、レナの想像をはるかにこえる大きさだったのだ。
その時、リオがたいまつを持ってレナに追いついた。そして、魔物が彼女の名前を呼ぶ瞬間を目撃した。
『ククク……おまえ……レナだな』
レナの頭上で声がする。
「⁉︎」
レナが見上げると、屋根の上から魔物がのぞき込んでいた。
『自ら現れるとは……愚かな……ククク』
「くっ――!」
魔物の挑発的な言葉に、レナは怒りが込み上げた。
一方、リオは驚愕していた。
(魔物が彼女の名前を呼ぶのは、二度目だ!)
レナの話は、本当だったのだ。
次の瞬間、レナの張り付いていた壁が内側から破壊された。
「なっ⁉︎」
魔物が壁ごとレナを攻撃したのだ。凄まじい破壊力に、レナは簡単に吹き飛ばされてしまった。
リオは慌てて駆け寄る。
「レナ! 大丈夫か⁉︎」
「私は平気よ!」
しかし、レナはすぐに起き上がり、ぴんぴんしている。今の攻撃で死んでいてもおかしくなかった。
(どうなっているんだ⁉︎ あの攻撃をかわしたのか⁉︎)
リオには、全てが信じられない思いだった。
そして夜の街は一気にパニックになった。魔物の突然の出現に、人々の悲鳴があちこちから聞こえてきた。
するとレナが、動揺した様子で言った。
「こんな大騒ぎに! どうしよう……街の人に危害が……!」
そして、思いがけないことを言った。
「私のせいだ!」
「えっ⁉︎」
リオは思わずレナを見る。
「きっと、森にもう一匹いたんだ! 私が森から連れてきてしまった!」
リオは、レナがそんな風に考えるのは大げさだと思った。しかし、レナの鬼気迫る表情を見た時、言葉を飲み込んだ。
その表情から、レナが少なくとも自分のせいだと本気で思っているのがわかった。
レナは、自分が置かれている状況を思い知らされた。
(ほかの人に迷惑をかけてしまう! やっぱり、私はこんな場所にいてはいけないんだ!)
しかしそれにしても、ふかふかのベッドが名残惜しかった。
(おのれ……魔物め!)
レナは、それはそれは恐ろしい顔で魔物をにらんだ。
その時リオが言った。
「いや、倒そう」
「えっ?」
リオの言葉にレナは驚いた。そんな選択肢は思いつかなかった。
「倒す……? これを? こんな大きな魔物を……?」
今まで、逃げることしか考えてこなかった。
「そんなこと……できるの⁉︎」
レナの質問に、リオは至って冷静だった。
「どうかな……まあ、だいぶでかいが、むしろ問題はこの暗闇だな」
「暗闇……」
リオは続けた。
「こいつがどんな形かわからない。もっと全体を把握できれば……」
(どこから攻撃されるかわからないと、厳しいか?)
リオが考えていたその時、レナの腕がリオの目の前に現れた。
「リオ、危ない」
「えっ?」
「魔物がこっちを見てる! 私の後ろに!」
レナは両腕を真横に広げ、リオをかばうように前に出た。
リオはその姿に、心が揺さぶられた。華奢で小柄な娘が、自分を魔物から守ろうとしている――。
すると、レナが振り向いた。
「それならいい作戦がある! そのたいまつを私に貸して」
「……?」
リオがたいまつを手渡すと、レナが言った。
「私があの魔物の全体を照らすから、あなたが倒して!」
「えっ⁉︎」
そう言うと、レナはまた魔物に向かって走り出した。
レナは魔物の攻撃をかい潜り、信じられない身軽さで魔物の周りを動き回る。そしてたいまつの火で、魔物全体を照らし出していく。
リオは、再びレナの動きを目の当たりにして驚愕していた。
(なぜだ? なぜ暗闇の中でこんなに動けるんだ⁉︎)
彼女の話を、信じざるを得ない。
(彼女は本当のことを言っている……彼女の戦いは本物だ!)
「すごいな……!」
リオの口から、思わず言葉が漏れた。そして、なぜかリオは、晴ればれとした表情をしていた。
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