第4話 護衛
レナは、目の前に立っている国王のオーラに圧倒された。しかも思ったよりその姿が近く、緊張から心拍数がどんどん上がっていく。
(す、すごい! こんなに近くでお目にかかれるなんて!)
レナは慌てて頭を下げた。
ところが、ウルネス王の様子がなんだかおかしい。片手で顔を覆うと、下を向いてしまったのだ。そして、どういうわけか大声で笑い出した。
(笑われた――⁉︎)
レナは意味がわからず、ポカンとしてしまった。周囲の人々も、あっけに取られた表情をしている。
「ふふふ……気に入ったぞ、小娘。名前は?」
ウルネス王は、笑いながら質問してきた。
「レナです!」
レナはひれ伏すようにして答えた。
「レナ、今日から私の護衛につけ」
ウルネス王からの突然の命令だった――。
(……え?)
床を見つめたまま、固まるレナ。
「いいな」
ウルネス王の威厳のある声に、レナはさらにひれ伏して返事をした。
「はっ、はい!」
反射的に返事をしたものの、突然のことで完全に頭の中は真っ白だった。
観衆の中には、その様子を見つめるムルの姿があった。
そして、もう一人――レナの顔を見て驚いている人物がいた。
それはセラ王妃だった。
両手を胸の前で握りしめ、その表情は青ざめていた。
(似ている!)
レナを見て、誰よりも驚いたのはセラ王妃だったのかもしれない。彼女は胸の奥底から黒い闇がザワザワと込み上げてくるのを感じ、ぎゅっと目を閉じた。
(まさか――⁉︎)
そして、むりやり深呼吸をしながら自分に言い聞かせた。
(いや、そんなはずはない……)
セラ王妃はすぐに気分が悪いと訴えた。そして大騒ぎする侍女たちに囲まれて、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
***
王宮の正門では、ムルとレナが向かい合って立っていた。レナはまだ動揺している。
「ムル様、私はこれから一体どうすれば⁉︎」
レナにすがるような目で質問され、ムルは言葉に詰まった。能力を知られることで、レナがどのような扱いを受けるか心配だった。何よりも、娘も同然のレナが自分の元を離れることが寂しかった。
しかし、その日はいつか来るのだ――。
ムルはそっとレナの肩に手を置いた。
「国王に仕えるなんて、これほど名誉なことはない。私も鼻が高いよ」
そしてレナの奇麗な青い瞳を見つめて、優しくほほ笑んだ。
「しっかり国王にお仕えするのだ」
「ムル様……」
まだ不安げな表情ではあったが、ムルに諭すように言われたレナは覚悟を決めたように肯いた。
「はい」
それからレナは、去ってゆくムルの後ろ姿をいつまでも見送っていた。今日からもう村に帰らないのかと思うと、急に寂しくなった。
その時、風が吹いて髪がふわりと頬にかかる。レナはその髪をゆっくりと耳にかけた。
***
レナは、ウルネス王の部屋の前に立っていた。そして入口の警備兵二人が、レナを見下ろしている。
「ウルネス様も好きだなあ。今日は少年兵か?」
「バカよく見ろ。一応女だ」
「へっ? あ、本当だ」
レナには警備兵たちの会話の意味がよくわからなかったが、扉が開き中へ進むように言われる。
「わあ……!」
中へ入ったレナは小さく叫んだ。部屋はとても広く豪華で、すべてが輝きを放っていた。レナはあっけに取られながら進む。
中央にはこれまた豪華なベッドがあり、お酒を飲みながらくつろいでいるウルネス王の姿が見えた。広間で見た時よりもさらに近い国王の姿に、心臓がドキンと鳴った。レナは慌てて膝をつき、頭を下げた。
「国王、お呼びでしょうか?」
その声に気がついたウルネス王が手招きをした。
「こっちへ来い」
「はいっ」
レナは緊張しながらウルネス王のそばに近寄った。
すると、唐突に手首をつかまれた。
「え?」
一瞬時が止まる。
そのまま手首を引っ張られたので、レナはウルネス王のそばに座り込むように倒れてしまった。すぐ目の前にはウルネス王の顔があった。
(きゃあああ! 国王のお顔がこんな近くに!)
突然のことに、レナは顔が真っ赤になり息が止まりそうになった。
ウルネス王は、まじまじとレナの顔を見つめながらつぶやいた。
「信じられん……本当によく似ている」
そしてほほ笑むと、手に持っていたワイングラスの酒を口に含んだ。それからレナに顔を近づけると――なんとキスをしてきたのだ。
「んんんっ⁉︎」
レナは驚いて目を見開いた。次の瞬間、喉の奥に酒が流れ込んできた。喉がカッと熱くなり、レナは思わずせき込んだ。
「どうした、酒も飲んだことがないのか?」
ウルネス王の楽しそうな声が聞こえたかと思うと、レナは仰向けに押し倒されてしまった。
(えええ⁉︎)
ありえない展開とお酒で、レナは頭がクラクラした。抵抗しようにも、手首をつかむウルネス王の力になすすべもなかった。
「なんと非力な……本当にこれが先ほど剣を握っていた腕なのか?」
ウルネス王はレナに興味津々の様子だ。
しかし、レナの方はもう頭が真っ白だった。
(一体何がどうなってるの⁉︎)
レナは心の中で叫んでいた。