第37話 出会い2
レナは、かたずをのんで見守っていた。
彼の姿は、完全に魔物の手の下敷きになっている。
とても助からないと思った次の瞬間、彼を押し潰している魔物の腕を、光のようなものがひび割れのように走った。
(えっ⁉︎)
レナは目を見開いた。
それから魔物の腕が脈を打ったように膨張し、腕の付け根が盛り上がった。すると、まるで木の幹が引き裂かれるような音とともに、魔物の腕が吹き飛んだのだ。
「なっ――⁉︎」
レナには、何が起こったのかわからなかった。
『ギャアアアアァァ!』
魔物が叫び声を上げる。
次の瞬間、彼は剣を振りかざし魔物の頭上にいた。
(いつの間に、あの高さまで飛んだの⁉︎)
レナには、彼が一瞬止まっているように見えた。彼の腕の隙間から、魔物を見下ろす無機質な表情が見える。レナには、その表情がやけに印象に残った。
そして彼は、そのまま一気に魔物の首を切り落としたのだ。
レナは思わず声を上げた。
「ええっ⁉︎」
(たった一振りで、あの魔物の首を切り落とした⁉︎)
魔物の体は、そのまま崩れるように倒れ、驚愕するレナの前に首が転がってきた。
レナは驚きの余り、一瞬息が止まる。
(えええぇぇ⁉︎)
しかし頭の中では、自分の叫び声が響いていた。
それから、辺りは静まり返った。
レナは、ただぼうぜんと魔物を見つめるしかなかった。
(今のは……なんなの⁉︎)
しかも、魔物はピクリとも動かない。
(動かない……まさか死んだの⁉︎)
信じられなかった。
(うそでしょ⁉︎ この魔物、不死じゃないの⁉︎)
レナは慌てて彼の方を見た。
(この魔物を、こんなに簡単に倒すことができるなんて⁉︎)
彼は顔色ひとつ変えずに、静かに立っていた。とても、魔物を倒したばかりの落ち着き方ではない。
しかし、剣先からは魔物の血が滴っていた。
(この人……一体何者なの⁉︎)
突然目の前でこんなものを見せられて、レナは警戒心をあらわにした。
「…………」
剣を構えたまま、険しい表情で彼をじっとにらみつける。彼もまた、じっとレナを見ている。
そのまま沈黙の時間が流れた。
二人とも、突然の展開に言葉が見つからなかった。
すると彼は、剣をしまうと両手を軽く上げて戦う気はないと意思表示してきた。
「…………」
レナも、とりあえず剣を下ろす。
まず、質問をしてきたのは彼だった。
「レナって……君の名前?」
「えっ?」
「さっき、魔物がそう言っていたから……」
「ああ……ええ、そうよ」
レナはうなずいた。
(なんとなく、普通そう……)
彼の声がとても穏やかだったのと、質問が普通だったので、少しほっとする。レナも、やっと剣をしまうと言った。
「あの……ありがとう」
「えっ?」
突然お礼を言われて、彼は驚いた様子だった。
「あの魔物には、もう三日も追い回されてたから、本当に助かったわ」
「三日も……追い回されて……?」
しかし、理由の意味はわからないようだった。
すると彼は、少し考えてからもっと基本的な質問をしてきた。
「君は、どうしてこの森に? 魔物が出るのに……」
今度はレナが少し考え込む。
「それって……逆かも」
そして、ちょっと困ったような、ほほ笑んだような表情で答えた。
「私がこの森にいたから、魔物が現れたの」
これも、彼には通じなかった。当然だと思ったが、説明が難しかった。
「私、王宮からずっと、魔物に追われて逃げてるの」
理解してもらえるかわからなかったが、そのまま事実を伝えた。
「王宮……?」
すると彼は、ハッとした表情になり叫んだ。
「君は、エスプラタ国の王宮から来たの⁉︎」
***
日が傾き始め、森の中も薄暗くなってきていた。
リオの馬が、小さくいななく。
今、二人は向かい合って座っていた。
「――――!」
そして、リオは絶句していた。
エスプラタ国の神殿に封印されていた魔物が、解放された事実を聞いたからだ。
これがどれ程の事態かわかるからこそ、リオは激しく動揺していた。
(そんな……なんてことだ!)
強張った表情のまま、なんとか声を絞り出す。
「一体……何があったんだ……⁉︎」
レナは目を伏せ、首を横に振った。
「わからない……魔物は、本当に突然現れたの」
リオは沈黙している。
「…………」
そんなはずはないことを、リオは知っていた。
レナは話を続ける。
「私たちは、必死に戦ったけど……魔物はどんどん覚醒していって……」
あの時の恐怖がよみがえり、体が震え出す。
「王宮は、魔物であふれて――!」
レナは目をぎゅっとつぶると、手で顔を覆った。
「私は、一人で王宮から逃げてしまったから、そのあとのことはわからなくて……」
顔を伏せたまま、独り言のように言った。
「今、王宮はどうなっているのか……せめてウルネス様たちが、ご無事なのかだけでも知りたい……」
その声はとても小さく、震えていた。
リオはレナの話を聞きながら、全身から血の気が引くのを感じた。
(そんな……! これは、最悪の事態だ!)
寒気を感じるくらいなのに、嫌な汗が全身にまとわりつく。
居ても立っても居られない気持ちだった。
(早く、レオナルド王に報告しなくては――!)