第36話 出会い1
リオは、次の村にたどり着いた。
店に入り食事をしていると、店の主人が客と話しているのが聞こえてきた。
「悪いことは言わないから、西の森は絶対に通らない方がいいですよ」
客が聞き返す。
「どうしてだい?」
主人は、眉をひそめて答えた。
「魔物が出るって、もっぱらのうわさですよ」
「そのうわさ、俺も聞いたよ!」
隣に座っていた客が、話に入ってきた。
「三日前から隣の家の息子が行方不明で、西の森で魔物に食われちまったんじゃねえかって、大騒ぎだぜ」
思わず聞き耳を立てるリオ。
他の客たちも、興味津々で話に入ってくる。
「最近この辺でも、魔物のうわさを聞くようになったな」
「まったく、おっかねえ話だよ」
リオは、黙って聞いている。
「エスプラタ国は、大変なことになってるらしいな」
「この辺の商人は、エスプラタ国と商売してるやつも多いが、商売上がったりだってよ」
「入国するのも、一苦労らしいぜ」
店の主人が、最後につぶやくように言った。
「今じゃ誰も、エスプラタ国になんか行きたがらないですよ……」
リオは店を出るとつぶやいた。
「西の森か……」
そして馬にまたがると、真っすぐに西の森に向かった。
森は静かで美しかった。
リオは、木漏れ日の中を馬で進んだ。こんなに明るく奇麗な森に、残虐な魔物の姿など、おおよそ似つかわしくない。
魔物の調査の旅だが、魔物なんて本当に存在してほしくなかった。
リオは、目の前の山を見上げた。
(あの山の向こうは、もうエスプラタ国か……)
その時、森がひらけて河原に出た。
すると、ゴツゴツした岩場に人が立っているのが見えた。
「えっ⁉︎」
人の気配は全くなかったので、リオは驚いた。
後ろ姿は、兵士のような格好に見える。
(兵士か?)
それにしては、小柄で華奢だった。その時、その兵士が振り向いた。
リオは、その顔を見てさらに驚いた。
(娘――⁉︎ なぜこんなところに⁉︎)
その兵士の格好をした娘も、驚いた様子でスッと剣に手を添えた。
「⁉︎」
リオも反射的に身構える。
二人の間に緊張が走り、お互い無言のまま見つめ合った。
その時、ちょうど二人の間に、石がコロコロと落ちてきた。
「はっ⁉︎」
二人とも、驚いて上を見上げた。すると魔物が、崖の上から二人を見下ろしていた。
(魔物⁉︎ やはりこの森にいたのか!)
リオは眉をひそめた。
魔物は、まるで巨大なトカゲのようで、口からチロチロと舌を出している。
『ククク……』
「⁉︎」
リオは、魔物が笑ったのを聞き逃さなかった。
『見つけたぞ、レナ……』
魔物が言葉を発したのを聞いて、ゾワっと鳥肌が立った。
(しゃべった⁉︎ 知能がある! こいつ、不死か⁉︎)
リオが身構えた、その時だった。
「気安く人の名前を呼ぶな!」
娘が魔物に向かって叫んだのだ。
「え……?」
リオは思わず娘の方を見た。
娘は全くひるむ様子もなく、魔物をにらみつけている。それはリオからすると、ありえないことだった。
すると魔物は、岩を崩しながら二人の真上に降りてきた。リオが馬から飛び降りるのと、娘が飛び退くのは同時だった。
地響きを立てて魔物が着地すると、土煙が舞い上がった。近くで見るその巨体は、よりグロテスクだ。
リオが魔物に集中しようとした、その時だった。
「あなたは逃げた方がいいわ」
娘が剣を抜きながら、リオに向かって言った。
「え……?」
驚いて娘の方を見ると、娘もリオの方を見ていた。
「魔物の狙いは、私だから」
娘は、はっきりとそう言った。
リオは、驚いて目を見開いた。
次の瞬間、娘は魔物に向かって走り出していた。
「えっ⁉︎」
思いもよらない展開に、混乱するリオ。
娘は魔物の攻撃をひらりとかわし、足元に滑り込むと足を切りつけた。
『ギャアアァァ!』
魔物が叫んだ。
リオは、そのスピードに驚く。
「早い――!」
そして、娘はもう魔物の顔に移動していた。
『⁉︎』
魔物の瞳に、娘の構える姿が映っている。そのまま目を切り付けられ、再び叫び声を上げた。
『ギャアアァァ!』
リオは、驚くことしかできなかった。
(なんてスピードなんだ⁉︎)
魔物は目をおさえながら、うなり声を上げた。
『グググ……おのれ! レナ、殺す……!』
娘は剣を構え、魔物をにらみ返している。華奢な娘のように見えるが、剣を構えた雰囲気で、相当の手練れであることが分かった。
しかしリオには、何が何だか全く分からなかった。
(レナ……? レナとは、彼女の名前なのか⁉︎)
次々と疑問が沸き起こる。
(そもそも魔物と戦えるなんて、一体何者なんだ⁉︎)
その時、娘がリオに向かって叫んだ。
「危ない!」
「はっ⁉︎」
リオがわれに返ると、魔物の尻尾が飛んでくるところだった。とっさに上に飛び上がり、避けるリオ。
しかし、空中で無防備な状態になったリオに、魔物の手が襲い掛かった。
娘は、思わず声を上げた。
「ああっ⁉︎」
魔物の手の隙間から、彼が剣を抜くのが見えた。そしてなぜか、その表情はとても落ち着いているように見えた。
次の瞬間、リオはそのまま魔物の手に押し潰された。