第35話 旅
リオは、エスプラタ国に向かって旅をしていた。
村に着くと、そこで魔物の被害状況を調べた。うわさ話に尾ひれがついたような、信ぴょう性に欠ける内容も多かったが、確実に人々の話題のトップであった。
調査が終わると、また次の村へと旅を続けた。
道中のアサニス国は、平和に見えた。田舎道を馬で進めば、のどかな風景に癒やされる。
リオはそんな景色を眺めながら、この人間界に魔物が蔓延しているなど、うそであってほしいと思った。
そして、城を出発してから一週間がたち、五つ目の村にたどり着いた時だった。
村に着くなり、何か異様な雰囲気を感じた。村人たちが、やけに騒がしい。通りのあちこちに人が集まり、真剣な表情で何やら話をしている。
リオは、彼らから緊迫した空気を感じ取った。
「…………」
そして嫌な予感がした。
その時、リオの後ろを武器を持った男たちが走って行った。その中の一人が大声で叫ぶ。
「やつは、公会堂の建物に逃げ込んだぞ!」
リオが声のする方を見ると、村の男たちが集まって騒いでいた。
「ありったけの武器を用意しろ!」
「火も用意するんだ!」
そんな叫び声が聞こえてくる。
リオは険しい顔つきになった。
(まさか、魔物か⁉︎)
***
公会堂の周りには、人だかりができていた。
リオは馬を降りると、人だかりをかき分けて前へと進んでいった。
「あの中だ!」
「建物ごと、火にかけろ!」
人々から緊迫したやり取りが聞こえてくる。
その時、武器を持った男たちに夫婦がすがり付いた。
「待ってくれ! 子どもが捕まっているんだ!」
「何っ⁉︎ 本当か⁉︎」
男たちに動揺が走る。
「お願いだ! うちの子を助けてくれ!」
夫婦は懇願し、泣き崩れた。
周りの者たちは、唇をかみ締め悲痛な面持ちになった。魔物に捕まって助かるはずもない……。
しかし父親は、子どもの名前を叫びながら建物に近づこうとする。
「おい、危ない! 無理だ!」
周りが慌てて止めに入る。
その時、公会堂の入口付近の暗がりで闇が動いた。闇の正体は魔物だった。
「うわあぁ⁉︎」
どよめきが起こり、人々は一斉に後ずさりする。
しかしその中で、一人だけ動かない者がいた。リオだった。
必然的に村人たちの前に一人でたたずむ形になってしまった。
みんながリオに注目する。
「誰だ、あいつは?」
「見ない顔だぞ」
リオはさらに前に進んだので、みんな驚いた。
「お、おい……あんた! 危ないぞ!」
「そこには、魔物がいるんだ!」
周りの心配も気にせず、建物のすぐそばまで近づくリオ。
暗がりでうごめく塊は、間違いなく魔物だった。
(何てことだ――!)
リオは愕然する。こんなに早く魔物に出くわすとは、思っていなかった。
(もう、こんなところまで来ているなんて! それだけ蔓延しているということなのか⁉︎)
実際に魔物を目の当たりにして、リオの感情は激しく乱された。自分の心臓の鼓動が耳に響いてくる。
リオは深呼吸をした。
(しかし、こいつは雑魚だ。不死ではない……)
すると、魔物の隙間から子どもが見えた。
「はっ⁉︎」
リオは目を見開いた。
(子どもだ! 生きているのか⁉︎)
その時、子どもの目だけが動いて、おびえきった瞳をこちらに向けた。
(生きている――!)
それが分かった瞬間、リオは剣を抜いていた。
***
公会堂は、激しい炎に包まれていた。
その炎の前で、親子三人が抱き合って泣いている。
「あぁ、坊や! 良かった!」
「本当に良かった!」
魔物に捕まっていた子どもは、助かったのだ。
周りでは、武装した男たちが慌ただしく動き回っていた。
「建物は魔物もろとも、完全に燃やしてしまうんだ!」
「燃え尽きるまで油断するな!」
炎の中には、バラバラになった魔物の残骸があった。
長老が、集まっている村人たちに聞いた。
「彼は、もう行ってしまったのか?」
「ええ、多分。魔物のことを、いろいろ聞いていましたが、その後すぐに姿が見えなくなってしまいました」
「そうか……」
村人の返事に、長老はひげに手をあててつぶやいた。
すると、他の者も話に入ってきた。
「魔物の被害を調べるために、旅をしているとか言ってたな」
「彼は役人だったのかい?」
「いや、一人だったし……そんな雰囲気ではなかったな」
それから村人たちは、夫婦に抱きしめられ泣きじゃくる子どもを見つめた。
そして、誰ともなくつぶやいた。
「魔物に捕まったのに生きているなんて……奇跡だな」
その言葉に長老が続く。
「あの子どもだけじゃない。村を救ったと言ってもいい」
そして、燃え盛る公会堂の炎を見つめた。
「われわれだけでは、どれ程の犠牲者が出たことか……」
「全く、その通りですね」
村人たちも賛同する。
その内の一人が、少し声を落として言った。
「それを……彼は……」
その瞳には、先程目の当たりにした出来事への動揺が表れていた。その様子を見て、みんなが同じような表情になる。
「あの魔物を、あれ程簡単に倒してしまうなんて――!」
目撃した全員が、同じ思いだったに違いない。
(彼は、一体何者だったのか⁉︎)
その頃リオは、もう次の村へと旅立っていた。