第33話 戦い
レナは、ゆっくりと立ち上がった。
(私も……戦う……!)
力強く一歩を踏み出す。
ウルネス王の『戦え』という力強い言葉が、レナの動揺を吹き飛ばし、兵士としての本能に火をつけた。
その表情に、もう曇りはなかった。剣をしっかりと握り直すと、レナは戦いの中に飛び込んだ。
魔物はまだ動きが鈍く、レナからすれば止まっているようだった。
(問題は魔物の硬さか……)
以前、レナの剣では魔物に歯が立たなかったことを思い出す。しかし、そんな泣き言を言っている暇はなかった。やるしかないのだ。
レナは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。すると自分でも驚くほど、剣は魔物を深く切り裂いた。
「えっ⁉︎」
(何、この剣⁉︎ すごい!)
ウルネス王にもらった剣は、とんでもない切れ味だったのだ。
(これなら戦える!)
レナは手応えの中に希望を感じ、さらに気合いが入った。
「相手は不死の魔物だぞ! 死にたくなければ切り刻め!」
ウルネス王の言葉に鼓舞され、レナたちは何メートルもある魔物を、まさに死にもの狂いで切りまくった。
剣から伝わる感触は生々しく、これは現実なのだと思い知らされる。そして、切り刻まれてもうごめく魔物の姿に、身の毛がよだつ思いだった。
しかし、相手は不死の魔物だ。精鋭の兵士たちですら、簡単にやられる。
生きるか死ぬかの二択しかない極限の状況で、兵士としての本能だけが体を突き動かしていた。
『……つまらぬ』
どこからともなく、つぶやき声が聞こえる。
『なんと小さな光よ……』
声の主は、最初に現れた巨大な黒い塊だった。これは、北の都に現れ倒された、あの魔物だった。
『あれでは、私に会いに来るどころか……この場を生き延びることも、ままならぬではないか』
魔物は、レナを見て失望していた。
『全く、つまらぬ……』
すると魔物は、その巨体をズルズルと引きずり、神殿の奥に戻り始めた。
神殿の祭壇には、セラ王妃の肉体が横たわっている。魔物に心も体も捕まり魂を奪われた、美しくも哀れな姿だった。
魔物はセラ王妃を入れ物にして、また眠ることにした。
王宮は、慌てふためき逃げまどう人々で、大混乱に陥っていた。
「神殿に封印されている魔物が、解放された!」
「みんな、早く逃げろ!」
アトス将軍は人々を誘導しつつも、メルブ将軍にどうしても伝えなければならないことがあった。
「メルブ様、ご報告が!」
「どうした、アトス?」
「魔物が解放される直前、神殿に入って行くセラ様を見たという者が……」
メルブ将軍は耳を疑った。
「何⁉︎ それは本当か⁉︎」
アトス将軍も深刻な表情だった。
「はい……複数の目撃情報です!」
その意味が理解できる者にとって、これほどの衝撃はなかった。
「まさか、そんな……⁉︎」
メルブ将軍は声を絞り出した。
「セラ様が……魔物を……解放したのか⁉︎」
信じられなかった。
(この事態を引き起こしたのは、セラ王妃だというのか――⁉︎)
「なぜそんなことを……⁉︎ 一体何があったのだ⁉︎」
二人は、がく然とした表情で辺りを見渡した。
王宮は、覚醒し始めた魔物であふれている。魔物の圧倒的な脅威の前に、人々は簡単に息絶えていく。
われわれに何ができるのか?
目の前に広がる、この残酷な世界で――。
レナは、戦いの真っただ中にいた。
(みんなすごい! 魔物の動きがまだ鈍いとはいえ、ほぼ互角に戦っている!)
しかし、相変わらず魔物はレナの名前を口にし、特別に狙われているのは間違いなかった。
(どうして⁉︎ どうしてなの⁉︎)
本当に、訳が分からなかった。
魔物たちは次々と襲い掛かってくるが、レナを捕まえることはできない。
(でも、きりがない……!)
われわれが疲労してくるのに対して、魔物はどんどん覚醒していく。このままでは不利になる一方だった。
(体力が持たない! なんとか逃げなければ!)
その時レナは、自分がみんなとは別に一人で逃げれば、魔物を誘導できるのではないかと思った。全部は無理だとしても、少しでも分散できれば……。
(でも、そんなこと私にできるの⁉︎)
レナは息を整えながら思った。
(私一人で、そんなこと……でもこのままじゃ――)
その時、ウルネス王の声が聞こえた。
「レナ! おまえは逃げろ!」
「えっ⁉︎」
驚いて振り向くと、ちょうどウルネス王と背中合わせになっていた。
「ウルネス様!」
「おまえは特別に狙われている! おまえはこの場から逃げるんだ!」
「ウルネス様、でも……」
レナは躊躇した。
すると、ウルネス王が振り向いた。
「レナ、命令だ。死ぬなよ」
今までで、一番優しいウルネス王のまなざしだった。
(ウルネス様……)
ウルネス王が叫んだ。
「早く行け!」
レナは覚悟を決めた。
「はい!」
そして走り出した。
まだ動きの遅い魔物たちを尻目に、縫うように広場を走り抜ける。そして、高く目立つ場所に登った。
「魔物たち、私はここだ!」
まるで、宣言するように叫んだ。
(何も分からないまま、死んでたまるか!)
レナにとって、未知の世界へ足を踏み入れた瞬間だった。
(絶対に逃げ切ってやる!)
エスプラタ国の王宮は、一日にして壊滅的な被害を受けた。
そして自由になった魔物たちは、瞬く間に近隣諸国に侵食し始めたのだった。




