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イージアン  作者: 高田
第一章 レナ
33/56

第33話 戦い


 レナは、ゆっくりと立ち上がった。


(私も……戦う……!)


 力強く一歩を踏み出す。

 ウルネス王の『戦え』という力強い言葉が、レナの動揺を吹き飛ばし、兵士としての本能に火をつけた。

 その表情に、もう曇りはなかった。剣をしっかりと握り直すと、レナは戦いの中に飛び込んだ。

 魔物はまだ動きが鈍く、レナからすれば止まっているようだった。


(問題は魔物の硬さか……)


 以前、レナの剣では魔物に歯が立たなかったことを思い出す。しかし、そんな泣き言を言っている暇はなかった。やるしかないのだ。

 レナは渾身(こんしん)の力を込めて剣を振り下ろした。すると自分でも驚くほど、剣は魔物を深く切り裂いた。


「えっ⁉︎」


(何、この剣⁉︎ すごい!)


 ウルネス王にもらった剣は、とんでもない切れ味だったのだ。


(これなら戦える!)


 レナは手応えの中に希望を感じ、さらに気合いが入った。


「相手は不死の魔物だぞ! 死にたくなければ切り刻め!」


 ウルネス王の言葉に鼓舞され、レナたちは何メートルもある魔物を、まさに死にもの狂いで切りまくった。

 剣から伝わる感触は生々しく、これは現実なのだと思い知らされる。そして、切り刻まれてもうごめく魔物の姿に、身の毛がよだつ思いだった。

 しかし、相手は不死の魔物だ。精鋭の兵士たちですら、簡単にやられる。

 生きるか死ぬかの二択しかない極限の状況で、兵士としての本能だけが体を突き動かしていた。


『……つまらぬ』


 どこからともなく、つぶやき声が聞こえる。


『なんと小さな光よ……』


 声の主は、最初に現れた巨大な黒い塊だった。これは、北の都に現れ倒された、あの魔物だった。


『あれでは、私に会いに来るどころか……この場を生き延びることも、ままならぬではないか』


 魔物は、レナを見て失望していた。


『全く、つまらぬ……』


 すると魔物は、その巨体をズルズルと引きずり、神殿の奥に戻り始めた。

 神殿の祭壇には、セラ王妃の肉体が横たわっている。魔物に心も体も捕まり魂を奪われた、美しくも哀れな姿だった。

 魔物はセラ王妃を入れ物にして、また眠ることにした。


 王宮は、慌てふためき逃げまどう人々で、大混乱に陥っていた。


「神殿に封印されている魔物が、解放された!」


「みんな、早く逃げろ!」


 アトス将軍は人々を誘導しつつも、メルブ将軍にどうしても伝えなければならないことがあった。


「メルブ様、ご報告が!」


「どうした、アトス?」


「魔物が解放される直前、神殿に入って行くセラ様を見たという者が……」


 メルブ将軍は耳を疑った。


「何⁉︎ それは本当か⁉︎」


 アトス将軍も深刻な表情だった。


「はい……複数の目撃情報です!」


 その意味が理解できる者にとって、これほどの衝撃はなかった。


「まさか、そんな……⁉︎」


 メルブ将軍は声を絞り出した。


「セラ様が……魔物を……解放したのか⁉︎」


 信じられなかった。


(この事態を引き起こしたのは、セラ王妃だというのか――⁉︎)


「なぜそんなことを……⁉︎ 一体何があったのだ⁉︎」


 二人は、がく然とした表情で辺りを見渡した。

 王宮は、覚醒し始めた魔物であふれている。魔物の圧倒的な脅威の前に、人々は簡単に息絶えていく。

 われわれに何ができるのか?

 目の前に広がる、この残酷な世界で――。


 レナは、戦いの真っただ中にいた。


(みんなすごい! 魔物の動きがまだ鈍いとはいえ、ほぼ互角に戦っている!)


 しかし、相変わらず魔物はレナの名前を口にし、特別に狙われているのは間違いなかった。


(どうして⁉︎ どうしてなの⁉︎)


 本当に、訳が分からなかった。

 魔物たちは次々と襲い掛かってくるが、レナを捕まえることはできない。


(でも、きりがない……!)


 われわれが疲労してくるのに対して、魔物はどんどん覚醒していく。このままでは不利になる一方だった。


(体力が持たない! なんとか逃げなければ!)


 その時レナは、自分がみんなとは別に一人で逃げれば、魔物を誘導できるのではないかと思った。全部は無理だとしても、少しでも分散できれば……。


(でも、そんなこと私にできるの⁉︎)


 レナは息を整えながら思った。


(私一人で、そんなこと……でもこのままじゃ――)


 その時、ウルネス王の声が聞こえた。


「レナ! おまえは逃げろ!」


「えっ⁉︎」


 驚いて振り向くと、ちょうどウルネス王と背中合わせになっていた。


「ウルネス様!」


「おまえは特別に狙われている! おまえはこの場から逃げるんだ!」


「ウルネス様、でも……」


 レナは躊躇(ちゅうちょ)した。

 すると、ウルネス王が振り向いた。


「レナ、命令だ。死ぬなよ」


 今までで、一番優しいウルネス王のまなざしだった。


(ウルネス様……)


 ウルネス王が叫んだ。


「早く行け!」


 レナは覚悟を決めた。


「はい!」


 そして走り出した。

 まだ動きの遅い魔物たちを尻目に、縫うように広場を走り抜ける。そして、高く目立つ場所に登った。


「魔物たち、私はここだ!」


 まるで、宣言するように叫んだ。


(何も分からないまま、死んでたまるか!)


 レナにとって、未知の世界へ足を踏み入れた瞬間だった。


(絶対に逃げ切ってやる!)


 エスプラタ国の王宮は、一日にして壊滅的な被害を受けた。

 そして自由になった魔物たちは、瞬く間に近隣諸国に侵食し始めたのだった。

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