表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イージアン  作者: 高田
第一章 レナ
32/56

第32話 絶望


『レナ……殺す……』


 魔物の発した言葉は、あまりにもあり得なかった。

 レナは思考が停止してしまい、時が止まったかのような感覚に陥った。


(どうして……私の名前を⁉︎)


 そう思うのが、精一杯だった。

 ウルネス王たちにも、どういうことなのか全くわからなかった。この魔物たちが、一人の人間を標的にするというナンセンス。

 誰ひとり言葉を発することができない。レナも、ぼう然と魔物を見ていることしかできなかった。

 すると突然、レナは胸ぐらをつかまれた。

 それは、険しい表情のメルブ将軍だった。


「レナ! どういうことだ⁉︎」


 メルブ将軍は、先日の占いのことを思い出さずにはいられなかった。


「なぜあいつらが、おまえの名前を呼ぶんだ⁉︎」


 レナは、ゆっくりと顔を上げた。その顔は血の気が引いて真っ青だった。

 体は震え、まさにパニックになる寸前だった。


「あ……あぁ……!」


 レナは目に涙をいっぱいため、首を横に振るのが精一杯だった。


「レナ! 答えろ!」


 メルブ将軍は、構わず怒鳴った。

 見かねて、アトス将軍が止めに入る。


「メルブ様……今は、それどころでは……!」


 ウルネス王も自分の城に起きている事態に、とてつもない恐怖を感じていた。どうすればいいか、などという言葉では済まされない。

 そして、いたってシンプルな疑問。

 われわれは、この魔物たちから、生き延びることができるのか――?

 この現実は、まさに地獄の始まりだった。

 現れたのは、神殿に封印されていた不死の魔物であると推測できた。これだけの、しかも不死の魔物を相手にするとなれば、人々に希望はなかった。


(この数の、魔物を相手に……)


 全員、同じ思いが頭をよぎる。


(……どう戦えばいいんだ⁉︎)


 その時、覚醒した魔物が雄たけびを上げた。その声は人々の体を貫き、恐怖を増幅させた。

 そしてついに、魔物たちは人々に襲いかかった。

 ウルネス王たちにとって、今までのどの戦いよりも厳しく、なんの経験も参考にならないことは間違いなかった。

 しかし人々は、絶望が支配する未知の戦いに、足を踏み入れるしかなかった。

 レナも迫り来る魔物から、無意識に体が動いたが、避けきれず簡単に弾き飛ばされた。倒れた体は、地面を滑っていく。


「っ……!」


 地面に倒れたまま、まだ放心状態のレナ。


(こんなの……夢だ)


 自分の体なのに、ちっとも動かせない。


(きっと、悪い夢を見ているんだ……)


 地面を見つめながら思った。


(そうだ……このまえ見た悪夢と、どこか似てる……)


 しかし顔を上げると、目の前には絶望が広がっていた。


「…………!」


 レナの表情が苦痛にゆがみ、目から涙がこぼれた。

 みんな、必死に魔物と戦っている。それがやけにくっきりと、そしてスローに見えた。

 レナはただ、ぼんやりとそれを眺めていた。


「はっ⁉︎」


 突然、気配を感じ見上げると、魔物と目が合った。


『レナ……約束……殺す……』


「⁉︎」


 魔物の口が、ゆっくりと開きながらレナに向かってくる。


(食われる……!)


 そう思った瞬間、急激に恐怖が込み上げ、ものすごい叫び声を上げた。


「きゃあああぁ!」


 その時、魔物の口を何者かが切りつけた。レナを助けたのは、メルブ将軍だった。


「レナ! しっかりしろ!」


 傷口から飛び散った魔物の血が、レナの顔にかかり、思わず顔を背ける。


「ひっ……!」


 生暖かい血の気色悪さに、レナの心はついに限界に達した。


(私、本当に……魔物に狙われてる……)


 心臓が激しく脈打つ。


(私……どうしちゃったの? 私に何が起こっているの?)


 自分の肩が、脈を打つ度に痛んだ。


(ああ……肩の傷が痛い……)


 至る所から、悲鳴が聞こえる。


(怖い……)


 レナは得体の知れない何かが、体の中から込み上げてくるのを感じた。


(怖い――!)


「ハーッ、ハーッ、ハーッ……」


 レナの呼吸が急に荒くなった。

 その苦しそうな姿に、メルブ将軍が叫んだ。


「レナ、大丈夫か⁉︎」


 その時、うつむくレナの横顔を見て驚いた。


「はっ⁉︎」


 その目は光っていたのだ。

 そしてメルブ将軍は、なぜか全身に鳥肌が立った。見てはいけない恐ろしいものを、見てしまったように感じた。


(レナ⁉︎ おまえ……!)


 その時、ウルネス王が叫んだ。


「レナ! 死にたくなければ戦え!」


 その声に、はっとわれに返るレナ。


「ウルネス様……」


 瞳の光が、すうっと消える。


「今は、生きるか死ぬか、それだけだ!」


 いつもレナが聞いていた、あの堂々としたウルネス王の力強い声だった。

 ぼんやりとしていた視界が、少しずつはっきりしてくる。顔を上げると、先程と同じ絶望が広がっていたが、少しだけ違って見えた。

 目の前に、ウルネス王の姿があった。


「レナ! 戦え!」


「ウルネス様……!」


 その奥では、アトス将軍が率いる部隊が中心となり、魔物と死闘を繰り広げている。


「奴らはまだ動きが鈍い! 今のうちだぞ!」


「切って切って、切りまくれ!」


 兵士たちは、この状況でも勝機を見いだし、戦うことしか考えていない。

 レナはつぶやいた。


「みんな戦ってる……」


 剣を握る手に、自然と力が入る。


「私も戦わなきゃ……」


(私は兵士だ……! 戦うことが私の使命だ!)


 ついに、レナの瞳に精気が戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ