第30話 秘密
メルブ将軍は、急いでレナの元へ駆けつけた。
「レナ、大丈夫か⁉︎」
レナも放心状態から、われに返る。
「メルブ将軍……⁉︎」
メルブ将軍が居合わせなければ、かなり危ないところだった。
「一体何があったのだ⁉︎ この者達は?」
「わかりません……突然襲われて……」
レナの表情は、本当に戸惑っているように見えた。
そこへ、タイミングよくセラ王妃が現れたのだ。
「一体なんの騒ぎですか?」
わざとらしいセリフを口にする。
メルブ将軍には、セラ王妃の登場がどこか不自然に感じられた。
(セラ様が、なぜこんなところに?)
セラ王妃は、メルブ将軍のそばで背を向けてうずくまる人物に気がついた。
それは、傷ついたレナだった。
(なっ――⁉︎ 生きている⁉︎)
セラ王妃の顔が、驚きに変わる。
(しくじったのか!)
その事実に唇をかんだ。
(将校め! あれほど確実だと言っていたのに!)
レナは服が破れて、肩のタトゥーが見えていた。
そして、その時、セラ王妃は気が付いてしまったのだ。
そのタトゥーの秘密に――。
「⁉︎」
みるみる目が見開かれる。
(あれは!)
それは、セラ王妃にしかわからない秘密だった。しかしそれは、ここにあってはならない――存在してはならない秘密だった。
「あああ!」
その時、レナが振り向いた。レナと目が合う。
(レナ、おまえは……! おまえは――⁉︎)
セラ王妃は顔が真っ青になり、その場で気を失ってしまった。
「きゃあああ⁉︎ セラ様⁉︎」
侍女たちが悲鳴をあげる。臣下たちも慌てふためく。
「大変だ、早くお部屋へ! 医者を呼べ!」
突然のことに、辺りは騒然となった。
***
セラ王妃の心の隙間へ、邪悪な影が入り込んでくる。
そして、ささやいた。
『ククク……どうした、セラ? あの娘を殺すことができないではないか』
セラ王妃は、声から逃げようとする。
「だ、誰か!」
『それはまずいなぁ……ククク……なぜなら……』
目の前に、光でできた魔物が現れた。
『あの娘は、復讐するために来たのだから!』
「やめて!」
セラ王妃は、真っ青になり叫んだ。
魔物が畳み掛けてくる。
『本当は、わかっているだろう?』
「違うわ! そんなはずはない!」
『娘のあれを見ただろう?』
「知らない! 私は……!」
セラ王妃の心が、激しく揺れ動く。
(復讐に来た? そんなバカな!)
魔物は楽しそうにささやく。
『闇に紛れて、おまえの背後に忍び寄ってくるぞ……ククク』
「そんなのうそよ……!」
(殺される? 私は殺されるの⁉︎)
「嫌! そんなの嫌!」
セラ王妃は必死で耳をふさぐが、頭の中に声が響いてくる。
『われわれが力を貸してやろう……セラ、封印を解くのだ』
「いやぁ……!」
(殺されたくない!)
「いやあああぁ!」
ついに、セラ王妃の心は魔物に捕まってしまった。
セラ王妃は、ハッと目を開けた。
そこは、自分の部屋のベッドの上だった。
「セラ様! 気が付かれましたか?」
「ああ、良かった!」
侍女たちがほっとして声をかけるが、セラ王妃は無表情のまま天井を見つめている。
「……セラ様?」
その様子に、侍女たちが不安な表情になる。
すると、セラ王妃はゆっくりと体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「ええ……大丈夫よ」
口元が少し笑っている。
「気分はいいわ……とても」
そして、侍女たちの方を見る。
「もう行かなくては……」
セラ王妃は、そう言ってほほ笑んだ。
***
レナはメルブ将軍と一緒に自分の部屋に戻り、傷の手当てを受けているところだった。
そこへ、刺客侵入とレナが襲われたという知らせを受けたウルネス王がやってきた。
「レナ、大丈夫か?」
「はい、大した傷ではございません」
「そうか、よかった」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません」
レナは慌てて頭を下げた。
ウルネス王が、メルブ将軍に詰め寄る。
「刺客の身元は、まだわからないのか? どうやって城内に入ったのだ?」
メルブ将軍は、少し神妙な面持ちで質問に答えた。
「今、調査中ですが……侵入の形跡が全くないのです。 おそらく、手引きをした者がいるかと……」
ウルネス王は、うんざりした顔をした。
「全く、今度はどこのどいつだ?」
そしてレナを見ながら言った。
「しかし、レナと出くわしたのが運の尽きだったな」
皆が、ウルネス王の刺客だと思って話をしている。しかし、レナは浮かない顔をしていた。
(違う……あれは多分、私を狙った刺客だった……)
それは間違いなかった。
(でも、どうして? わからない……)
***
セラ王妃の部屋は、異様なほど静まり返っていた。
全ての召使いたちが倒れている。
全員、既に死んでいた――。
そして、神殿へと夢遊病者のように歩くセラ王妃の姿があった。その表情は、どこか恍惚としている。
『セラ……こっちだ……』
セラ王妃は、神殿の前まで来た。
『さあ、中へ……』
重いはずの扉を軽々と開け、中へ入って行く。
壁のシミたちは、歓喜の声を上げた。
『ああ、やっと自由になれる!』
『早く封印を解いておくれ!』
ついに、祭壇の前まで導かれる。
魔物がセラ王妃に告げた。
『セラよ……おまえもまた、運命から逃れることはできないのだ……』