第3話 披露
広間の中央では、将校とレナが剣を構えて向かい合っていた。
将校は薄笑いを浮かべながら、ゆっくり剣を構えた。そして目隠しをしているレナに向かって、まっすぐに突き刺した。空気の切れる短い音がして、レナの首元を将校の剣がかすめた。
観衆からどよめきの声が起こる。
レナの頬から肩にかかる髪の毛が、将校の剣に触れて数本ぱらりと落ちた。しかし、レナはまったく動かなかった。
「ふふふ……本当に見えていないようだな」
赤い顔をした将校は、笑いながら言った。
「それでは早速、服を切り裂いてやるか」
そう言うと、今度はレナの服に切りつけた。しかしレナは、まるで見えているかのように将校の剣をひらりとかわした。酒が入っていることもあり、足元がおぼつかない将校は空振りをした勢いで転びそうになった。
「おっとっと……」
すると見ている観衆から、からかう声が聞こえてくる。
「将校、酒が足にきてるぞ~」
それを聞いて、内心カチンとくる将校。
(なんだこいつ、やっぱり見えてるじゃねえか)
心の中で軽く舌打ちをした。しかしこれは宴の余興なんだと気を取り直した将校は、おどけながらレナに近づいた。
「お嬢ちゃん、逃げないでよぉ」
その姿に観衆が大笑いする。
「楽しく遊ぼう……よっ」
不意打ちのように、将校は剣を振り下ろした。しかしレナは、これも軽やかな身のこなしで避けてしまった。将校は完全にバランスを崩し、派手に尻もちをついた。
広間は爆笑に包まれた。
「わっはっは! こりゃいいや!」
「お嬢ちゃん、やるじゃねえか」
「将校~、女の子に遊ばれてるぞぉ」
そんなやじに、将校は完全に頭に血が上ってしまった。急に怒鳴り声を上げた。
「貴様、目隠しはインチキだな! こっちは遊んでやってんのに、ふざけやがって!」
そして将校は、ものすごい勢いでレナに飛びかかった。
「この野郎!」
レナが殺気を感じ飛び退いた瞬間、空を切った将校の剣が床に当たりものすごい音を立てた。
「⁉︎」
レナは、将校の本気に恐怖を感じた。
広間も一瞬にして凍りついた。
「おいおい……将校のやつ、本気じゃねえか」
「なにムキになってんだよ」
観衆たちが口々につぶやく。
「しょうがねえだろ、怒らせちまったんだから」
そして最後に、みんなが心の中で思っていることを、誰かがつぶやいた。
「あいつ……死ぬぞ……」
広間の上座では、ウルネス王がその会話を聞きながら黙ってレナを見ていた。悠然とした様子で肘をつき、少しだけ傾けているその顔には好奇の色が浮かんでいた。
しかし観衆は、予想に反してレナの剣術を堪能することになった。
兵士として腕力で圧倒的に劣るレナにとって、相手の剣をかわす戦い方は彼女の最大の特徴であった。怒りに任せて剣を振り回す将校を、蝶のようにひらりひらりとかわす姿は、ある意味余興の趣であった。
観衆から思わず声が漏れる。
「確かにあの目隠しはインチキだな。絶対に見えてるだろ」
「見えてても、すげえだろ」
ウルネス王も、これには感心している様子だった。先ほどより体を前のめりにして、あごに手を置いている。
将校が意表をついて、レナに体当たりをした。不意をつかれたレナは、バランスを崩し転倒してしまった。そして倒れたレナの頭上には、既に将校が剣を振りかぶっていた。
勝負が決まった――と誰もが思った次の瞬間、レナは将校の剣をすり抜け上へと飛んだ。そのまま宙返りをするように将校を飛び越える。
「おお⁉︎」
観衆が叫んだ。
そして将校が慌てて振り返るのと、レナが将校の手から剣を弾き飛ばすのは同時だった。
その時、場を制するウルネス王の声が響いた。
「そこまでだ!」
広間は静まり返った。
そこには、将校の喉元に剣を突きつけるレナの姿があった。将校はすっかり酔いも覚め、青ざめた表情で固まっていた。レナの方は目隠しをしていて表情はわからない。
ウルネス王は、ふっと笑った。
「将校、おまえは酒が入り過ぎだ。もう下がれ」
「は、はい……」
ウルネス王にたしなめられ、将校はばつが悪そうにすごすごと引き下がった。
そしてレナが剣をしまうと、周りから歓声が沸き起こった。
「お嬢ちゃん、たいしたもんだぜ!」
「将校のやつ、ウルネス様のおかげで命拾いしたな」
観衆の誰もがレナの目隠しは見せかけだと思っていて、一つの余興として大いに楽しんだのだった。
レナは自分に対して歓声が起こっていることに、これでよかったのかわからず戸惑いを感じた。ただ一つだけ言えることは、観衆の前で将校に恥をかかせてしまったということだった。
実際に、将校は顔を真っ赤にして怒りに震えていた。
「くそっ……! あの野郎、絶対に許さねえ!」
怒りのこもった目つきで、レナのことをにらみつけた。
レナは、場を制した声の主に命令された。
「おい小娘、顔を見せろ」
「はい」
レナは膝をつき、ゆっくりと目隠しを取った。一瞬光が眩しくて視界が霞んだが、すぐに周りの状況が見えるようになった。すると取り囲んでいる人々が自分に注目していた。
(うわっ――みんながこっち見てる)
レナは急に恥ずかしくなってしまった。
そして目の前にいる声の主が、明らかにこの広間で一番位の高い人物ということも瞬時にわかった。
(もしかして、あの方が……国王⁉︎)
そのオーラに、レナは一気に緊張が高まった。
そして、レナの顔を見たウルネス王はなぜか驚いた顔をしていた。
「似ている……」
ウルネス王は思わずつぶやいた。