第28話 闇の夢
レナはウルネス王の腕の中で、すやすやと眠っていた。
そのあどけない寝顔は、まるで天使のようだった。
ウルネス王は少しほほ笑んで、レナの白く柔らかい頬をなでる。
「ん……」
レナは夢を見ていた。
暗闇の中に、一人で立っている。
(ここは……どこ?)
目の前には、闇が広がっていた。
それは真っ黒な何かが無数にうごめいているような、気味の悪い闇だった。レナは怖くなり、逃げようと辺りを見回した。
その時、突然手首をつかまれた。
「⁉︎」
闇の中から、人の上半身のような黒い影が生えていて、レナの手をつかんでいたのだ。
「ひっ⁉︎」
ゾッとして、思わず声が出る。
レナは慌てて剣を抜くと、黒い影の腕を切り落とした。すると別の場所から、同じような影がいくつも生えて、迫ってきたのだ。
「いやあ!」
レナは恐怖に駆られ、めちゃくちゃに剣を振り回した。しかし、切っても切っても影は無数に現れる。
「来ないで!」
レナは叫びながら必死で剣を振り回したが、次から次へと影が迫ってきて囲まれてしまう。
「やめて……やめて!」
そしてついに、闇に飲み込まれてしまった。
「きゃあああ!」
「レナ!」
自分の叫び声なのか、名前を呼ばれてなのか、レナはハッと目を開けた。
目の前に、ウルネス王の顔があった。
(ウルネス様……?)
一瞬、自分の置かれている状況がわからず固まってしまう。ただ、額には玉の汗をかいていた。
「レナ、大丈夫か⁉︎」
ウルネス王の声を聞いて、やっと自分が夢を見ていたのだとわかった。
「夢……」
しかし目覚めた現実の状況は、とんでもないことになっていた。
まず、レナはなぜかウルネス王の剣を握っている。そのレナの手を、ウルネス王が捕まえていた。
「え……?」
そして剣先は、明らかにウルネス王に向いていた。
「えっ⁉︎」
それは、ウルネス王に切り付けようとしているレナを、取り押さえている構図だった。
顔面蒼白になるレナ。
「ひどくうなされていたから起こしてやろうと思ったのに、完全に俺の首を取りに来ていたぞ……」
ウルネス王に、止めを刺された。
(えええええ⁉︎)
レナは飛び起きて、土下座した。
「も、も、申し訳ございませんでした!」
頭がクラクラする。
(なっ、なんてことを⁉︎ く、く、首⁉︎ ウルネス様の首を⁉︎)
全身から汗が吹き出した。
(もうダメだ! これは死刑だ! ひえええ~!)
激しく動悸、息切れ、めまいがする。
「大丈夫か? すごい汗をかいていたぞ」
ウルネス王は、レナの反応が面白すぎて、声が笑ってしまっている。
しかし、レナはそれどころではなかった。
「申し訳ございません! 変な夢を見てしまって……!」
起きてからの方が、十倍は汗をかいていた。
「おいおい、寝ぼけて剣を振り回すとか、一番危ないじゃないか」
ウルネス王はそう言いながら、楽しそうにレナを捕まえた。
「まったく、恐ろしい娘だ」
「あわわわ……! お許しください!」
ウルネス王はレナを抱きしめると、耳元でささやいた。
「こんな悪い娘には、お仕置きが必要だな」
「えっ⁉︎」
レナは先ほど見た変な夢や、起きたらウルネス王に剣を向けていた衝撃で、既に頭の中はぐちゃぐちゃだった。
(動揺が……動揺が……!)
冷静になる時間がほしかったが、ウルネス王はそんな時間を与える気はなさそうだった。
***
翌朝――レナは、こっそり自分の部屋に戻る途中で侍女に見つかった。
「今、お戻りですか?」
「…………」
侍女にはあいさつ程度の冷やかしだったが、レナは違う意味で赤面した。
(なんていうか、いろいろ言えない……ウルネス様に切りつけたとか……)
おとがめなしとはいえ、思い出しただけで冷や汗が出る。
そうとは知らず、侍女たちが言った。
「レナ様は歴代の娘たちの中でも、かなりの個性派ですが……」
「不思議なことに、なかなか気に入られているんですよね〜」
褒めているのか、よくわからない。
(歴代の娘たち……)
レナはウルネス王のたくさんいる、お気に入りの一人にすぎないのだ。
(ウルネス様の一番って、誰なんだろう……?)
つい、そんなことを考えてしまった。
「はっ⁉︎」
(やだ! 私ったら何考えてるの? そんなの、セラ王妃に決まっているじゃない!)
レナは頭をブンブンと振る。
(はあー! ダメだ、頭を冷やそう!)
そしてすぐさま、兵士の格好に着替えることにした。
キュッと髪を縛り、鏡に映る自分の姿を見つめるレナ。
(私……兵士だよね?)
自分が、とても中途半端に感じる。
(ムル様にしっかり働くように言われたのに、このままでいいのかしら?)
鏡に映る自分につぶやいた。
「私って、一体何者なの……?」
***
レナは城の中庭を歩きながら、昨晩のことを思い返していた。
(それにしても、昨日見た夢はなんだったんだろう? やけにリアルで、感触がまだ残っているみたい……)
自分の手を見ながら、そんなことを考えていた。
その時、何かの気配を感じ、一瞬で表情が引き締まる。
「⁉︎」
(えっ、何……⁉︎)
レナは目だけを素早く動かして、その何かを察知しようとした。
(三人……いや、四人?)
その時突然、レナの目の前に四人の男が現れた。