第27話 占い
ウルネス王の軍隊も王宮に戻り、国民は不死の魔物の話題で持ちきりだった。
そんなある日、メルブ将軍は護衛もつけずに首都の中心街を訪れていた。
にぎやかな表通りから路地に入り、とある建物に入っていく。その場所は、ごく一部の人間にしか知られていない占い師の住む家だった。
メルブ将軍が部屋に入ると、占い師の男が出迎えた。
「これはこれは、メルブ様!」
占い師は深々と頭を下げた。
「このような所にお越しいただき、大変恐縮でございます」
「久しぶりだな、変わりないか?」
「はい、おかげさまで」
あいさつもそこそこに、占い師が質問してくる。
「……今日は、どうなさいましたか?」
メルブ将軍が直々に訪れたのだから、無理もない事だった。
「最近ウルネス様が気に入り、そばに置いている娘がいるのだが、その娘を見てほしいのだ」
「娘……ですか」
「うむ、少し気になることがあってな……」
「承知いたしました」
その時、部屋をのぞき込む小さな女の子に気がつく。
その少女は、ニコニコと笑いながら走ってきて、占い師の足に抱きついた。
「こら、シアン」
「きゃははは」
女の子は無邪気に笑った。
「すみません、メルブ様。これは私の孫のシアンです」
占い師は、慌てて女の子の頭を下げさせる。
「ほら、きちんとあいさつをしなさい!」
すると女の子は笑顔のまま、メルブ将軍に言った。
「ダメだよ!」
「えっ?」
思わず聞き返すメルブ将軍。
「それは、見ちゃダメだよ!」
占い師はハッとなり、女の子の瞳を見て顔色を変えた。
「シアン! やめなさい!」
女の子を叱ると、メルブ将軍の方を向いた。
「申し訳ございません、メルブ様」
慌てて謝る占い師に、メルブ将軍も察するものがあった。
「もしかして、その子……」
「はい、この子には巫女の血が濃く出まして……ゆくゆくは神殿に仕えさせようと思っております」
その言葉を聞いて、メルブ将軍はシアンの頭をなでた。
「そうか……」
シアンはニコッと笑った。
そして、占いが静かに始まった。
部屋にはメルブ将軍と占い師、そして部屋の隅にシアンがちょこんと座ってニコニコしていた。
占い師は、水の張った瓶に手をかざす。瓶の中の水が揺れ始め、水の中に不死の魔物が映し出された。
「これは⁉︎ 不死の魔物!」
占い師は、こんなものが映し出されたことに驚いた。さらに、魔物のそばで剣を構える娘の姿が見えて、目を見開いた。
慌ててメルブ将軍に伝える。
「不死の魔物と娘が、一緒にいます!」
メルブ将軍は静かに答える。
「ああ、それどころか……その娘は暗闇の中、たった一人で魔物と戦ったのだ」
にわかには信じられない話だった。
「なんと……そのような娘がいるのですか⁉︎」
「娘は、特殊な能力を持っている」
「特殊な能力、ですか……」
占い師は、瓶の中に視線を戻す。それにしても、魔物と娘の距離が近いのが気になった。
「魔物が娘に、何かを告げているようにも見えます」
占い師の言葉に、メルブ将軍は少しけげんな顔をする。
「会話をしているのか?」
「そこまでは……何とも言えません」
なぜか水が揺れる。
(おかしい……水面が乱れて、うまく見えない……)
次の瞬間、瓶の水がスーッと黒くなった。
「こ、これは⁉︎」
占い師は、思わず声を上げる。
「どうした?」
メルブ将軍も驚く。
「闇です! 闇が見えます!」
部屋の隅にいたシアンも、驚いた顔をしている。
「なんだ……この闇は⁉︎」
それは、真っ黒な何かが無数にうごめいているように見えた。占い師の背筋に、恐ろしい戦慄が走る。
(この闇はダメだ! この闇は恐ろしい!)
その時、シアンの声が部屋に響いた。
『ねえ、あの方が目覚めるわ!』
驚いて声の方を見ると、シアンがゆらゆらと揺れながら立っていた。
その表情は、何かに憑依されているようだった。
『こんなところに……鍵が落ちている』
『おまえにいいモノをやろう……』
『一体……何をしたのだ?』
次々に、謎の言葉を発する。
占い師は叫んだ。
「シアン!」
次の瞬間、瓶の水がさらに変化した。
闇の中に、六個の小さな光が浮かび上がる。
「光が……闇の中に光が見える……」
光はどんどん強くなって、瓶の中は光で満たされた。
「あっ⁉︎」
すると瓶に大きなひびが入り、中の水が一気に流れ出た。
その瞬間、シアンの表情がスッと元に戻る。そして倒れそうになる小さな体を、メルブ将軍が抱きかかえた。
「おい、大丈夫か⁉︎」
シアンは既に気絶していた。
部屋は静まり返った。
「今のは……なんだったんだ?」
メルブ将軍が、やっと声を出した。
占い師も、あっけに取られた表情で答える。
「わかりません……こんなことは初めてです!」
メルブ将軍は動揺を隠せなかった。
「あれは……神託なのか? あの娘は災いを呼ぶのか?」
「……そうかもしれません。闇は、とても邪悪なものに感じました。」
占い師は素直に答えた。
「しかし、闇の中に光が現れ、かき消してしまいました。とても強い光で……強すぎて何も読み取れませんでした」
そして、割れた瓶を見つめながら言った。
「何というか……占うこと自体を、拒否されたのかもしれません」
(一体何が起こるというのだ……)
メルブ将軍は、なぜかひどく胸騒ぎがするのだった。