第25話 封印
王宮の神殿では、儀式が佳境を迎えていた。
香炉を持った巫女たちが祭壇を囲むように立ち、辺りは怪しげな香りで満たされていた。
セラ王妃のすぐ後ろでは、司祭たちが一列に並び、一定のリズムでつえを床に突き立て、楽器のように音を鳴らしている。
セラ王妃が呪文を唱え始めた。
すると、壁のシミたちは悲鳴を上げながら逃げていった。
呪文を唱え続けると、漂っていた煙が祭壇の心臓を包むように集まり始める。
ほどなくして、セラ王妃の顔に光が当たり始めた。その光は、魔物の心臓から放たれているものだった。
司祭たちから、感嘆のため息が聞こえた。
(すごい……! あっという間に心臓から光が出始めた!)
(さすがセラ様!)
光は次第に強くなってくる。
しかしそれは、見ている者たちが違和感を覚えるほどだった。
「なっ、なんだ⁉︎」
「この光の強さは⁉︎」
司祭たちが、ざわつき始める。
その時、どこからともなく魔物の声が聞こえた。
『そんなもので、この私を封印できると思っているのか?』
突然、魔物の心臓から放たれた光が空中に集まり、魔物の顔を形作った。
「ああっ⁉︎」
司祭たちは驚き、叫び声を上げた。
光でできた魔物が、セラ王妃の鼻先に迫った。
『無駄だ!』
イレギュラーな事態に、おののく周りの者たち。
「セ、セラ様――危ない!」
しかし、セラ王妃は微動だにしなかった。
表情ひとつ変えないその姿に、魔物が感心する。
『ふふふ……眉ひとつ動かさぬとは、大したものよ』
光の魔物は、ゆらゆらとセラ王妃の周りを漂っている。
司祭たちは、心臓が止まる思いで見守っていた。
「あっ、ああ……! セラ様!」
しかしセラ王妃は全く動じず、魔物に言い返した。
「おまえのしていることは、ただの悪あがきだ」
セラ王妃のそばでひざまずいている巫女から、ゆっくりと剣を受け取る。
「たとえ不死と呼ばれる魔物であろうとも、この剣をおまえの心臓に突き刺せば、永遠に逃げられぬ」
そう言いながら、剣先を光の魔物に突きつけた。
『ふふふ……それはどうかな? 私は知っているぞ』
魔物がささやく。
『あの娘……レナを……』
セラ王妃が、ぴくりと反応する。
魔物は目を細めた。
『あの娘は……ついにおまえのもとへ現れたのだ』
「――⁉︎」
セラ王妃は一瞬息をのんだが、すぐに言い返した。
「あの娘がどうしたというのだ? おまえは何もわかっていない」
すると魔物は、さらに意味ありげに聞いてきた。
『随分自信があるのだな。一体……何をしたのだ?』
その言葉に、セラ王妃は心臓がヒヤリとした。
「⁉︎」
(この魔物――⁉︎)
魔物の言葉を振り払うように、セラ王妃は叫んだ。
「話は終わりだ!」
そして剣を振り上げると、魔物の心臓を一突きにした。
その瞬間、心臓は強い光を発し、魔物の姿はかき消された。
司祭たちが声を上げる。
「おおっ⁉︎」
すると、魔物の心臓はどんどん硬化して石のようになっていく。ついに光が完全に消え、心臓は灰色の塊になった。
そして次の瞬間、サラサラと砂のように崩れ、中から宝石のように美しい結晶石が現れた。
結晶石は妖しくキラリと輝いた。
周りから喝采が起こった。
「封印は大成功だ!」
「素晴らしい! さすがセラ様だ!」
しかし周りとは対照的に、セラ王妃に笑顔はなかった。
その夜は、星がとても奇麗だった。
セラ王妃は、不安げな表情で夜空を見上げていた。
(あの魔物……なぜあんなことを)
魔物の言葉を思い出す。
『あの娘は……ついにおまえのもとへ現れたのだ』
(レナ……まさか、おまえは本当に……)
ここでセラ王妃は、はっとわれに帰る。
「ばかな! そんなこと、あるわけがない!」
(魔物のうそを真に受けるなんて!)
人の心の隙間に入り込もうとする――これこそが魔物たちの手口なのだ。
(魔物の戯言など気にする必要がないことは、自分が一番分かっているではないか!)
セラ王妃はぎゅっと手を握りしめた。
(なぜなら……それは……私だけが真実を知っているのだから!)
そう――セラ王妃には、決して誰にも言えない秘密があった。
しかし、その秘密を知っているかのような、魔物の言葉に脅威を感じるのだった。
『一体……何をしたのだ?』
「――!」
ゾクリとして、思わず目を閉じる。
(なぜ、こんなに胸騒ぎがするの⁉︎)
「ああ……!」
セラ王妃は不安を打ち消すように、神に祈りをささげるのだった。
***
一糸まとわぬレナの体を、部屋に差し込む月明かりが照らしていた。
レナは体に力が入らない様子で、ベッドの上でうつぶせになっている。その肌は紅潮し、少し息が上がっていた。
ウルネス王がようやく満足して、やっとレナの体を解放したところだった。
月明かりが、レナの肩にあるサソリ柄のタトゥーを照らす。
いかにも兵士が好む模様に、ウルネス王はレナらしいとほほ笑んだ。
レナの体にある新しい擦り傷は、あの魔物と戦った紛れもない事実を物語っていた。
(なんという娘だ!)
ウルネス王は、その模様をそっとなでた。
「これは……」
そして、このタトゥーに隠された秘密を知るのだった。