第23話 不死
一夜明けて、魔物の全貌が明らかになった。
全長二十メートルはある、黒いドラゴンであった。まだ燃え残っている巨大な黒い塊が、プスプスと音を立てている。
兵士の一人が言った。
「すげえ、黒焦げだな!」
隣の兵士が、剣で魔物をつついた。
「魔物の丸焼きかぁ……食ったらうまいかな?」
「気持ち悪いこと言うなよ! こいつはたらふく人間食ってんだぞ!」
「おえっ! そうだった!」
兵士たちは、魔物を倒した興奮から冗談を言い合っていた。
その時、一人が声を上げた。
「うわっ⁉︎」
「どうした?」
足元の黒焦げの割れ目が赤く光っていて、そこから何かが見えている。そして、それは規則正しく脈打っていた。
「心臓だ! 心臓が動いてる!」
「こいつ、まだ生きてるぞ!」
兵士たちの顔が青ざめる。
「この魔物……不死か⁉︎」
「なんてことだ!」
恐怖に、思わず後ずさりする。
「不死だ!」
「うわああぁ!」
その時、兵士たちの背後で、アトス将軍の声が響いた。
「落ち着け!」
「ア、アトス様……」
「こいつはもう何もできない。体がないのだから」
動揺する兵士たちに、冷静に指示を出した。
「心臓を取り出すんだ。王宮の神殿に封印する」
「は、はい!」
兵士たちは、慌てて作業に取り掛かった。
しかし、アトス将軍は険しい表情のままだった。
(不死……だと……⁉︎)
その事実に、内心穏やかではなかった。
ウルネス王とメルブ将軍は、兵士が心臓を入れた箱を運んでいるのを、じっと見つめていた。二人もまた、恐れを抱いていた。
(不死だったとは……)
ウルネス王がつぶやく。
「わが国に……魔物が現れるとは……」
その言葉に、メルブ将軍が答える。
「確かに、いい兆候とは言えませんが……しかし、よくあることです」
「よくあるだと?」
ウルネス王は声を荒げた。
「不死の魔物が現れることがか?」
しかしメルブ将軍は、何食わぬ顔をして答える。
「もう倒したのです。封印してしまえば同じことです」
「ふん、気に入らない答えだ」
それから、二人に無言の間ができる。
先に質問したのは、ウルネス王だった。
「メルブ……おまえ本当に、あの魔物が不死だと思うか?」
「……さあ、どうでしょう」
「だとしたら……あんなに簡単に倒すことができたのは、ただの幸運だったと思うか?」
「…………」
メルブ将軍も同じことを考えていたので、答えることができなかった。
魔物が人間界に現れるのは、世界の各地で多々あることだった。しかし、それが不死の魔物だった場合、かなり厄介になってくる。本来、人間の攻撃で死ぬことはないのだから。
その頃、レナは青ざめた表情で魔物を見つめていた。体の震えが全然止まらなかった。両手で顔を覆う。
(……怖かった)
魔物を見たのは初めてだった。ましてや魔物と戦うなど、兵士であったとしても、そう経験することではなかった。
(みんな、あっという間に殺されてしまった……)
恐ろしい記憶は、脳裏に焼き付いている。
それと同時に、レナの頭を混乱させているのは、自分に起こった出来事だった。あの極限の状態で、なぜ突然恐怖が消えたのか。死を覚悟して、逆に無の境地にでもなったのか?
(いや……違う)
レナは両手を握りしめた。
(あれは……あの感覚は……なんて表現したらいいんだろう?)
自分の中に湧き起こった、あの不思議な感覚は一体なんだったのか。
(そして……)
レナの体の震えが強くなった。
(それから……あの魔物……)
目を見開いたまま、虚空を見つめる。
(私に、何かをささやいた――!)
その時、不意に声をかけられた。
「レナ」
ビクッとするレナ。
「大丈夫か?」
見上げると、ウルネス王が目の前に立っていた。
「ウルネス王!」
慌てて立ち上がるレナだったが、その体はまだ震えている。
(震えている……無理もないか)
ウルネス王は、レナを優しく抱き寄せた。
「魔物と戦ったのは、初めてか?」
レナは突然のことにドキッとしながら、ウルネス王の質問に答えた。
「はい……」
「恐ろしい思いをしたな……よく無事でいた」
ウルネス王の大きな手が、レナの頭をなでた。
レナは、その手がとても温かく感じ、優しさが心に染みてしまった。レナの目に涙があふれた。
(ウルネス王……)
レナは無意識のうちに、ウルネス王の胸に顔をうずめていた。
「レナ……本当に無事で良かった」
ウルネス王も、レナを強く抱きしめた。
その様子を、メルブ将軍が見つめている。
(あの娘…………)
一面血の海の中に、ポツンと一人生き残っていたレナの姿を思い出す。
(あの状況で、一体どうやって生き残ったのだ?)
魔物相手に、暗闇で目が見えるくらいでは、到底助かるとは思えなかった。
アトス将軍もまた、レナのことを思い返していた。
(恐怖で動けなかったのに、突然人が変わったように魔物に向かって行くなんて……一体何があった?)
「…………」
それよりも、鮮明に目に焼き付いているのは――。
(あの時、レナの目は確かに光っていた!)
「あいつは一体何者なんだ……?」
メルブ将軍もアトス将軍も、レナに対して得体の知れない脅威を感じるのだった。